タデ食う蛍も好き好き
小さな女の子。
「わ~~キレイ~」
薄緑のぼんやりとした光に、
女の子は包まれていた。
草の上で点灯しているホタルを、
そっと両手ですくい上げる。
「パパママ、見て見て!
ほら~」
女の子の手が開いた隙に、
ホタルはするりと逃げていった。
「あ~いっちゃったぁ~。
……
ほ~ほ~ほたるこい
こっちの水は甘いぞ
そっちの水は苦いぞ
ほ~ほ~ほたるこい」
女の子のいる川の数メートル奥には、
本流から分かれた派川がある。
女の子の手から逃れたホタルは、
派川の群れの中に降り立つ。
「どうだ?」
「あっちは人がわんさかいます。
ちょっと飛んだだけで、
キャーキャー言ってくるんですよ~」
「な~に~やっちまったなあ!」
「先輩、そんなキャラでしたっけ?」
「違うな。お前が変な振りをするから」
「すいません。
でもあっちは凄い人集りでした。
こっちは足場が悪いし橋がないから、
ここまで来れないんですよね」
「別に人が来る来ないなんてのは、
俺らには関係ないことだ。
ホタルはただ子孫を後世に残す。
それだけを考えて光ればいいんだよ」
「相変わらず先輩は硬派なホタルですね」
「俺は浮ついてるのが嫌いなだけだ。
今の連中は水が甘いからって、
ホイホイ本流の方へ引っ越すからな。
この川の苦さがわかるホタルこそが、
本当の大人のホタルだと思ってる」
「苦さがわかるのが大人なんですね」
「その通りだ。
聞くところによると、
人の世界でもコーヒーという、
苦い飲み物が飲めるのが
大人の証らしいじゃないか。
ビール、サザエのワタ、ゴーヤ。
それらを克服した人間が、
初めて大人だと認めてもらえると、
噂で聞いたぞ」
「そうなんですね。
だからあえて甘い水の本流へは行かず、
この苦い派川を住処にしてる。
さすがです先輩」
「俺は甘さというのは心の弱さ。
甘さを好む者は軟弱なんだと思ってる。
あっちの水はどうせ軟水だろ?
あそこにいる奴らは、
甘党だのスイーツホタルとか、
名乗ってるらしいじゃないか。
あそこにいるのは、ただの甘ちゃんさ」
「まだまだお子ちゃまってことですね。
でもなんで同じ川で、
こうも味が違うんでしょうね」
「あれだろ。
土壌のせいじゃないのか?
あっちの川辺には果樹園や、
果物畑が多いせいじゃないのか?」
「やっぱりそのせいなのかな…
あの甘さって」
「お前」
「え?」
「甘い水飲んだのか?!」
「いや、あの、その、
さっき敵情視察した時に偶然…
偶然、口に入ってしまって…」
「お前、飲んだんだな」
「すいません。
あまりにいい香りがしたのでつい…
出来心だったんです、すいません」
「…それで?」
「へ?」
「それでどうだったんだよ」
「何がです?」
「味はどうだったと聞いている」
「味ですか…
甘かったです」
「どう甘かった?」
「何て表現すればいいんですかね。
明らかにこっちの水とは違いましたね。
ほのかに甘いのもあれば、
ジューシーな甘さの場所もあって」
「お前!何回飲んだんだ?!」
「すいませんすいません。
場所によって違うんですよ、甘さが。
つい好奇心で5か所ほど…」
「5か所?!5か所もか!
それで……
どこが一番甘かったんだ?
そこんとこ詳しく教えろ!」
「そうですね。
僕の好みですけど、
苺畑の側が芳醇な甘さで、
美味しかったですね」
「美味しかったのか?!」
「すいません!
ほんとすいません!
悪気はなかったんです。
あっちの川に行こうとか、
そういうつもりじゃないんです。
…あっ!」
「どうした?」
「そういえば近くでお茶会してた、
ホタル女子が教えてくれたんです」
「何を?」
「こっちの水は、
全部甘いわけじゃないって」
「そうなのか?」
「どうやら途中で、
味が変化してるみたいです。
だから苦い場所もあるって」
「でも奴らは、
苦い水は飲まないんだろ?」
「いや、そうでもないらしいです」
「飲むのか?苦い水を?」
「はい。
どうもいい場所があるらしくって。
そこは人気で僕も飲めなかったんですよ。
ホタル女子が言うには、
キャラメルフラペチーノの味がするって」
「な~に~!
キャラメルフラペチーノ?」
「はい。
それが今、本流で大人気らしいです」
「おい!行くぞ!」
「どこへ?」
「本流だ!
俺も敵情視察に行く!」
「はい!行きましょう!
僕は今度こそ、
キャラメルフラペチーノ飲むんだ!」
「待て~!
ズルいぞ~!
俺は絶対、
ダークモカチップフラペチ~ノだ~♪」