銃・病原菌・鉄(上・下)/ジャレド・ダイアモンド【読書ノート】
銃・病原菌・鉄/1万3000年にわたる人類史の謎
中世ヨーロッパが世界中に植民地を築くことができたのは、ヨーロッパ人が優れた人種であるからだろうか?ジャレド・ダイヤモンドのベストセラー「銃・病原菌・鉄」は、この疑問に答える鍵を提供しています。ダイヤモンドはアメリカの生物地理学者で、彼の研究は、あるニューギニア人との会話から始まりました。「ヨーロッパ人はニューギニアを征服したが、なぜニューギニア人がヨーロッパを征服できなかったのか?」という問いに対し、ダイヤモンドの答えは、「ヨーロッパは偶然にも地理的に恵まれていた」でした。では、具体的にどういう意味なのでしょうか。
銃・病原菌・鉄の獲得
ダイヤモンドの答えは、人種間に遺伝子的な優劣が存在するという考えを完全に否定するものです。1532年、南米に到着したスペイン人のピサロは、わずかな人数でインカ帝国を速やかに征服しました。その背景には、スペイン人が「銃・病原菌・鉄」を持っていたことがあったのです。それでは、なぜヨーロッパ人と他のユーラシア大陸の人々は、南米文明よりも早くこれらの要素を持っていたのか?この問いが、ダイヤモンドの本のテーマです。
人類は、発祥の地であるアフリカから世界中に広がり、それぞれの場所で異なる文明を築きました。ユーラシア大陸に住む人々は、その発展過程で他の大陸に比べて三つの重要な利点を得ました。
栽培しやすい植物が存在した。
家畜化に適した動物がいた。
大陸が横方向に長かった。
栽培可能な植物と家畜化可能な動物
まず、植物です。地球上には数多くの植物が存在しますが、栽培に適した植物は限られています。ユーラシア大陸は、地中海性の気候で湿潤な冬と暑く乾いた夏があるため、穀類や豆類が豊富に育っていました。また、収穫が容易な植物は、種がさやからこぼれないこと、そして同じ時期に一斉に実をつけることが求められます。これらの条件に適した植物、例えば小麦、大麦、えんどう豆などが、ヨーロッパに存在していました。
次に、家畜化可能な動物についてです。肉食獣は、肉が硬くて美味しくないため、家畜化されていません。それよりも、飼育コストが高すぎるためです。また、シマウマのように気性が荒い動物は、パニックになりやすく、家畜化は不可能です。効果的な家畜化には、草食で餌に偏りがなく、成長速度が速く、人間が管理しやすい社会構造を持つことが必要です。
この条件に適した動物は、牛、豚、ヤギ、羊、馬などが挙げられますが、これらの動物は、ユーラシア大陸に他の大陸よりも多く生息していました。したがって、ヨーロッパ人は、植物の栽培と家畜化を進めることで、定住生活を送り、食料を確保することができました。これにより、鉄を生産する余裕が生まれ、文明の発展につながったのです。
文明と病原菌は、横方向に広がりやすい
高度な文字などの技術が生まれ、他の民族がその技術を学び取り込むことで、文明の発展が加速します。そして、文明は、縦方向よりも横方向に広がりやすいという特徴があります。これは、緯度が変わると気温や気候が変わり、その新しい環境に適応するのに時間がかかるためです。
さらに、家畜を飼うことで、人間が持っていなかった新しい病原菌が生まれ、感染する可能性が高まります。例えば、天然痘は牛を媒介し、インフルエンザは豚や馬を媒介、風疹や麻疹はヒツジを媒介すると言われています。これらの病気は、新大陸に到着したヨーロッパ人から先住民に伝染し、その数を大幅に減らしました。結果として、ヨーロッパ人は新大陸を征服する際に、これらの「病原菌」を武器として使うことができました。
ダイヤモンドは、これらの要因が相互に影響しあい、ユーラシア大陸の人々(特にヨーロッパ人)が他の大陸の人々よりも先に高度な文明を築くことができたと結論付けています。要するに、ヨーロッパ人が新大陸を征服したのは、遺伝子的な優劣によるものではなく、地理的な偶然と文明の発展によるものでした。
あらすじ・要約
第1章: 13,000年前、人類の共通スタート
およそ1万3千年前、人々は世界各地に広がっていたが、基本的に皆同じレベルの技術しか持っていなかった。どこの大陸でも特に進んだ狩猟技術や道具は見当たらない。
