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存在のすべてを/塩田武士(2023/09/07)【読書ノート】

2024年本屋大賞ノミネート
平成3年に発生した誘拐事件から30年。当時警察担当だった新聞記者の門田は、旧知の刑事の死をきっかけに被害男児の「今」を知る。異様な展開を辿った事件の真実を求め再取材を重ねた結果、ある写実画家の存在が浮かび上がる――。質感なき時代に「実」を見つめる、著者渾身、圧巻の最新作。


作品の中で特に注目されるのは、誘拐事件当時に動いていた刑事の中沢と、大日新聞社の新聞記者であった門田もんでんの二人だ。
中沢は、事件当時家族サービスのために韓国旅行に行っていたが、誘拐の知らせを受けて一人で帰国し、事件を担当したという背景を持つ。

門田は30年前の事件当時、新卒で入社したばかりの時期にこの誘拐事件に直面した。当時の新聞記者は刑事たちに取材を行うものの、門前払いを受けることが多かったが、門田はガンダムのプラモデルをきっかけに中沢と仲良くなり、彼から情報を得ることができた。

作中の言葉が印象的だ。
「文学作品は、解決を目的として書かれているのではない。記者にもそれは当てはまる。ブンヤ(新聞記者)は問題を解決できるほど立派な存在ではない。問題を伝えることしかできない。大事なのは、なぜそれを伝えるかということだ」

なぜそれを伝えるのか?

この問いには、門田の「情熱と非効率は密接に関わっている……」の言葉がふさわしいだろう。門田は、犯人がいたと思われる地域に何度も足を運び、その地域の図書館で当時の新聞をひたすら読み漁り、犯人に関する情報を探していた。情報が載っているかどうかもわからない膨大な量の資料を調べるという、大変な作業だ。このような情熱がなければ、そんな非効率な作業はできないだろう。

この小説は、一つの誘拐事件を軸にしながらも、単なるミステリーではなく、深い人間ドラマと芸術家の成長を描く秀逸な作品だ。
物語は、過去の痛ましい事件を背負いながらも、強く生き抜く人々の姿を多角的な視点から描いている。特に、主人公の亮がどのように「如月脩」という画家としての人生を歩むことになったのか、その過程が緻密に描かれている点が印象的だ。
また、「空白の3年」という謎が物語全体に重くのしかかっているが、読者はそれが解き明かされること以上に、その時期が亮という人物にどのような影響を与えたのか、そして彼を取り巻く人々の人生にどのように影響を及ぼしたのかに心を奪われる。
門田や里穂といった人物の視点を通じて、過去と現在が巧みに交錯し、物語は次第にその全貌を明らかにしていく。

特に、第九章「空白」は、家族の絆や失われた時間の痛みを鮮烈に描き出しており、涙なしには読めない場面が続く。しかし、この涙は単なる悲しみからではなく、「家族としての時間」を真に大切に思う心から湧き出るものだ。松本清張の言葉が引用されているように、この物語は解決そのものが目的ではなく、登場人物たちの心の中にある真実を浮き彫りにしていくことが本質なのだ。

さらに、芸術家としての亮の姿が美しく描かれている点も、この作品を特別なものにしている。絵画において「水を描こうとするな」という教えは、単に技術的なアドバイスにとどまらず、「存在そのものを捉える」という哲学的なテーマを象徴している。このように、ミステリーでありながらも、芸術の深淵に迫る物語となっている点が、他の作品と一線を画している。

主な登場人物

門田 次郎(もんでん じろう)
大日新聞の記者。中澤洋一とはガンプラ仲間。
中澤 洋一(なかざわ よういち)
ガンプラ好き。二児同時誘拐事件担当刑事。肺がんで亡くなる。
内藤 亮(ないとう りょう)
如月脩きさらぎ しゅう。二児同時誘拐事件の被害者。現在は写実画家。
土屋 里穂(つちや りほ)
「わかば画廊」の一人娘。同級生だった内藤亮のストーカー。
野本 貴彦(のもと たかひこ)
豆腐屋の息子で写実画家。如月脩(内藤亮)の才能を見いだした。
野本 優美(のもと ゆみ)
野本貴彦の妻。英語が堪能。野本家を得意な英語で支えた存在。
岸 朔之介(きし さくのすけ)
画商会のフィクサー。
木島 茂(きじま しげる)
内藤亮の祖父。海陽食品を一代で築いた。



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