コレクション展2.0[あるいはごく短い展覧会史として]
先日、埼玉県立近代美術館の「桃源郷通行許可証」展を見に行った話を書きました(↓)。
展覧会自体の内容については上記の記事をご覧いただくとして、すべてを見終わった私の感想が「なるほど、日本のコレクション展(収蔵品展)は、完全に新しいステージに進んだのか…」でした。
これだけだと「何言ってんだ?」でしょうから、今回は、コレクション展の現在地と今後の展望について語りたいと思います。
言い換えるなら、これはごく短いスパン(10数年)の展覧会史のようなものです。現時点でこんなまとめ方をしている人はいないと思うので、結構自信作です(長いけど…)。
地味で代わり映えがしないコレクション展
まず、美術館が行う展覧会は大きく分けて二つあります。
企画展とコレクション展です。
美術館の展覧会と聞いて皆さんが思い浮かべるのは、たいていは企画展の方でしょう。
企画展は集客効果を期待して、予算をかけて大々的に行う傾向があります。中規模以上の美術館であれば、新聞社の事業部などメディア部隊が加わり、企画・広報に協力することがざらにあります。
要するに企画展は、派手な展覧会です。
一方でコレクション展は、企画展のように予算をかけることもなく、決まった作品を定期的に展示するだけ、そんなやり方が当たり前といえば当たり前でした。地味で代わり映えがしないので、お客さんはあまり来てくれません。
企画展とコレクション展の差は、トーハク(東京国立博物館)が分かりやすいです。
トーハクには本館と平成館があり(ま、他にも東洋館やら法隆寺宝物館やらありますが)、本館ではコレクション展を、平成館では企画展を開催するのが基本です。
昔から話題の企画展となれば、平成館の外までずらーっと長蛇の列ができたものですが、そんな時でも一歩本館に足を踏み入れると、そこはひっそりと静まりかえった別世界。
私は、平成館の人混みに疲れた時、よく本館の展示室に避難し、ほっと一息ついたものです。国宝、重文が普通に並んでいるのにね。ま、それぐらいコレクション展は人気のないものでした。
学芸員の立場からしても、企画展は1年、2年とじっくり調査研究を重ねて準備を行い、その成果をお披露目できる晴れの舞台です。展覧会図録を作り、そこに記名原稿を書くことができるので、自分の実績として残ります。当然モチベーションは高くなりますよね。
逆にコレクション展は、そんなにお金もかけられないし、どうせお客さんも来ないし、名前の残る仕事でもないし。言葉を選ばずに言えば、コレクション展とは余力で行う程度の位置づけでした。
しかし、近年そんな常識が変わってきているように、私は感じていました。
コロナ禍による内省の時を経て
博物館法が定めるところによれば、博物館(美術館)の事業は「資料を豊富に収集し、保管し、展示すること」のはずです。
でも、それがいつしか(おそらくバブル期のデパート展の乱立などとあいまって)、興行的な側面ばかりが注目されるようになり、作品を全国からかき集めて話題になる企画展を行うことが、美術館のメイン事業のようになっていました。
営利目的ではない国公立の美術館であっても、来館者数で展覧会の成功・失敗が判断され、それが翌年度の予算編成にも関わってくるのですから、企画展ばかりに学芸員が注力するのも無理からぬ話でしょう。
ところが、です。
2020年、ご存じの通り、新型コロナウイルスが全世界に蔓延し、日本もコロナ禍と呼ばれる緊急事態となりました。
不要不急の外出は自粛するよう呼びかけられ、ありとあらゆる活動が停滞しました。当然、美術館も大きな影響を受けました(当時の心情を回想した記事↓)。
コロナ禍では、
そんな状況でしたから、これまでのような、話題を呼ぶ大型企画展を実施できるはずもありません。
かくして日々企画展に向けて走り続けていた全国の学芸員が、ピタリと一斉に立ち止まったのです。外に向いていた目は、おのずと内側に向きました。
そう、コロナ禍は学芸員にとって、突如おとずれた「内省」の時間となったのです。
この時期どこの美術館でも、学芸員たちはあらためて美術館が展覧会をやることの意味を原点から考え直したり、展示室や収蔵庫のメンテナンスをしたり、収蔵品をじっくりと調査したり、今まで後回しにしていたことに正面から取り組みました。
コロナ禍による内省期間を経て、学芸員それぞれが美術館の本分を思い出した、と言ったらさすがに美談に仕立てすぎですが(そんなに単純ではない)、少なくとも自分の美術館の作品たち(コレクション)と向き合う時間ができ、コレクションを使って何ができるかをもう一度考える機会となったのは確かです。
こうした意識の変化と、企画展が実行できない状況とがあいまって、コレクション展のもつ意味が大きく変わったのです。
ただ、これは変化のきっかけの一つにすぎません。私はこの10数年の間で、もう一つ大きなムーブメントがあったと考えています。
キーパーソンは、世界的なアーティスト村上隆です(え?)。
ここから先は
限定記事パック(2022-2023)
2022年、2023年に配信した限定記事がすべて読めるお得版。