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加速器は現代の錬金術ーー東大出身の理学博士が素朴で難しい問いを物理の言葉で語るエッセイ「ミクロコスモスより」③


価値の低い物質を価値の高い物質に変える錬金術は、古代より科学者たちの興味の的になってきました。

まだ原子も発見されていなかったルネサンス時代でも、あらゆる物質は統一的な起源に帰着させられると考え※1、原理的に卑金属を貴金属に変えることができると思われていました。

※1 例えば古代ギリシャでは、この世は「火・風・水・土」の4つで構成されていると考えられており、古代中国では「火・水・木・金・土」の5つで構成されていると考えられています。現在では、物質の根源は標準模型のクォークやレプトンだと思われていますが、遠い未来には新しい説で塗り替えられているかもしれません。


現在の科学では、卑金属を簡単かつ効率的に貴金属に変える方法は知られていません。

例えば自然界に存在する水銀のうち、0.2%程度は¹⁹⁶Hgという同位体※2です。
この同位体は中性子を吸収すると不安定※3な¹⁹⁷Hgに変わり、電子内部捕獲により¹⁹⁷Au、すなわち天然の金になります。大量の水銀を原子力発電所に投入するとこの反応は起こせるかもしれませんが、作られる量はたかが知られており※4、大金持ちになるまでには道のりが長いでしょう。

※2 物質を構成する原子は、中心に原子核を持ち、その周囲に電子が漂っています。原子核は、陽子(+の電気を帯びている粒子)と中性子(電気を帯びていない粒子)がそれぞれいくつか集まって一塊になっています。
原子の性質は、この陽子と中性子それぞれの個数で決まっており、中でも陽子数が同じで中性子数が異なる原子同士は、原子としての化学的な性質が似ているため、「同位体」と呼ばれます。
周期表でおなじみの「元素」は、原子を陽子数ごとに分類した概念で、たとえば同じ「酸素」という元素でも、酸素-16や酸素-18など、中性子数が異なるたくさんの同位体が存在します。

※3 原子の性質は陽子数で主に決まりますが、中性子数によって原子核の性質が変わります。
酸素原子はすべて陽子を8個持ちますが、自然界にもっとも多く存在する酸素原子は中性子を8個持っています。一方、中性子を7個持つ酸素原子は、作られてから平均的に100秒程度で壊れてしまいます。これを「放射性崩壊」と言い、このように有限の寿命を持つ原子や原子核を、「不安定」であると言います。
原子の壊れ方には、放射線を出して壊れる方法(アルファ崩壊、ベータ崩壊、など)や、原子にもともとあった電子が原子核に取り込まれる方法(内部電子捕獲)、原子核がバラバラに壊れる方法(自発核分裂)などがあります。逆に、崩壊することのない原子を「安定原子」「安定同位体」などと呼びます。

※4 水銀から金をつくる「原子炉錬金術」を実証する!
academist(アカデミスト)(academist-cf.com)


そもそも、なぜ貴金属は希少価値が高いのでしょうか。

これには、工業上の理由と、元素の性質上の理由の2つが挙げられます。
まず、貴金属は工業的な価値が高いため、存在量に対して需要が高いことが特徴です。金は金属の中でももっとも反応性が低いものの一つであり、加工もしやすく、光沢も美しいため、電子機器の部品に使えば劣化しない素材であり、装飾品としても需要が高いものです。
銀や白金なども同様に、工業品や装飾品での需要が多くあります。近年では貴金属だけでなく、「レアメタル」や「レアアース」に分類される金属も、同様の需要の高まりから希少価値が高まっています。
これらの元素は鉱山をはじめとする地殻中から採掘されることが多いですが、より身近な金属である鉄やアルミニウムと比べて、存在量がそもそも少ないことが知られています※5

※5 地殻中の元素の存在度 – Wikipedia



これは、その原子核の性質に基づいて考えると自然なことでしょう。

水素以外の原子核は、陽子と中性子がそれぞれ複数束縛しあって存在していますが※6、そのようにして作られている原子核の質量は単純に陽子と中性子の質量の和ではなく、陽子や中性子を繋ぎとめているエネルギーの分だけすこし軽くなっていることが知られています。
これを「束縛エネルギー」と呼びます。

安定元素の束縛エネルギーは、鉄やニッケルがもっとも大きいことが知られています。
仮に原子核の陽子や中性子を自由に摘まみだしたり付け加えたりすることができるとすると、鉄より軽い原子核は陽子や中性子を付け加えたほうがより安定し、逆に鉄より重い原子核は陽子や中性子を取り去ったほうがより安定することになります※7

※6 原子核は陽子と中性子から構成されていますが、+の電気を帯びている陽子同士や、電気を帯びていない中性子が密集して一つの原子核を構成するためには、粒子同士が互いに引き寄せあうような力が働いていなければなりません。
このように陽子や中性子を引き寄せあう力を「核力」と言い、クォーク同士を引き寄せあう「強い力」がもとになっています。その名の通り電気や磁気の力よりも強いため、陽子同士が近づいて電気的な反発力が働いても、それを上回る強さで引き寄せあいます。

