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すぅぱぁ・ほろう(終)
「う…」
身体のあちこちが痛む。
どの様に飛ばされたかは憶えていないが、とにかく頭を打たなかった事は幸いだった。
もし打っていたら即死だったかもしれない。
うまく千川の土手の柔らかいとろこに飛ばされたようだ。
「…とおる…は?」
背中を強く打ったようでうまく声が出ない。
彼は少し離れたところで足をかかえるようにしてうずくまっていた。
「だ、大丈夫か…とおる…」
「ひねっただけだ、気にするな…それより、これを使え」
神川とおるはそう言って、布に包まれた棒状の物をこちらに投げてよこした。
腹に力が入らないので腕の力で這っていき、飛んできたものを掴む。
布を開くとそれは小刀だった。
「こんな夜に土手でお昼寝かい?みのる君」
不意に男の声がした。
土手を見上げると人が立っていた。
「…佐々木さん?なん…で?」
「なんでだろうね」
佐々木は右腕に女性の頭部を抱えていた。
それは今にも目を開きそうな生首だった。
「いろいろ調べているらしいじゃないか。そして邪魔をしてくれたね」
「…何を言ってるんですか?」
「君が調べまわっているのはね、俺の先祖の嶺前上人だよ」
「嶺前…上人?」
さっきより少し呼吸が落ち着いてきたような気がする。
「そうさ、嶺前上人は、浄山とこの女に貶められてこの地から追放されたんだ」
唸るように佐々木は言った。
「その首は?」
「これかい?これは、しおり・クヒナの首だよ」
「なんであなたが持ってるんですか?」
だいぶ呼吸が整ってきた。
いつでも立ち上がれるようにゆっくり身体を起こす。
そして小刀をぎゅっと握りしめた。
「君が掘り起こす前に俺のモノにしたのさ」
「なんで?」
「最初はね、先祖の無念を晴らすためだったけど。この女の首を使うと簡単に人を殺せるんだよ。あはは、楽しいったらありゃしないね!」
「昨日の交通事故もあなたがやったんですか?」
佐々木から異常な殺気を感じる。
今まで様々な不気味なモノを見てきたが、これほどの禍々しさを感じた事は無い。
小刀の鞘に手をかけた。
「そうだよ、沢山殺した!そして今夜はみのる君、君が死ぬんだ。あははは!」
「あんた、何やってんだよ!」
一気に起き上がって、刀を抜いた。
佐々木との距離は凡そ5m。
僕が優位になる為には、数歩でその距離をつめなければならない。
「黙れ!俺を貶めた者の子が!」
佐々木が叫ぶ。
すると、何かに足首を掴まれて体勢が崩れた。
前のめりに倒れそうになるが、すんでのところで左手で支えた。
「最初にリリヤを見つけたのは俺だ。それを横取りしたのは浄山じゃないか!」
足元を見るとそれは人の手だった。
地面から人の手首が出ていたのだ。
僕は蹴って振りほどこうとした。
だが次の瞬間に、地中から無数の腕が伸びてきて体のいたる所を掴まれた。
「リ、リリヤって誰だ!?」
「浜で助けたリリヤだよ!忘れたのか!」
「何言ってるかわからない!」
「リリヤは俺のモノだ。そうさ、出会った時から俺のモノだったんだ!死ね浄山!」
身体を掴んでいる腕が一気に地中に引きずり込もうとする。
両腕で踏ん張っていたがもう限界だ。
引きずり込まれる!
