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絵事常々 -制作のながれ⑦膠準備-

前回「次回は色をいれます」と言いました。
が、すみません、にかわの説明をさせて頂きます。
どうにも端折れない、膠を端折って絵具なんて塗れない。

実際、制作に入りますと膠を準備する日々。
我らがバインダー、顔料をくっつける接着剤。
そんな膠をどうやって準備するのかなどなど、ざっくり概要をご紹介です。




膠は「煮皮」に由来していると言われます。
つまるところ皮を煮て得る、動物のコラーゲン(ゼラチン)を指します。

コラーゲンと聞くとぷるぷるしてはいるけれど、あまり接着力は強くないのではと思いがちですが、水溶性の硬タンパク質、その原料となるものにより接着力・粘度・浸透具合等に違いがあります。

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容易に入手できるものでも10種類くらいあります
精製された純度の高い煮こごりたち(煮こごりで画像検索して頂くと親近感わくかもです)


この膠、接着剤として世界中で広く使われてきました。
木工芸には不可欠、写真フィルムや印画紙・マッチ・ガムテープ・サンドペーパーなどなど。
幅広い用途がありますが、今は化学製品に座を明け渡したもの、化学物質を添加して改良されたものなど「工業ゼラチン」として認識されています。

10年ほど前に絵描き愛用の「三千本膠」が生産停止という激震がありましたが、なんとか代用で落ち着きました。
(画像の右から2番目「飛鳥」がそれです)
そんな「オイルショック」ならぬ「膠ショック」の話はまた今度。


さて、そんなマルチな膠さん、絵画のバインダーとしても大活躍です。

接着力があり、透明で可逆性がある。
尚且つ固着は温度・乾燥によるもので、固体での保存も容易。
軟接着でありながら完全乾燥状態では雨をもしのぐ。

何言ってるかさっぱりだと思います。


そんな時の膠推しイラストがこちら↓↓


膠のこの素晴らしさ!


古くからのバインダーとしては卵、カゼイン、乾性油(油絵・密陀絵)など。
タンパク質やデンプンや油を使って色の粉を定着させていたのですね。
その中でも、片付け・絵画の乾き・保存などの面で膠はかなりイイのです。

堅牢さを誇る漆は湿気で固着するため経験が物を言い、油は乾きづらい。
膠のこのパーフェクト感ですよ。本当に。
技術に裏打ちされた膠彩色や塗装は、雨をもしのいでますからね。
特に木地との相性は恐るべしです。

こんな膠さんを使って描く絵を「膠彩画こうさいが」もしくは「グルー・テンペラ」と呼びます。

「膠」で描く絵なので事実に即した呼び名が「膠彩画」ですが
いかんせん市民権を得られず今に至ります。
「日本画論争」は近代以降絶えることなく世間の片隅で続いており、その中で勝ち続けているのが「日本画」という名称。
その勝ちっぷりは「日本画なんてナンセンスだ!」と思いながらも「日本画」の公募展に出品し、「日本画」展を開催してしまう具合です。
私もひよって「日本画」と言ってしまうわけで。やんぬるかな。
最近は画材明記がビジネス的に重視され「日本画」もやや向かい風気味かと思いますが、正直あまり興味をもたれないニッチな論争です。


閑話休題。

絵画材料の発展に伴い、より簡便なものが出ています。
チューブの中に顔料とバインダーが高品質に混ぜ合わされていますから、
膠で溶くとかなにそれ状態です。

しかしながら今でもバインダー界隈でキラリと光る膠のメリット。

・接着力の調整ができる
・発色が良い


接着力は、膠を溶かす水量で簡単に強くも弱くも調整できます。
また一度塗った絵具を洗うこともできます。

絵具を洗う、これはかなり特徴的なポイントで、絵画においては貴重なマイナスの作業(塗り重ねるのではない表現)ができるということです。

洗いの法 イメージ図


水溶性の樹脂系バインダーは色々とありますが、この加減ができるあたり膠ほど柔軟性に富んだものはないのでは。



もう1つは発色です。
膠自体が顔料を邪魔しない色であるのがまず良いところです。
素直に絵皿で溶き合わせて、顔料の色がほぼそのまま出てきます。
漆だとひと手間、ふた手間ありますね。

また、今や練り合わされた絵具が大半なのであまりピンときませんが、
自前で絵具を溶き合わせた時、うまく発色されない顔料があったりします。
わかりやすいのは白色で、胡粉(貝殻の粉)は油と混ぜても白さが立たず、
屈折率の関係で透き通って見えます。
(膠がバインダーだから胡粉が用いられているのだという、膠が先か胡粉が先かというところはありますが)

