共同体感覚:他者貢献と感謝の循環【アドラー心理学とは何か"臨床心理学と自己啓発を整理する"#7】
アドラー心理学を扱ってきた本シリーズ、各論最後のテーマは共同体感覚です。家庭・地域・職場から宇宙まで全てが共同体であり、そこで他者と繋がり認め合う感覚です。
こう言うと"One for all, all for one"的でビジネス分野も好きそうに思えます。確かに連帯のゴリ押しにも、宇宙を強調してスピリチュアルにも使えます。それらに同調する必要はありませんが、人間は他者と生きている現実に向き合うという考え方は有用だと思います。
1.共同体感覚という規範的な理想
共同体感覚は、アドラーが示した規範的な理想です。全ての人は他者に貢献したい性質を持っているが、それは育てなければ実現しないとしました(文献①)。
全ての物は関わり合っていることは理解できても、万人・森羅万象への愛は難しいです。
ただ、人間は広い範囲の共同体と関わっているという事実は重要です。一つの共同体で所属感を得られなくても終わりではないですし、一つの共同体の利益だけを追求して他を貶めても廻って全体に損害が及びます。アドラーは第一次大戦で軍医の経験もあり、思想への影響も大きそうです(※)。
例えば、オンラインゲームでも、開発も運営もプロバイダも対戦相手も、誰が欠けてもできないから感謝です。…というのは分かっても、「感謝しましょう」の言葉だけでは争いや苦しみは無くなりません。とりあえず感謝は積極的にするとして、共同体感覚を持つためにどうすればよいか見ていきましょう。
2.共同体感覚は「社会への関心」
共同体感覚は先ほど引いたドイツ語"Geinemschaftsgefühl"の訳から生まれた語です。しかし、英語文献の翻訳では "fellow-feeling and social interest" や "social interest"、"social feeling"といった複数の語が「共同体感覚」と同一文献内で一括りに訳されています。今回翻訳について議論はしませんが、大事なのは社会的な関心が重視されている点です。
自己への関心(self-interest)を、社会への関心(social interest)に切り替えることが重要とされます。自己への執着は攻撃的・排他的になるだけでなく、悩みを増幅して劣等コンプレックスを生みます。
他人に関心があった方が比べてしまうのでは、と思うかもしれません。しかし、劣等感の回でやったように、同じ状況でも劣等感を抱くかはそれぞれ、基準は自分の中にあります。自分がどう見られるか、自分がどう思われるか、これらは自己への関心に他なりません。もちろん、劣等感を良い方向へ使えればよいですが、執着は劣等コンプレックスへ繋がります。
ここでの社会への関心とは、他者に貢献しているか考えることです。
3.他者への貢献、感謝を伝える
もちろんこれは搾取の肯定ではありません。社会を壊す行動をする個人への貢献は、社会への貢献にはなりません。
では、何が貢献に当たるのでしょうか。難しいですが、相手から感謝の言葉や笑顔を受ければ貢献したという感覚は得られます。人は他者貢献を求めているからこそ、受けた側が「あなたは私に貢献してくれたよ」と感謝を明確に示すことは重要です。
よく共同体感覚の3要素として、他者貢献・他者信頼・自己受容が挙げられます(文献⑥)。貢献しようとして逆に害が加えられたらどうしようと不安では貢献はできないので、相手への信頼が必要になります。信頼し合えるよう貢献に対する感謝を伝えていく、その好循環の中で人は自己受容できるようになっていきます。
逆に、接客やサービスなど日常を当たり前だと踏ん反り返って感謝を忘れ、自分の基準に達していないと直ぐに怒りをまき散らすのは最悪です。その人も信頼を失い、周りの人も貢献した感を得られず自己に価値がないと考えるようになり、他者貢献もしなくなるなります。
貢献と感謝の好循環には感謝が不可欠ですから、感謝を伝えるだけで社会に貢献しているとも言えます。生きているだけで貢献は流石に実感がわきませんが、「ありがとう」と言うことは確かに貢献しているのです。サボらず伝えていきたいですね。
