モンスターマザー~長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い/福田ますみ(2019/01/27)【読書ノート】
『モンスターマザー 長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い』(福田ますみ/新潮社)は、16歳の高校生が命を絶った背景にある母親と教師たちの激しい対立を描いたノンフィクションだ。だが、そこに勝者は存在しない。失われた命が戻ることは決してないからだ。それでも、初出が『新潮45』(2015年1–5月号)のこの記録が単行本化されたことで、事件の真相が改めて世に示されたことは、せめてもの弔いになると考える人も多いだろう。自ら命を絶った高山裕太君が、最後に何を訴えたかったのか。その声なき叫びに心を向け続ける友人や学校関係者は少なくない。事件が広く報じられたことで、彼の死の背景に光が当たり、忘れられることなく語り継がれるようになった。
2005年12月6日、流行した「いじめ自殺」
その日、長野県丸子実業高等学校(現・丸子修学館高等学校)でバレーボール部に所属していた1年生の裕太君が、自宅で首をつって亡くなった。この悲劇に対し、シングルマザーの母・高山さおり(仮名)は「いじめが原因だ」として学校を厳しく非難。新聞やテレビ、雑誌がこぞって報じ、さらには人権派弁護士が支援に回った。
しかし、いじめ以外の可能性を誰も疑おうとしなかったことが、事態をさらに複雑にする。2006年1月、さおりは校長を殺人罪で刑事告訴し、上級生とその保護者を相手取り損害賠償を求める民事訴訟を提起。一方で、校長らが名誉毀損で逆提訴するという異例の展開を見せた。
本書は、この「丸子実業高校バレーボール部員自殺事件」の全貌を掘り下げたルポルタージュであり、著者の福田ますみ氏は徹底的な取材を通じて事件の真実に迫る。
著者の綿密な取材と描写力
福田氏は、過去の著作『でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮社)でも、モンスターペアレントの虚言で冤罪を着せられた教師の無実を証明した。本書でも同様に、当事者たちの証言やさおりの行動、さらには家族や元夫への取材から得た事実を一つ一つ紡ぎ合わせ、事件の全体像を浮き彫りにしていく。
その過程で描かれるのは、再現ドラマのように生々しい事件の現場だ。裕太君の家出、さおりの激昂、学校関係者たちの苦悩――どの描写も詳細であり、緊張感に満ちている。
母親の実像――モンスターマザーの裏側
事件を通じて明らかになる母親・さおりの姿。それは、愛情深い母とはほど遠いものだった。彼女は幼少期から裕太君に暴言を浴びせ、育児放棄を繰り返し、子どもの自尊心を奪って支配下に置こうとしていた。
3度の離婚歴を持つさおりは、裕太君を最初の夫との間にもうけた子どもだった。著者が取材した2番目と3番目の夫の証言によれば、さおりは激しい感情の起伏を繰り返し、自殺をほのめかすなどの行動で周囲を混乱させていた。精神科医からは「境界性人格障害」の疑いが指摘されており、その症状として過激な怒りや自己破壊的な行動が挙げられる。さおりが病院での受診を拒否していたため、その問題は秘められたままだった。
学校や職場、地域社会でも次々とトラブルを引き起こすさおり。彼女がどこに現れても紛争を巻き起こす姿は、まさに「モンスター」と呼ぶにふさわしいものだった。
遺書に記された真実
では、本当にいじめは存在したのか?
裁判所の判断は明確で、さおりはすべての訴訟で敗訴している。そして、裕太君が遺したメモには「おかあさんが やだ から死にます」と記されていた。しかし、さおりはこれを「おかあさんが ねた から死にます」と改ざんし、マスコミに公開した。この行動からも、彼女の行き過ぎた自己中心的な行動が浮かび上がる。
未然に防げたはずの悲劇
事件の結末はあまりにも痛ましい。裕太君が亡くなった病院で、実兄がさおりを平手打ちし「お前が殺したようなものだ」と責めたという場面が描かれている。しかし、それはあまりに遅すぎた。
もしさおりの異常行動が早期に福祉や医療によって対処されていれば、この悲劇は避けられたのではないか。モンスターマザーという存在も、この事件を描いた本も生まれなかった可能性がある。
この作品は、そんな「もしも」の問いを読者に突きつける一冊である。
[出典:https://ddnavi.com/news/293932/a/]
参考資料
モンスターマザー:長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い