アート思考で読み解く俵屋宗達 [前編]
いま「アート思考」が注目されています。変化の激しい時代に対応するためには、既存の常識にとらわれないアーティストの発想力が必要だ!という流れです。
アートを安易になにか(現世利益)に役立てようとする昨今の風潮にはとまどいを覚えるというのが、美術館学芸員としての正直な感想です。
ですが、
この本は素直にめっちゃ面白い!
帯に名を連ねる著名人の顔ぶれからは、ビジネスの自己啓発系書籍と思われそうですが(実際書店でビジネスコーナーに置いてあるのをよく見かけます)、内容は中学生に向けて語る体裁なので、ビジネスにどう活かすかみたいな切り口ではないですし、とてもシンプルで、とても奥深い。
たしか1年以上前に読んだ本ですが、いまパラパラ読み返してもやっぱり面白い!
そして、私も伝えたくなりました。
常識を打ち破る発想は、何も西洋美術や現代アートの専売特許じゃない。日本美術にも今で言う「アート思考」を使って、各時代でイノベーションを起こしてきた作家たちがいたということを。
日本美術というと「伝統」「古典」というイメージが強いかもしれません。でもただ前の時代を踏襲しているだけでは次第にマンネリ化して廃れてしまうため、そもそも伝統とはなり得ません。
伝統として長く続いてきたということは、実は思い切ったルール変更、価値観の破壊、まったく新しい発想、そうした爆発が定期的に起きていた証拠なのです。
というわけで、実はエキサイティングで面白い日本美術。その魅力を、アート思考という語り方で伝えられるかも?と思いついたので試してみることにします。
第1回目に取り上げるのは《風神雷神図屛風》でおなじみ、俵屋宗達。彼は間違いなくアート思考タイプの創作者です。
宗達は「よく分からない」
まずはこれを見てください。何だかわかりますか?
雲?
でも、この絵の全体を見てみると、雲というか霞はまったく違う描き方をしていることがわかります。
そもそもこの謎のモチーフを縁取る線は輪郭線と呼んでいいのでしょうか。輪郭線にしてはあまりに太く、線そのものに表情があります。
そして線(?)の内側は、砂子という細かな金粉がびっしりと蒔かれていて、金色のフラットな面としか言いようがありません。ううむ。
一応専門家の間ではこれを「州浜(すはま)」と呼んでいます。でも実際はよく分かりません。不定形で島のような雲のような何かです。
そう、宗達の絵は「よく分からない」のです。
私も学生の頃から宗達に関しては、何というか距離感を図りかねていたところがあります。距離感を図らせない得体の知れないすごみを漠然と感じていたように思います。
宗達の絵はお世辞にも上手いようには見えません。
それでも歴史的な視点でとらえると、宗達工房は草花図屛風という流行を生み出しているし、宗達の作品は時代を超えて描き継がれて「琳派」という日本美術の代名詞的流派となっているし、どう考えてもただ者ではない。それなのに、どうにもとらえどころがない。
美術史は連続性で考える学問です。それゆえにその連続性からポーンといきなり外れたことをされると、なかなかその意味づけができないのです。
だからこそアート思考というのは面白い切り口だと思います。今回、宗達のアート思考って何だろう?という考え方をしてみたところ、「もしかして宗達のすごさってこれかも?」と私なりに見えてきたことがあります。
結論から言えば、
それが宗達の革新性ではないか、と思うのです。
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