第2章: 農民と戦士、二つの道
紀元前1200年ごろ、ニューギニアからポリネシアに人々が進出した。その後、島ごとの条件によって、高度な社会を築く人々と、狩猟で生計を立てる人々が分かれた。これは、環境によって全く違う文化や技術、社会が生まれる例だ。
第3章: スペインとインカの衝突
1532年に、スペインの軍人ピサロが少数の兵でインカ帝国の皇帝を捕まえた。銃や騎馬兵、鉄の武器、そして天然痘などが有利に働いた。でも、なぜこれらの技術はヨーロッパ人が持っていたのか。
第4章: 食べ物の供給と戦争
豊富な食糧があれば人口が増え、専門職(官僚、軍人、職人など)が生まれる。
第5章: 独自に農業を始めた場所
世界で独自に農業が始まったのは5地域あり、最も古いのは紀元前8500年頃のメソポタミア。ここから農耕はヨーロッパやエジプト、インダス川流域へ広がった。でも、なぜメソポタミアだったのか。
第6章: 農業を始めた理由
メソポタミアで農業が始まった要因は四つ: 狩猟対象の動物が減った、栽培可能な穀物が増えた、穀物の保存技術が発明された、人口が増えて農業の方が効率的だった。
第7章: アーモンドを毒なしにする方法
野生種から特定の特性(大きな実や多くの油分など)を持つものを選び、数世代にわたって栽培して改良した。
第8章: メソポタミアの多様な資源
メソポタミアは気候や地形、多様な植物に恵まれていた。それにより、食糧や衣類、労力、輸送手段といった基本的な人間活動に必要なすべてが整った。
第9章: シマウマはなぜ家畜にならなかったか
家畜化できる動物は限られており、それらの多くはユーラシア大陸にいた。家畜にできない動物には、多くの食べ物が必要だったり、気性が荒かったり、特定の問題があった。
第10章: 大陸の形状と文化の広がり
ユーラシア大陸は東西に広がっていて、気候や生態系が似ている場所が多い。これが農業や家畜化が広がりやすかった理由で、多くの地域で同じ種の作物が栽培された。一方で、南北に広がる大陸では、各地で独自の作物が栽培された。
第11章: 家畜からの致命的な影響
農耕の普及によって人口が増加し、大規模な集落が形成される過程で、天然痘やおたふく風邪などの感染症が出現した。これは集住、不潔な環境、水道システム、家畜、および交易の発展が影響しているとされる。
ユーラシア大陸の感染症は、コロンブスと共に新大陸にもたらされ、先住民の大多数を死に至らしめた。
新大陸ではこのような感染症は広まらなかった。主な理由は、家畜を有効に使える環境が新大陸には少なかったからである。
第12章: 文字を生み出し、採用した文明
シュメール、南メキシコ、中国、エジプトは独自の文字を開発。これは主に集中的な食料生産と高度な社会構造が必要とする情報管理のためだった。
シュメールや中国の文字は広範に広まったが、地理的な障壁があったメキシコやエジプトではそれが限られていた。
第13章: 発明は環境と人口に依存
人口が多く、食料生産が効率的な地域で技術が進展する傾向がある。
東西方向に広がるユーラシア大陸では、一つの地域での発明や改良が素早く他地域に広まり、それがさらなる技術進展を促した。
南米やアフリカのように南北に長い地域では、技術の拡散が砂漠などの障壁に阻まれた。
第14章: なぜ集権化するのか
集権化には三つの主な要素がある:複雑な人間関係、困難な意思決定、そして交換経済の必要性。
集権化が進むと、その集団は他の集団と比べて有利になる。このメカニズムを通じて、部族社会は国家へと進化する。
自発的に集権化する集団は少なく、通常は外的要因が働く。
第15章: オーストラリアとニューギニアの困難
ニューギニアでは原生種の栽培と部族社会があったが、その発展は制限されていた。
地形と資源により、技術や政治体制が発展しなかった。
オーストラリアでは更に厳しい環境が発展を阻んだ。
第16章: 中国の成長の歴史
中国は家畜化と農業、そして様々な技術と文字が早くから発展した地域である。
地理的な障壁が少ないため、地域間での文化や技術の交流が活発であり、これが集権国家の形成を促した。
第17章: 太平洋地域の遺伝的・文化的一体性
フィリピンからインドネシア、ニューギニアにかけての人々は遺伝的・言語的に類似している。