社寺塗装の際など樹脂で溶く場合もありますが、なんだかひと膜かぶったように感じます。


あとは長く用いられているからノウハウが蓄積されている点もある、かな。
使い方の模索や材料の変遷はあれど、膠を何かに置き換えることができないまま、ここまできたとも言えるでしょう。


デメリットは

・膠水は腐敗する
・あまりに無造作にやると定着しない

まず第一に「腐ります」。
防腐剤が添加されていないものの場合、長くて1週間でしょうか。
密閉容器に入れて冷蔵庫から出さない状態で。
濃度にもよりますが薄い膠水は早くダメになり、雑に使うと3日もたない。
接着力のない液体に成り果てます。


もう1つのデメリットは、理屈をわからず使っていると定着しません。
顔料がついたように見えても、塗り重ねたら動いたり。
もしくは膠量が多すぎて塗膜が割れたり。
(公募展でも割れている作品が散見されます)
柔軟ではありますが、何やっても良い・何でもひっつけてしまう瞬間接着剤ではありません。
ただ膠さんの懐が深いために、経験値のみでざっくり使用が可能になっているのです。
「いつもの基底材」「いつもの顔料」「いつもの塗り方」で通すなら「使えてる」気にさせてくれる罪作りなバインダーです。




さて、こんなところで実際の膠準備に参ります。
膠準備は3ステップ。

① 膠を細かくする
② ①を水に浸ける
③ ②を加熱する

用意するものは「計量機・水・膠・ビン・割り箸」です。


① 膠を砕く
ストックを作っておくと何かと便利です


まずは膠を細かく折るなり砕くなりします。
絵画制作なら、いくらじゃばじゃば使うと言っても1リットルも一息に使わないので多くて300~500、とぎれとぎれに制作するなら100mlぐらいです。
その容量のビンに膠を入れてふやかすので、ある程度小さくします。

社寺塗装では半分に折るだけかそのまんまの状態から作ったりもしますが、小さくした方が加熱時間が短く済みます。

ペンチやらタオルにくるんで膠を細かくします。



② 膠を漬ける


次に砕いた膠を必要分計りビンに入れます。
そのビンに水をこれまた必要なだけ入れます。
計るときはどちらも重量でやりましょう。
1人の制作だったら自分基準の目安で良いですが(スプーン何杯など)、
何かと検証するには計るに越したことはありません。


そうして膠と水が入ったビンを冷蔵庫に入れて一晩おきます。
主目的は腐敗防止ですが、低温の方が浸透しやすいという話もきく。
あと寒冷地では「凍らないためにも」冷蔵庫に入れましょう。
あまり浸けすぎるとこれまたよろしくない、6~20時間が目安でしょうか。

余談ですが社寺塗装で連休明けに膠を使う場合は、休みの最後の日に誰かが膠を浸けに行きます。
もしくは少量なら自宅で仕込んで持っていくとかですね。



③ 膠をたく


浸けおいた膠は水分で膨張します。
充分にふやけた部分は加熱するとすぐに液体になります。

さて、加熱ですが何通りか方法があります。

・直火で焚く
・湯煎する
・レンジ加熱する

直火が古くからの手法、湯煎はおそらく昭和に広まり、レンジ加熱は平成からの感があります。
戦後の加熱の考え方は基本的に弱くゆっくりとですね。
とりわけ湯煎派は沸騰させないことを第一義においたやり方です。

ぐらぐら沸騰させたらどうなるか。
一般に接着力が弱くなる・膠の組成が壊れると言われています。
一方で膠内の雑菌を殺すために一度沸かせる方が良いという話もあります。
膠が完全に溶けた後に、ぐらっと沸かす。
そうすることでカビに強い膠水が得られると。
そもそもの「膠をたく」という言葉を踏まえますと「炊く」のでしょう。
社寺塗装で実際にやってるところもありますし、知人はレンジ加熱で1回沸騰させています。
沸かす程度にもよると思いますが、極端に接着力を失うわけではなさそう。各種の加熱を試してみた実験はまた別の機会にあげます。


そんなこんなで作った膠水を使って描いていきます。
保存は冷蔵庫で。
日付と濃度を書いたテープなど貼り、必要分を別の容器に取り出し都度温めて使うと日持ちします。



膠についてをこの「制作のながれ」に盛り込むつもりはなかったのですが、ついつい。ついつい。
最後までお読み頂き本当にありがとうございます。

もっとありますので、膠談義!


制作のながれをせき止める容量で語るべきことがあるのでさらっとでした。
それではまた次回の投稿で。
次こそは色を塗るあたりのお話です。





おまけ
京セラ美術館さんのオシャレな動画がありました。
THE!って感じの作り込みで非常に「映えばえ」です。
もうちょっと現実的な膠の話は改めて。



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