舞台『THE GHOST』〜生きるを表現する究極のパフォーマンス〜を観ました
東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアルにて、舞台『THE GHOST』の初演を観ました。
ベートーベンが遺した『ハイリゲンシュタットの遺書』をモチーフに、10年前ゴーストライター事件で世間を騒がせた作曲家の新垣隆さんと和太鼓奏者の林英哲さんによる半即興演奏に、義足のダンサー大前光市さんの即興ダンス、俳優の橋爪淳さんの朗読が組み合わさった、幻のような一夜限りのステージです。
舞台の前にオープニングアクトがあるというので早めに会場へ。ソプラノ歌手の湯浅桃子さんによるベートーベン作曲のオペラ『フィデリオ』から一曲と、バリトンの川内悠さんによる歌曲『優しき愛(Ich Liebe Dich)』の演奏でした。
2曲とも『THE GHOST』本編の『生きる意味とは?』という重いテーマとはガラリと印象を変えた柔らかなハッピーソングでした。生きるとは誰か(または『何か』)を愛する事だったりするのかな?ベートーベンは20代後半から徐々に耳が聴こえにくくなり、32歳の時に『ハイリゲンシュタットの遺書』を書いたそうで、オペラ『フィデリオ』はその後の作品で完成版の初演は44歳の時。聴覚を完全に失っていましたが、助けを借りつつなんとか指揮したそうです。2時間モノですよハード。『優しい愛』はベートーベンが25歳で作曲した歌曲で、まだ難聴になる前なのかな?誰かのことを想って作ったんでしょうか。
湯浅さんの美声は何度か聴いたことがあり、笑顔が素敵で上品なイメージの方。
川内悠さんの声は今回初めて聴きました。柔らかな声のバリトンさん。ちょっと硬かった気もするけど藝大4年在学中とのことで、良いねえ伸びしろいっぱいではないですか。
さて、本編第一幕。新垣隆さんと林英哲さんのインプロヴィゼーション。新垣さんの流れるようなピアノと、一見して異質な英哲さんの銅鑼や太鼓が即興で合わさるとどうなるのか、というか「そもそも合うのか?」想像もつきませんでしたが、新垣さんの演奏から始まり、そこに少しずつ太鼓のリズムが重なる。やがてどんどん熱量が上がり、クライマックスは2人の力と力?あるいは精神と精神がぶつかり合い、掛け合わさってぶわーっと龍のように天空に立ち昇っていくようなそんな音楽でした。音というよりは気迫かな?新垣さんは椅子に座ったまま10センチ位ジャンプしていて、新垣さんのピアノも何度か聴いていますが、これは初めて観ました。
第二幕は橋爪淳さんの朗読と大前光市さんのダンスも登場。大前さんの機敏さにびっくり。義足でもあんなに自由に動けるんだなあと。しなやかで軽やか!私の持っていた障がい者に対するちょっと引け目というか、距離を取ってしまう感覚をバッサリと切ってくれました。迫力というのとも違う、その一歩も引かない存在感が素晴らしい。
ベートーベンが登場するシーンがあるのですが、ベートーベン役はオペラ歌手の吉武大地さん。とても良い味を出していました。ベートーベンの言葉にあった『生きることこそが芸術』という言葉が凄く心に響きました。皆んな芸術家、人生が作品ということ。難聴になったのも個性、その中で作曲を続けた人生、それ自体が何よりの芸術作品だと。そしてそれはベートーベンだから出来たことではなく、誰の身にも起こりうるということ。事実は小説よりも奇なり、あなたも、私も、あの人も。
『ハイリゲンシュタットの遺書』読んでみようかしら。
橋爪さん(人生に苦悩する男)の朗読がいよいよクライマックスを迎え、人生が終わりに近づいた時、若かりし時の男役として吉田知明さん(今回の脚本・演出も担当)が登場。「こんなに苦しいのに、それでも生きなければならないのか?」との問いかけに対する年老いた男の答えをまとめると「どんなに苦しい状態でも、時間が解決してくれる。やがてはちゃんと自分の糧になっているんだよ。今は気づかないかも知れないけど」ということだったかな?
ひとつ残念だったのはタケミツメモリアルの一階席は傾斜がなく、大前さんが舞台の前方床で踊った時に私の席(7列目)からだと見えなかったことかな。それ以外は総じて見応えがある作品でした。全貌は今回のステージの完成までを記録したという映画で復習しようと思います。