ニューギニアの高地の人々は早くから食料生産を始め、その結果、遺伝的・文化的な独自性を保っている。
第18章: 旧世界と新世界の交錯
ユーラシア出身のヨーロッパ人が新大陸を征服した主な理由は、穀物、家畜、そしてそれに続く文化と技術の進展にあった。
南北アメリカ大陸がユーラシア大陸に劣後していた理由
1:生態系に適応するのに時間がかかり、定住生活開始が遅れた
2:栄養・動力源・軍事的価値の高い動植物が少なかった
3:砂漠や熱帯雨林等に阻まれ南北の交流が盛んではなかった
第19章:アフリカがなぜ黒人の主な居住地になったのか
アフリカはユーラシア大陸と同様に高度な文化を持つ可能性があったが、状況は南アメリカと大差なかった。その理由は二つ:1つ目は、アフリカには人間にとって有用な動植物が少なかったこと(食料、エネルギー、防衛など)。2つ目は、北アフリカが先進的なメソポタミア文化と交流があったものの、気候と病気の壁であるサヘル地帯を越えて文化が南へ広がるのは困難だった。
エピローグ:人類史を科学的に考える
肥沃な三日月地帯はかつて本当に「肥沃」だったが、環境破壊により砂漠化が進み、その重要性は減少した。代わりに、ギリシャ、ローマ、北西ヨーロッパなどが世界の中心となった。
それでは、中国はどうだったのか。中国は食料生産、人口増加、先進的な技術(火薬、鋳鉄、製紙、印刷など)において独自の道を歩んでいた。しかし、中国は一度大規模な遠征を行った後、それを停止してしまった。これは、中国が一つにまとまっていたため、国内で対立する勢力が存在しなかったからである。一方、ヨーロッパでは権力が分散していたため、多くの国が新大陸を巡る競争を展開した。
地理的な要素も影響している。ヨーロッパには多くの半島や山脈があり、政治的な統一が難しく、多くの小国や都市が競争していた。中国は地理的にも政治的にも一つにまとまっていたため、一つの意志が全体に影響を与えた。結果として、ヨーロッパの適度な競争環境がテクノロジーの進展に有利だったと言える。
学びのポイント:紀元前10~5万年前の「大躍進」
紀元前10万年から5万年前にかけて、人類の祖先は劇的な変化を遂げた。この時代、通称「大躍進」と呼ばれるこの段階で、東アフリカで発見された石器の形状が均一になり、その後に中東や南東ヨーロッパでも同様の進展が見られる。
「大躍進」以降、遺跡から見つかる道具やアートが急速に多様化し、これによって当時の人々が現代人と同等の能力を持っていたことが明らかになる。この時代は人口が急増したとも考えられ、その背後には移住、適応、そして人口増加のサイクルが「大躍進」の過程であった可能性が高い。
【上巻】プロローグ:ニューギニア人ヤリの問いかけるもの
ヤリの素朴な疑問
現代世界の不均衡を生みだしたもの
この考察への反対意見
人種による優劣という幻想
人類史研究における重大な欠落
さまざまな学問成果を援用する
本書の概略について
★第1部★勝者と敗者をめぐる謎
第1章:一万三〇〇〇年前のスタートライン 060
人類の大躍進
大型動物の絶滅
南北アメリカ大陸での展開
移住・順応・人口増加
第2章:平和の民と戦う民の分かれ道 095
マオリ族とモリオリ族
ポリネシアでの自然の実験
ポリネシアの島々の環境
ポリネシアの島々の暮らし
人口密度のちがいがもたらしたもの
環境のちがいと社会の分化
第3章:スペイン人とインカ帝国の激突 121
ピサロと皇帝アタワルパ
カハマルカの惨劇
ピサロはなぜ勝利できたか
★第2部★食料生産にまつわる謎 149
第4章:食料生産と征服戦争 150
食料生産と植民
馬の家畜化と征服戦争
病原菌と征服戦争
第5章:持てるものと持たざるものの歴史 164
食料生産の地域差
食料生産の年代を推定する
野生種と飼育栽培種
一歩の差が大きな差へ
第6章:農耕を始めた人と始めなかった人 185
農耕民の登場
食料生産の発祥
時間と労力の配分
農耕を始めた人と始めなかった人
食料生産への移行をうながしたもの
第7章:毒のないアーモンドのつくり方 204
なぜ「栽培」を思いついたか
排泄場は栽培実験場
毒のあるアーモンドの栽培化
突然変異種の選択
栽培化された植物とされなかった植物