「地中の卑しき者よ、退きなさい!」
しおり・クヒナの声がした。
「リリヤ、どうしていつも邪魔をする!」
僕の身体を掴んでいた腕が地中にすーっと消えていった。
顔を上げると、しおり・クヒナが佐々木の腕を掴んで彼を止めようとしていた。
だが佐々木の力には及ばず、突き飛ばされてしまった。
僕は飛び起き、落とした小刀を拾って土手を一気に駆け上がる。
「みのる君!殺しちゃダメ!」
しおり・クヒナの叫ぶ声が聞こえた。
咄嗟に小刀を持ち替える。
「セァイ!」
狙いを定め直して右肩を突き刺した。
彼は「ぎゃ!」っと短い悲鳴を上げて倒れ込んだ。
右腕に持っていた生首は、とん、と地面に落ちて土手を転がっていった。
佐々木は倒れたまま動かなくなり、口から泡を吹いて気絶してしまった。
「何だったんですか、これは?終わったんですか?」
しおり・クヒナに問いかける。
「まだ終わっていないわ」
「終わってない?」
白目をむいている佐々木を見下ろした。
「私の首を使えば、他人を魅了して従順な下僕にすることができる。その呪いを利用して佐々木君を狂気にかりたてた人がいる」
「呪い?」
彼女の言っていることがすぐに理解できなかった。
「そう。自分では手を下さずに陰で見ている卑怯者」
「誰が?」
「わからない。でも、この近くにいるはずよ」
「そういえば…とおるは?」
先ほど彼がうずくまっていた辺りを見たが姿が無かった。
「おーい」
不意に土手の下から声がした。
神川とおるが土手の下で叫んでいた。
「みのる、そいつはデュラハンだ!早くこっちへこい!」
彼が手を大きく広げて呼んでいる。
僕はそちらに向かおうとした。
「待って、みのる君!」
しおり・クヒナに背後から呼び止められる。
だが構わずに真っすぐ彼に向かって駆けおりた。
「早く降りてこい!」
彼がまた叫んだ。
一気に駆け降りたので息が上がる。
神川とおるのところまで4、5歩ほど手前だった。
月明かりを受けて彼の右手で何かが光った。
ナイフだった。
僕はスピードを緩めることなく近づいた。
そして、左手で彼のナイフを払うと、握っていた右拳で力いっぱい顔面を殴った。
彼は「ぐぅ」と唸り声を上げると、後ろへよろけてへたり込んだ。
「腕が鈍ったな、とおる。一本取ったぞ」
胸倉を掴んで彼の上体を起こす。
「彼女がデュラハンだと何でお前が知ってる?」
「…」
彼は無言で口から流れた血を腕で拭った。
「人が死ぬのは楽しかったか?」
「…あははは、楽しかったね。魔法ならどんな殺し方も出来るんだぜ?」
神川とおるが笑い出した。
「何人殺させた?」
「5人だ。もっと殺したかったがあの女に邪魔された」
「何故だ!?」
「人が死んでいくのが気持ち良いんだよ。興奮するんだよ。それ以外に何がある?」
幼い頃の事を思い出した。
神川とおると一緒にいる時に目の前で交通事故を目撃した。
僕は怖くて両手で目を覆った。
だが、その掌の隙間から見た彼の顔は笑っていた。
そして今もその当時の様に笑っている。
「何であいつの心臓を刺さなかった?その為に小刀を渡したんだぞ」
笑いながら神川とおるが言った。
僕はもう一発殴った。
「何でだ!何でこうなったんだ!」
その怒鳴り声は河原中に鳴り響いた。
「半年前に佐々木が生首をうちに持ってきたんだよ。自分で掘ったくせに「どうしよう」と泣きついてきやがった。だから俺が預かった。そうして生首と話し合っているうちに、人を狂わせて殺す方法を思いついたんだよ」
「なんて事をしたんだお前は…」
「あははは、簡単だったよ」
彼は鼻血をぼたぼた落としながらまた笑った。
「一番近くにいたのに…お前を救えなかった」
また殴った。
それは彼がした事と自分の無力さへの怒りだった。
怒りにまかせて殴り続けた。
「やめなさい、みのる君!」
しおり・クヒナに腕を掴まれた。
神川とおるは既に失神していて、顔は赤く腫れていた。
だらんと垂れた腕がぴくぴくと痙攣している。
僕は振り向いて腕を掴んだ人を見た。
