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アートは無駄だし、役に立たない、とあえて言ってみる

美術館業界には、「客を呼べる学芸員」が存在します。正確には「来館者数が伸びる展覧会が企画できる学芸員」ですね。名物学芸員といってもいいでしょう。

何人か思い浮かびますが、現役学芸員の個人名を出すのもあれなので、一線を退いた方で挙げるとすれば、板橋区立美術館の学芸員だった安村敏信さんは間違いなくその1人でしょう。板橋区美の館長までつとめ、現在は葛飾北斎の肉筆画美術館である信州小布施北斎館の館長をされています。

SNSが普及するよりもかなり前から口コミの効果を見込んで展示室内すべて写真撮影OKを打ち出したり、お堅い古美術の展示解説を思いっきりくだけた文章にしたり、過去につくった展覧会図録をバーゲンセールのように半額で売ったり、とにかくそれまで前例のなかったことをやりまくったアイデアマンです。

しかし、こうした取り組みは専門家界隈(他館の学芸員、美術史研究者やその卵)からは、「来館者数かせぎのために知識が無い人に媚びすぎ」と冷ややかに見られていたように思います。私も学生時代に板橋区美に行った時、とことん敷居を下げきっているスタイルにとまどい、「ちょっとふざけすぎでは」とややネガティブな印象を抱いたことを覚えています。

先日、図書館でこの安村さんが書いた『美術館商売—美術なんて…と思う前に』を見つけたので読んでみました。2004年刊行なので新しい本ではありません。

そこには安村さんがアミューズメント性にとことんこだわっていた理由が、ものすごく明確に言語化されていました。私が10年以上学芸員を務めた今だから響くのかもしれません。

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