もちろん特別な仕事や慈善活動も貢献ですし、とっさの手助けができるのは良い事です。より貢献したいという向上心は良いですが、自分は貢献など何も出来ないと思う人も少なくないでしょう。しかし、怒り・憎悪や理不尽をまき散らさず、他者に感謝を伝えて暮らす、これだけでも十分な貢献です。怒りや問題行動と向き合うことは、目的論的な思考とかこれまでの内容でやってきたことになります。
以上、7回にわたってアドラー心理学の内容を見ていきました。全体として科学というより、人は他者と生きているという事実に基づいた道徳といった感じもしますが、現代心理学で説明できる部分も多く、有用性はあると思います。
アンチテーゼの面が強調されがちで、実際に原因論的な思考など多くの人々の意識を変える側面もありますが、人を見下してはダメとか貢献と感謝が大事とか当然とされながらやはり大切なことも多いです。
今回、アドラー心理学以外の文献や原著含めて俯瞰的に見ることを心掛けてきました。とはいえ決してアドラー心理学を網羅したわけではなく、解釈も様々なため全員が納得する説明にはできない面もありますが、既存の文献で不足や誤解があった点はいくつか補えたのではと思います。
さて、次回からは近年の「心理学」と名の付く本や自己啓発本でもよく使われるマインドフルネスなど他の臨床心理学系をいくつか整理します。アドラー心理学と共通する点も見ながら、心理学や自己啓発をどう捉えればよいか、どう振り回されずに向き合うかの手がかりになればと思います。
(次回へ続く)
【注釈】
※アドラーが共同体感覚の必要性を示した言葉として、「世界が今必要としているのは、新しい大砲でも新しい政府でもなくて、共同体感覚だ」という文章が、複数の文献で引用として紹介されている。
それらの文献では出典としてBottome(1957)が記されているが、いずれもページ数は記されていない。筆者がBottome(1957)を確認したところ、該当部分ではないかと思われる話を見つけたが、「新しい大砲でも新しい政府でもなくて」という部分は確認できなかった。
【参考文献】
①古賀野卓・田中ミサ「アドラー心理学における 『勇気づけ』 の保育実践への応用:『ありがとう』 の意味」『筑紫女学園大学研究紀要』13、pp. 187–198、2018年
②Alfred Adler “Der Aggressionstrieb im Leben und in der Neurose“ Fortschritte der Medizin,19, pp.577-584,1908
③鈴木義也・深沢孝之・八巻秀『アドラー臨床心理学入門』アルテ、2015年
④Adler, A. "What Life Should Mean to You" Little Brown,1931
⑤岸見一郎訳(『人生の意味の心理学(上)』アルテ、2010年(原著:Adler, A. "What Life Should Mean to You" Little Brown,1931)
⑥岸見一郎『アドラー心理学入門:よりよい人間関係のために』KKベストセラーズ、1999年
⑦野田俊作「共同体感覚の諸相」『アドレリアン』9、pp. 79-85、1992年
⑧八巻秀「臨床心理学において『関係』を重視すること」『個人心理学研究』1(1)、pp.9-16、2020年
⑨P. Bottome "Alfred Adler; a portrait from life." Vanguard Press, 1957
◆八巻秀「<ブリーフ> はどこから来たのか, そして, どこへ向かうのか:< ブリーフ> の臨床思想の試案」『ブリーフサイコセラピー研究』26(1)、pp. 7–20、2017年
◆岸見一郎訳『人はなぜ神経症になるのか (アドラー・セレクション)』アルテ、2012年(原著:Adler, A "Problems of neurosis : A book of case histories"
Cosmopolitan,1929)
★アドラー心理学とは何か"臨床心理学と自己啓発を整理する" 一覧はこちら
<前回>#6「ほめてはいけない」よりも見下さない
https://note.com/gakumarui/n/n066f18b9fea7
<次回>#8 認知行動療法 ~行動・考え方の癖に気づく~
https://note.com/gakumarui/n/n89e55aaeeed7