「もう殴るのはやめなさい」
それは優しい人の声だった。
「しおりさん…?」
「やっとあなたに顔を見せれたわね」
光が差し込んだ。
月光に照らされて銀髪で透き通るような色白の女性がいた。
それはまるで妖精のようだった。
「はじめまして、みのる君。私の本当の名前はリリヤ。北欧の騎士グェヒニルの娘リリヤ・グェヒニルよ」
神川とおるを掴んでいた腕が緩んだ。
彼はどさりと崩れ落ちた。
「もっと南の方の人かと…。本当にデュラハンなんですか?」
「それは私にもわからない。でも戦って死んでなお怨念を抱いて生き続ける者をそう呼ぶのなら、そうかもね」
彼女は悲しそうに微笑んだ。
「そして、浄山の妻だった者よ」
「え、浄山の妻!?」
「そう、少しの間だったけれどね」
そう言って彼女は僕の腕を両手で掴んだ。
「でも、あなたは浄山を殺そうとして首を切られたんじゃ…?」
「いいえ、あれで良かったのよ。私は首を切られた事で、惨たらしく殺された呪いの呪縛から解き放たれた。まさか佐々木君がそれを掘り起こしてしまうなんて。皮肉なものね」
「え、という事は…」
「さて、みのる君。その友達の子をつれていくわ。土手の側道に車をとめているからそこまで連れて行ってくれる?私は佐々木君を連れて行くから」
「…はい」
彼女が掴んでいる手から何故だかとても懐かしさを感じた。
失神しているとおるを背負ってなんとか車までたどり着いた。
佐々木はまだ気を失っているようだった。
しおり・クヒナはジャケットを脱いで佐々木の刺された右肩をぐるぐる巻きにした。
そして、軽々と佐々木を抱き上げて車まで運んだ。
辺りは、今までの出来事がまるで無かったように静寂だった。
僕は助手席に乗った。
車が走り出す。
ユーロビートが流れた。
僕は話しかけたかったが、何を言えば良いのかわからずに何もしゃべれなかった。
5分ほどして浄山中央病院についた。
僕は降りようとしたが、しおり・クヒナに止められた。
彼女は佐々木を抱えて、救急入り口まで運んでいった。
暫くして、彼女が戻ってきて運転席に座った。
「魔法が消えたら、彼の罪もすべて明るみに出るわ。彼はそれを償わなくちゃいけない。さあ、みのる君。今度はあなたが仕事をする番よ」
「でも…」
「いいえ、これはあなたしか出来ない仕事よ。私がまだ、しおり・クヒナである内にしなければならないの」
車がゆっくり走り出した。
そして嶺前塚のところで車はとまった。
「この子は私が持っていきます。私の怨念に染まりすぎてもう人ではいられなくなったの」
後部座席からとおるを抱えあげた。
すると、とおるが目を覚ました。
「おい、やめろ!離してくれ!」
彼は叫んだ。
「助けてくれ!みのる!」
とおるが腕を大きく差し出した。
「こいつは悪人かも知れない…でも、助けられないんですか?」
「ごめんなさい救えなくて。せめて苦しまずに一緒に消えましょう」
ばたばたと彼は抱えられながらもがいた。
もがく度に口から血がどんどん噴き出した。
そしてまた痛みで気絶した。
彼女は石箱の上にゆっくりと歩いて行った。
「みのる君、少しの間だったけど嬉しかった」
「…リリヤさん」
「しおりでいいのよ」
「しおりさん、僕は!」
「いいえ、あなたの為すべき事をしなさい」
しおりはにっこりと笑った。
みのるは懐から木札を取り出し掲げた。
しおりととおるにすーっと光が差し込んだ。
そして、どんどん地中に引きずり込まれていった。
「しおりさん…」
「お疲れさま、みのる君」
それが最後の言葉だった。
みのるは泣いた。
「あなたは、なんという、なんという…残酷な事を僕にさせるんだ」
バッグから金属製の呪符と、セメント粘土を取り出す。
しおり・クヒナの車から洗車用のバケツ持ってきて御滝川で水を汲み、セメント粘土を湿らせる。
そして、四方に呪符を貼り粘土で固めると、泣きながらその上に土を被せていった。
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