夏霞 ー萌芽-
君に、生まれて初めての海を見せに行こう。
海のない地に生まれた君。ならば初めて見る海は、日本一の富士山が見える美しい三保の松原の海にしよう。
旅を愛する君のパパはそう言って、君と行く初めての旅の行き先を決めたんだよ。
君はまだつかまり立ちもできない頃で。
パパとママが交代で君を大切に抱っこしながら、夏の静岡路を気ままに旅したんだ。
緑が美しい松林を抜けると砂浜があって、そのもう少し先には青い大海原。
君は目を細めて、じぃっとその風景を見ていたね。
実はその日。富士山は夏霞の向こう側で姿を見せてくれなかったんだ。
でももしかしたらそれは、富士山があえてそうしたのかもって、後になって思ったんだよ。
だってあの時。海を見た君の心には確かに、何かが芽生えていたから。
その瞬間を邪魔しないよう、天女に霞を纏わせたんじゃないかなって。
これからも君には沢山、芽生えの時があってほしい。
だからもっともっと、共に旅をしようね。