「東海道新幹線開業当時に駅弁や土産物が果たした役割と、その当時の食文化の背景について
今回は、東海道新幹線開通当時の駅弁や土産の背景について、文化的・歴史的要素を交えて具体的に考えていきます。
1. 戦後20年の食文化の特徴
1964年は日本が戦後復興を成し遂げ、経済成長期に入った時期でした。しかし、まだ食文化や生活習慣には戦前から続く伝統が強く残っていました。
魚介類中心の伝統
日本では古来より魚介類が主食の一部を成しており、動物性タンパク質の供給源の大部分を占めていました。仏教の影響で長らく肉食が制限されていたことや、豊富な海・川の資源を活用してきた歴史が背景にあります。例えば、新潟県長岡市の「鯉の蒲焼」は、日本の内陸地域特有の食文化を反映したものです。鯉は新鮮な川魚の象徴であり、養殖技術が発展していた地域特産として駅弁に採用されました。
また、鰻の蒲焼や川魚料理は、内陸部で広く好まれていた高級な食材でした。
西洋化の進行度合い
戦後、日本に進出したアメリカ文化の影響で徐々にパンや肉料理が普及し始めましたが、この時点ではまだ全国的に普及したわけではありませんでした。特に地方では、魚介類を使った和食が圧倒的に主流でした。
2. 地域性を重視した駅弁
駅弁は単なる「旅の食事」ではなく、その地域を象徴する食文化や名産品を詰め込む役割を果たしていました。地域の特色を反映した駅弁のいくつかを見てみましょう。
長岡の鯉の蒲焼弁当
背景
長岡は戦前から養鯉が盛んな地域であり、特に錦鯉の生産地として知られています。この養鯉の技術は食用鯉の養殖にも応用され、「鯉の蒲焼」は地元の名物料理として発展しました。特徴
鯉を蒲焼風に甘辛く味付けすることで、保存性が高まり、旅先での食事に適していました。鯉料理は内陸部特有の味覚として観光客にも人気でした。
塩山(山梨県)の「ぶどう洋かん」
背景
山梨県は「ぶどうの王国」とも呼ばれ、古くからぶどうの生産が盛んな地域でした。この特産品を駅弁のデザートや土産品に組み込むことで、観光客に地域の魅力をアピールしました。特徴
ぶどうを練り込んだ洋かんは、甘さ控えめで上品な味わいが特徴。長持ちするので、旅土産にも適していました。
松本(長野県)の「信州そば」
背景
信州地方は日本屈指のそばの産地で、江戸時代からそば文化が根付いていました。そばは長旅の途中で手軽に食べられる食品として駅弁に取り入れられました。特徴
紙に包んだ乾麺や簡単なトッピング付きで提供され、旅の途中に湯をかけて食べられる形態が一般的でした。
3. 土産品の役割と背景
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