【読んだ感想】『暗幕のゲルニカ』原田マハ
「暗幕のゲルニカ事件」
国連安保理の議場入口近くに飾られているゲルニカのタペストリー。これはピカソの存命中にピカソ監修の元で制作された。
2003年2月5日、アメリカのパウエル国務長官はこのゲルニカのタペストリー前でイラクへの軍事作戦の容認を求めた。その時、タペストリーは濃紺の布で覆われていた。
この事件を契機に作者はこの物語を書いた。
1937年〜1945年のパリと2003年のニューヨーク。
ピカソの愛人ドラ・マールとMoMAのキュレーター八神瑤子。ピカソのゲルニカに心を奪われた2人の視点で物語は進行する。
史実を元に描かれる登場人物。
中でもピカソの愛人ドラ・マールの芸術家としてのプライド、ピカソの愛人としての振る舞いと女の見栄や弱さがありありと描かれ、実は作者自身がドラなのではないか?と疑いたくなる。
2001年9月11日ニューヨーク同時多発テロを境に人生が一転した八神瑤子。ゲルニカへの想いはより一層強くなり、奔走する彼女の行動力と知性に惹かれた。
史実に織り交ぜたフィクションが巧みで、どこまでが史実でどこからがフィクションなのか、その境界が全く分からず、物語にグングン引き込まれる。仕事中もその先が読みたくなるほど。
更に1945年の登場人物が2003年にリンクする展開に、ゾクゾクした。
そして「ゲルニカ」の行方は…。
作者の平和への希望が込められたラスト。
ピカソの魂が注がれた「ゲルニカ」が、「私たち」のものとなり、争いのない平和な日々が世界中に訪れる事を願う。
そもそもこの物語の発端となった「暗幕のゲルニカ事件」のことを私は知らなかった。
「ゲルニカ」という戦争により苦しめられた人々の阿鼻叫喚を描いた最も有名な作品の前で、その作品に暗幕をかけ、これから軍事作戦という名の戦争を始めようと会見を開く。
この心情が、いくら考えても私には理解ができない。
その絵を観て、何も感じないのだろうか。
幕で覆ってしまえばない事にできる、と思っているのか?いや。思っているからこそ、そんな事ができたのだとしか考えられない。
国を動かすような人々が、そんな認識であることをとても情けなく思う。
自分たちがテロの犠牲者となり、辛く悲しい思いをしているのに、同じ事を相手にする。そしてそれを正当化する。どんな理由があっても、他人を攻撃することは間違っている、と気がついて欲しい。
アフガニスタン、シリア、ウクライナ。
これを書いている今現在も、戦闘の犠牲となっている人々がいることを忘れてはならない。
武器を持たずに闘う。
思想と文化と芸術の力、そして人々の結束を私は信じたい。