カモのネギには毒がある:加茂教授の人間経済学講義/甲斐谷忍(2022/04/19)【読書ノート】
経済学がこんなに面白いなんて!『カモのネギには毒がある』で世界の見え方が変わる
経済学とは難しいものだと思われがちでしょう。でも、そのようなイメージを吹き飛ばしてくれるのが、甲斐谷忍氏による漫画『カモのネギには毒がある 加茂教授の人間経済学講義』です。この作品は、経済学をテーマとしながらも、堅苦しい内容ではございません。むしろ、驚きと発見が詰まったエンターテインメント作品として、楽しく読み進められる一冊となっています。
物語の主人公は、天才的な頭脳を持ちながらも少し個性的な加茂教授です。彼の講義は型破りであり、経済理論を人間の心理や行動に結びつけ、誰もが共感できる形で分かりやすく解き明かしていきます。「なぜ人は損すると分かっていてもギャンブルをするのか」「買い物をするとき、なぜ私たちは得した気になるのか」といった、日常の中に潜む疑問を経済学の視点から鋭く切り込んでいくのです。
この作品の魅力は、単に経済学を学ぶだけにとどまりません。私たちの行動や考え方がいかに「カモ」になりやすいのかを教えてくれます。そして、その「毒」に気づくことで、人生の選択肢を広げ、より賢く生きるためのヒントを与えてくれるのです。
絵柄はシンプルで読みやすく、内容は非常に奥深いものとなっています。経済学に興味がある方はもちろん、「日常を少し見直してみたい」「新しい視点を得たい」と考えている方にも最適な一冊です。漫画という形式だからこそ、楽しみながら学べるという特長があり、まさに一石二鳥の作品です。この一冊を読むことで、きっと世界の見え方が変わることでしょう。
アメリカの社会心理学者フェスティンガーとカールスミスが行った実験は、人間心理の奥深くを明らかにするものでした。まず、男子大学生たちに退屈で単調な作業を何の報酬も与えずに一時間続けさせ、その後「作業の面白さ」を五段階で評価してもらいました。その結果は平均スコア十四という予想通りの「つまらない」と評価されたものでした。
ところが、次の段階で新たな条件を加えた実験を行うと、驚くべき結果が得られました。別のグループの学生たちに同じ作業を行わせた後、「女子大学生グループに作業手順を教える際に『この作業は楽しい』と伝えるように」と指示したのです。すると、このグループでは平均スコアが大きく上昇し、「やや面白い」と評価されるに至りました。
この現象の背後には、「認知的不協和」という心理学の概念が存在します。人は自身の考えや信念に矛盾が生じると強いストレスを感じ、その矛盾を解消するために認知を変えようとします。この場合、学生たちは「退屈な作業」を「楽しい」と他人に伝えることで生じた矛盾を解消するために、自らの評価を「楽しい」寄りに変化させたと考えられるのです。
さらに、この心の動きは「一貫性の原理」とも呼ばれ、私たちの日常生活や社会的状況に多大な影響を与えています。例えば、マルチ商法の手口はこの原理を巧妙に利用しています。新人がグループに加入すると、「この方法なら儲かる」という雰囲気が共有され、それに影響された新人は「自分もそう思うべきだ」と感じやすくなります。さらに周囲が「絶対に儲かる!」と熱心に主張することで、信念は一層強固になります。
また、この現象は映画や商品評価にも見られます。例えば、ある映画を「面白い!」と思った人がネット上で「つまらない」という意見を多数目にすると、自身の評価が揺らぎ始め、結果として「もしかしてつまらなかったかも」と修正してしまうことがあるのです。
これらの事例を深掘りすると、認知的不協和が「マインドコントロール」に結びつくことが分かります。アメリカ国家安全保障局の元代表である吉野が提起した「マインドコントロールにかかる人とかからない人の違い」という問いは、このテーマにおいて非常に示唆的です。
人は本来、自分の意志で行動を選ぶ自由な存在ですが、マインドコントロールに陥ると自らの意志が奪われ、操られてしまうのです。これを防ぐには、「確固たる自分」を持つことが重要だとされています。
カルト教団や搾取的な集団が「認知的不協和」を利用して個人を操る手法も、広く研究されています。例えば、集団内で「あだ名」で呼び合い帰属意識を強めたり、外部情報を遮断して「情報鎖国」を作り出したりすることで、個人が独自の価値観を持つことを困難にしています。「成功」という価値観を絶対視させることで、人々は自分自身の判断を放棄し、集団の思考に従うようになります。
物語の中で描かれる「成功の十訓」も、マインドコントロールの一環として機能していました。一見すると正当で魅力的な教えに見えるこの「十訓」は、実際には搾取のためのツールにすぎませんでした。教授という権威を背景に語られる言葉は学生たちに無批判に受け入れられ、「ハロー効果」と呼ばれる心理現象が働いていました。
「自分らしさ」を否定し、「集団の価値観」を最優先させるよう促される環境下では、「自己投資」の名のもとに高額な支出を正当化する心理が働きます。このような心理を利用した搾取の手口は、巧妙に設計された罠です。
しかし、物語の最後には希望の光が描かれています。主人公は、マインドコントロールから解放されるためには、加害者自身がその過ちを認めることが重要であると気づきます。そして、家族や信頼できる人々との絆こそが、マインドコントロールの支配から抜け出す最大の助けになるのです。
このように、「認知的不協和」を軸とした人間心理の理解は、私たちが操られることなく、自らの意志を持って行動するための重要な手がかりを提供してくれます。とてもためになりました。