食料生産システム
オークが栽培化されなかった理由
自然淘汰と人為的な淘汰
第8章:リンゴのせいか、インディアンのせいか 237
人間の問題なのか、植物の問題なのか
栽培化の地域差
肥沃三日月地帯での食料生産
八種の「起源作物」
動植物に関する知識
ニューギニアの食料生産
アメリカ東部の食料生産
食料生産と狩猟採集の関係
食料生産の開始を遅らせたもの
第9章:なぜシマウマは家畜にならなかったのか 289
アンナ・カレーニナの原則
大型哺乳類と小型哺乳類
「由緒ある家畜」
家畜可能な哺乳類の地域差
他の地域からの家畜の受け容れ
家畜の初期段階としてのペット
すみやかな家畜化
繰り返し家畜化された動物
家畜化に失敗した動物
家畜化されなかった六つの理由
地理的分布、進化、生態系
第10章:大地の広がる方向と住民の運命 326
各大陸の地理的な広がり
食料生産の伝播の速度
西南アジアからの食料生産の広がり
東西方向への伝播はなぜ速かったか
南北方向への伝播はなぜ遅かったか
アメリカ大陸における農作物の伝播
技術・発明の伝播
★第3部★銃・病原菌・鉄の謎
第11章:家畜がくれた死の贈り物 358
動物由来の感染症
進化の産物としての病原菌
症状は病原菌の策略
流行病とその周期
集団病と人口密度
農業・都市の勃興と集団病
家畜と人間の共通感染症
病原菌の巧みな適応
旧大陸からやってきた病原菌
新大陸特有の集団感染症がなかった理由
ヨーロッパ人のとんでもない贈り物
【下巻】第12章:文字をつくった人と借りた人 014
文字の誕生と発展
三つの戦略
シュメール文字とマヤ文字
文字の伝播
既存文字の借用
インディアンが作った文字
古代の文字表記
文字を使える人びと
地形と自然環境の障壁
第13章:発明は必要の母である 056
ファイストスの円盤
発明が用途を生む
誇張された「天才発明家」
先史時代の発明
受容されなかった発明
社会によって異なる技術の受容
同じ大陸でも見られる技術の受容のちがい
技術の伝播
地理上の位置の役割
技術は自己触媒的に発達する
技術における二つの大躍進
第14章:平等な社会から集権的な社会へ 103
ファユ族と宗教
小規模血縁集団
部族社会
首長社会
富の分配
首長社会から国家へ
宗教と愛国心
国家の形成
食料生産と国家
集権化
外圧と征服
★第4部★世界に横たわる謎
第15章:オーストラリアとニューギニアのミステリー 156
オーストラリア大陸の特異性
オーストラリア大陸はなぜ発展しなかったのか
近くて遠いオーストラリアとニューギニア
ニューギニア高原での食料生産
金属器、文字、国家を持たなかったニューギニア
オーストラリア・アボリジニの生活様式
地理的孤立にともなう後退
トレス海峡をはさんだ文化の伝達
ヨーロッパ人はなぜニューギニアに定住できなかったか
白人はなぜオーストラリアに入植できたか
白人入植者が持ち込んだ最終産物
第16章:中国はいかにして中国になったのか 209
中国の「中国化」
南方への拡散
東アジア文明と中国の役割
第17章:太平洋に広がっていった人びと 232
オーストロネシア人の拡散
オーストロネシア語と台湾
画期的なカヌーの発明
オーストロネシア語の祖語
ニューギニアでの拡散
ラピタ式土器
太平洋の島々への進出
ヨーロッパ人の定住をさまたげたもの
第18章:旧世界と新世界の遭遇 271
アメリカ先住民はなぜ旧世界を征服できなかったのか
アメリカ先住民の食料生産
免疫・技術のちがい
政治機構のちがい
主要な発明・技術の登場
地理的分断の影響
旧世界と新世界の遭遇
アメリカ大陸への入植の結末
第19章:アフリカはいかにして黒人の世界になったか 315
アフリカ民族の多様性
アフリカ大陸の五つのグループ
アフリカの言語が教えてくれること
アフリカにおける食料生産
アフリカの農耕・牧畜の起源
オーストロネシア人のマダガスカル島への拡散
バンツー族の拡散
アフリカとヨーロッパの衝突
エピローグ 科学としての人類史 365
環境上の四つの要因
考察すべき今後の課題
なぜ中国ではなくヨーロッパが主導権を握ったのか
文化の特異性が果たす役割
歴史に影響を与える「個人」とは
科学としての人類史