『完成版 告白』【#冒頭3行選手権】
はじめは誰だっていい。
そう思ってたんです。
違いなんてないだろうって。
学生時代に紹介されたのは、才能に恵まれた、校内の誰もが憧れる優等生。
頼り甲斐があって素敵だったけど、私にはもったいない人だと思って、泣く泣く諦めました。
その後、就職を決めた際に知り合ったのが、私にとってはじめての人です。
お互い未熟なんでね。仕事で失敗するたび、励まし合ったりして。
でもね、だんだんしっくりこなくなってきたんです。
あの人、流されやすいというか、すぐに影響される人で。
とにかく軽かったんです、何もかも。
はじめての人だから、私も思い入れはあったんですけど。
我慢できなくなっちゃって、お別れすることにしました。
次の人はね、どっしりとした頼りがいのある人。
上司にも言われたんです。
「しっかりした人の方が安心するよ」って。
だから見た目も堅い人でした。
でもね、あの人融通がきかないんです。
外見だけで人を判断しちゃいけないと思ってたんだけど、動きも鈍くて。ダメな原因は、それだったのかも。
で、やっぱりうまくいかなくなっちゃいました。
だからもう、次こそはって慎重になりました。さすがにこれ以上失敗したくない。
ね、あなただって、そう思うでしょ?
3人目のあの人に出会った時、運命だって思いました。
まず見た目が美しい。一目惚れでした。
それに私、女にしては指が長い方なんですけど、手が触れあった時にピッタリ収まるんです。
こういうのを肌がなじむと言うんでしょうね。なめらかに指が動くんです。
いつもやさしく私の目線に合わせてくれて、私のスピードについてきてくれる。
それでいて私が失敗しないように、さりげなくサポートしてくれて。
心地がいいんです。
何もかも好みでした。
相性は抜群で、私たち出張やボランティアとか、どこに行くにも一緒だったんです。
出会った時から、今もずっと一緒。
ツラい時も忙しい時も、苦楽を共にしてきたっていうか。
え?浮気ですか?
うーん。したことはあります。
働きながら、社会人学校に通うことにして、そこで…。
でも長年一緒にいた人とソックリだけど、微妙に違っていて…。同じ時を長く過ごした人の方が合うって、再認識したんです。
ほら。やっぱり相性って、大事ですよね。
でもね、いろいろ言ってきたけど、みんなには感謝してるんです。
これまで失敗したり、うまくいかなかったのは、私のせい。私の能力が低かったせいです。
これまで私ひとりじゃ、やってこられなかった。
私、おっちょこちょいだから、たまに落っことしたりもするんです。それでも文句も言わず、いつだって正確。
今まで電池の交換だってしたことないんですよ、凄くないですか?
え?何の話をしているのかって?
愛してやまないものについて語るんでしょ。
ずっと、それについて語ってるんですけど。
どれだって一緒。なんて、そんなの嘘。備品だなんて、とんでもない。
私にとって"電子式卓上計算機"、つまり"電卓"はパートナーといっても過言ではない存在なんです。
恋愛もビジネスもパートナー選びが重要だ。
どうだっていいと思って妥協すると、必ず失敗する。
パートナーを褒められると嬉しいものだ。
長年、財務の最前線で活躍しておられる上司に、「おっ、いい電卓持ってるねぇ」と褒められたときには、わかってくれていると嬉しくなった。
帳簿の金額がどうしても合わない時、もう無理だと諦めかけて、それでも電卓を叩き続けて、やっと数字が合った時の喜びは何物にも代えがたい。
そんな苦楽を共にできる存在に出会うためには、こだわりが必要だ。
経理事務において電卓は、まずキーの打ち心地がよく、文字盤がハッキリ見え、サイズが自分の手に合うものが望ましい。
私なら片手を広げて、親指から小指まで使って、がしっとつかめるくらいのサイズがちょうどよい。
携帯式手帳タイプの小さな電卓など論外である。
可愛くてオシャレなだけのデザイン電卓もおすすめしない。機能が最小限しか、ついていないからだ。
たくさん数字を入力するので、打ちながら動いてしまうような軽量タイプは適さない。キーが軽いものも、ミスタッチした際に簡単に反応してしまうため、入力ミスに繋がりやすい。
キーのサイズや動きが、自分の指に合っているものだと、なめらかに、かつリズミカルに入力できる。
購入する際に試打出来るといいのだが、大抵梱包されて販売されている。
自分の動きに合うものを選べるかは、運かも知れない。
キーの高さも重要で、低いものだとキーの動きが鈍く反応してくれなくて、打ち損じとなる。
大きな仕事になると扱う金額も増えてくる。液晶表示部は12桁(1000億単位)以上表示される機種だと安心だ。
その表示する部分、光に反射して見えない!なんてことのないよう、角度が変えられる融通のきくものだと、いつも目線が合ってストレスなく仕事できる。
見た目の美しさも重要だ。
まず、文字が目にパッと入りやすいデザインでなければ。
もしお手元に電卓があれば、キーの配列に目を向けていただきたい。
数字の『0』が縦の数字列からはみ出していない機種、これが私のお気に入りだ。
使用頻度の高い『0』を、数字列とは別の列に並べた電卓がある。
たくさん0を入力する時のために、新たに『00』というキーを配置したためだろう。
でもやはり『0』のキーは、数字列からはみ出さず収まっている方が断然美しい。入力ミスも起こりにくいと思う。
キーの配列というのは、電卓を開発している企業で違っていて、時代によっても変化するから、好みは人それぞれかも知れない。
計算した数字をうっかり忘れてしまうポンコツな私のために、前回の合計額を再表示してくれるメモリー機能はありがたい。
また同じ計算を複数回行った時に、計算がちゃんと合っていることを示してくれるアンサーチェックも、私を多いに助けてくれた。
機能がたくさんあるので、私自身も十全に使いこなせているとは言いがたい。
搭載されている機能で、本体価格はかなり変わってくる。
思えば学生時代、先生から特別価格でご提供!と、薦められた高性能の機種があった。その時は学生の身には高額で、購入をためらいチャンスを逃してしまった。
あの時、手に入れておけば電卓遍歴を重ねずにすんだのかも知れない。
後から、そんなことを言っても仕方がない話なのだが。
先ほどキーの配列は、時代によっても変化すると述べた。
かつて会社用と学習用、2つ電卓が必要になって、新たにもうひとつ手に入れることにした。同じ会社から発売された後継機種を選んだのだが、バージョンアップしていて、打感や機能が微妙に変化している。
極めて似ているけど、別の人。なのである。
長年使用していると馴染むという側面はあるものの、細かい違和感というものは拭いされないものだ。
仕事がうまくいった時も大失敗した時も。
病める時も健やかなる時も、いつもそばにいて支えてくれた電卓には、本当に感謝している。
当たり前にそばにいてくれることへの感謝の念、ゆずれない思いを気づかせてくれる存在だ。
でも長年の付き合いで、いい加減愛想尽かされてるかも。
大事な3人目は既に廃盤となってしまい、ふたつとないのだ。
見限られないよう、大切にするしかない。