※7 この原理を利用することで、水素の核融合やウラン・プルトニウムの核分裂でエネルギーを生み出すことができるわけです。


「鉄がもっとも安定」しているということは、宇宙における元素合成の理論において重要な鍵を握ります。

つまり、鉄より軽い元素と、鉄より重い元素は、根本的に作られ方が異なっているということです。
ビッグバンのあと、クォークやグルーオンの有象無象が強い相互作用で束縛されて陽子や中性子になると、まず水素の原子核ができあがります。
この水素原子核が互いに重力により引き合い、長い時間をかけて星を形成するのです。そして水素が集まれば集まるほど重力は強くなり、中心での密度が高まっていきます。

本来、水素原子核はプラスの電気を帯びているため互いに反発しあっていますが、この密度に負けて接近すると先ほどの「束縛エネルギー」を放出してヘリウムへと核融合します。

似たような理屈で、どんどん核融合が連なっていき、ついには鉄までが恒星内で合成されます。
鉄より重い元素は、単純に軽い原子核同士が接近しても、「束縛エネルギー」の差の分だけ充分なエネルギーを追加しなければくっついてくれません。このような環境が得られるのは、「死にかけの星」あるいは「死ぬ瞬間の星」の2通りです。

鉄が十分作られたあとの成熟した星では、中性子捕獲(核反応の一種。原子核が中性子を捕獲して、より重い原子核に変わる反応)によって不安定な原子核が作られ、そのベータ崩壊※8によって原子番号が一つ大きな元素に変わる、というプロセスが、長い時間をかけて行われていきます。星が自分の重力に耐えきれなくなり崩壊するとき(超新星爆発)、中性子捕獲はより高い頻度で起こることになり、ウランをふくむ非常に重い元素までが一気に作られます。

※8 原子核内の中性子が、電子と反電子ニュートリノを放出して陽子に転換する反応を「ベータ崩壊」と言います。
中性子は陽子よりもわずかに重いため、単独で存在する中性子は陽子にベータ崩壊します。原子核内の中性子も、原子核の束縛エネルギーと質量の関係に応じて、より軽くなる場合にはベータ崩壊します。この時、原子核を構成する中性子の数は一つ減り、陽子の数は一つ増えるため、陽子数に相当する原子番号が一つ大きくなり、周期表で右隣の元素になります。


地球上の元素は、このような「星屑」たちが起源となっています。

そのため、鉄よりも重い元素が少ないのは、自然なことなのです※9

※9 工業・産業的な重要性が「原子」の性質によっており、物理的な重要性が「原子核」の性質によっている、というのは重要なことです。
元素の種類を決めるのは電子の個数=陽子数であり、それが物質としての性質をも左右します。一方で、原子がそもそも安定に成り立つかどうかを決めるのは陽子数と中性子数です。


さて、「勝手に陽子や中性子を加えたり取り去ったりする」ことを先ほど考えましたが、現代ではこれはまったくの絵空事ではありません。

充分なエネルギーで粒子同士をぶつければ、ある確率でそれらがくっついたり、一方を破砕したりすることができるわけです。
重イオンを主な研究対象とする加速器施設で行っていることは、まさにこのように原子核同士の反応を直接起こすということです。

加速器である元素から別の元素を作り出すのは、決して大金持ちになるためではありません。


むしろ多くの場合は、莫大な電気代と材料費を投じて、そもそも天然に長く存在できないようなものを微量だけ作るケースが多いでしょう。

例えば原子核の構造と反応を研究する理化学研究所RIビームファクトリーでは、未知の元素や同位体を作り質量を精密に測る研究※10、放射性廃棄物を安定元素に変換するための研究※11、元素合成における核融合反応を再現するための研究※12、などが行われており、いずれも限られた寿命を持つ不安定核が関わっています。

理研の加速器は最大で6.5MWの電力を消費することが知られており、24時間運転し続ければ156MWhの消費電力となります。

一般家庭の1日当たりの消費電力が10kWh程度とすれば、1万世帯分に相当します。仮に加速器で貴金属やレアメタルの類を作ったとしても、電気代の初期投資が圧倒的に大きく、あまり魅力的な錬金術とは言えないでしょう。


かつてニュートンも取り組んだ錬金術は、今では怪しい投資話でしか登場しませんが、既知の原子核から誰も見たことがない原子核を作り出す新しい錬金術は現代も日夜行われています。



※10 核質量でみる新魔法数34
https://www.jps.or.jp/books/gakkaishi/2019/12/74-12researches3.pdf
※11 パラジウム-107の核変換-高レベル放射性廃棄物の低減化・資源化への挑戦-理化学研究所(riken.jp)

※12 ビッグバンで生成されるリチウム量の矛盾、解決へ一歩前進
東京大学大学院理学系研究科・理学部(u-tokyo.ac.jp)


プロフィール
小澤直也(おざわ・なおや)

1995年生まれ。博士(理学)。
東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。
現在も、とある研究室で研究を続ける。

7歳よりピアノを習い始め、現在も趣味として継続中。主にクラシック(古典派)や現代曲に興味があり、最近は作曲にも取り組む。


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