建築の歴史とゲームの歴史─『ゲームデザイナーのための空間設計 歴史的建造物から学ぶレベルデザイン』を読む2
他分野からの建築への視点を見てみよう,ということで読み始めたクリストファー・トッテンによる『ゲームデザイナーのための空間設計 歴史的建造物から学ぶレベルデザイン』.
前回,なぜゲームのレベルデザインに建築の知識が応用できるのか簡単に触れました.ようやく今回から本題に入っていきます.
1章は「建造物からレベルデザインを学ぶ準備」.
建築とゲーム,双方の歴史を簡単にさらってその関係性を探っていきます.
建築と人間の関係
ゲームのレベルデザインを考えるには建築の知識が参考になる,という点は前回触れました.では,どの点が参考になるのか?
ずばり,それは「体験」という観点です.
たとえば,FPSのゲームを考えてみましょう.FPSでは一般的には「高いポジションから撃った方が戦術的に有利」とされています.
ごくごく単純なことです.空間に高さの違いが存在していれば,上にいる人は敵を常に見ることができ,下にいる人より有利な立場に立つことができます.
このようにゲームのプレイにおいても,現実と同じような体験によってプレイの状況をデザインすることが可能となります.その点で,建築の「体験」という要素はゲームのプレイを豊かにさせるものとして大いに参考することができます.
また,構造的なリアルさもゲームのリアリティを向上させるための一因となります.
あまりにも現実の構造から外れた建築はいかにファンタジーであろうとプレイヤーを白けさせてしまう事態に繋がります.
ファイナルファンタジーのようなゲームを見てみるとゴシック的な垂直性を基調とした建築が登場する頻度が高いです.これは「ゴシック建築」という建築を私たちが「知っている」からこそのデザインでしょう.
構造しかり体験しかり,紀元前のローマの建築家・ウィトルウィウスはこれらを踏まえ,建築に欠かせない要素として用(実用性・快適性)・強(堅固さ)・美(美しさ・喜び)を挙げました.厳密な解釈については多様な意見がありますが,現在でもたびたび引用される建築業界にとっても重要な考えだと言えるでしょう.
本書はこれに倣い,レベルデザインに欠かせない要素として,
●機能要件
●ユーザビリティ
●喜び
の3つの要素を挙げます.
ゲームは建築より,より強く情緒に訴えかけられることが求められます.そのためにはプレイヤーがどのようなアクションを起こすのか?ということを考えることが必要なのでしょう.
建築は「視線」を生み出す
初期の建築はいわゆるシェルターであり,風雨から身を守るためのものでしかありませんでした.しかし,そこから文化が発達し,宗教などが登場すると,人間はある場所を囲い込んだり,ものを置くことなどでそこに意味や物語を付与させるようになります.
つまり,建築が「視線」を世界に生み出すようになるのです.
東京駅から皇居に至る広場を想像するとわかりやすいかもしれません.建築の配置や形態によって人びとの視線をコントロールし,豊穣な「体験」を生み出す,ということを人類は行ってきたのです.
紀元前2000年頃に建てられていた聖塔であるジッグラトは人工の高い丘に建築を置くことで神の存在や故郷の山を思い出させるような造形がなされています.また,内部は襲撃に備え,方向感覚を狂わせるように部屋配置が複雑にされていたとか.
古代ギリシャの神殿形式であるメガロンは長方形平面の短辺に入り口を設けることで奥行き感を演出しています.
また,アテネのアクロポリスでは建築の動的な見た目・静的な見た目をコントロールするためアプローチが綿密に設計されています.
中世の教会ではクリアストーリーと呼ばれる高窓が設けられるようになり,そこから光が差し,神への視線を感じさせるという手法も登場するようになります.
このように建築の歴史を見てみると,建築によって「視線」を生み出すさまざまな試みがなされていることがわかります.
特にグーテンベルクが印刷機を発明する以前は紙の高価さ,人びとの識字率の低さもあいまって,建築がメディアのような役割を果たしていました.そのために教会などは聖書の物語を伝えるための媒体として存在したのです.
また本書では特にバロック建築のふたつの特徴が重要とされています.
ひとつは装飾的要素を建築に多用したこと.もうひとつはノードとランドマークを繋げるバロック式の都市計画.
ある種のわかりやすさが求められるゲームでは,特に物語を伝える装飾性,軸のある空間が求められるのでしょう.
最近発売された『スパイダーマン(Marvel’s Spider-Man )』では,カルテジアングリッドで構成された,つまり強烈な軸性を持つNYが舞台となっています.
プレイしていてふと目についたのはフィリップ・ジョンソンによるAT&Tビル.装飾とは少し違いますが,これは形態に記号論的引用をすることで物語を伝えるポストモダン建築.ゲームの世界とポストモダン期の建築は相性がよいのかもしれないな,と思いました.
建築が「視線」を生み出すことによってさまざまな文化や物語を伝えてきたことはゲームのレベルデザインにとっても重要な蓄積になるということなのでしょう.
制限によって紡がれてきた歴史
次はゲームの歴史を見ていきます.
本書ではゲームも建築同様に空間を構成する素材の制限に左右されてきたと述べられています.
特にゲームでは「ルール」が空間構成の重要な要素となっています.
紀元前3500〜2500年頃のゲーム,ロイヤルゲーム・オブ・ウルなどはいわゆる「ボードゲーム」です.ボードゲームはいわばルールをボードという物理的要素に置き換えることで構成されるゲームと言えます.
イェスパー・ユールの『ハーフリアル』でも,ゲームに重要な要素として「ルール」と「フィクション」が挙げられます.ゲームはルールがなくては成立せず,楽しさも生まれません.
これをスケールアップさせるとサッカーやバスケのようなスポーツになります.今度は「ルール」が「コート」に変わり,より空間性やパフォーマンス性を持つゲームとなります.
このように初期のゲームから考えていくと,そこには「ルール」が空間的要素としても現れることにより,ゲームを成立させ,面白さを生んでいるのだと分かります.
初期のコンピュータゲームである「Tennis for Two」のようなゲームはまさにテニスの「コート」を簡易な二次元平面に置き換えデジタル化したものでした.デジタルゲームの祖はシンプルな「ルール(=空間)」が画面に収められていたのです.
その後,静止していただけの画面はいわゆる「スーパーマリオブラザーズ」のような横スクロールのゲームとして進化していきます.
現実のゲームを画面の中に移植しただけであったデジタルゲームは独自の特徴である「空間の無限性」を手に入れます.しかし,1画面に収めることのできるサイズは決まっている.その性質を利用して今日までにさまざまな2Dゲームがつくられてきています.
また,3Dのゲームが登場することで画面の中の世界はより現実の世界に近づきながらも独自の特徴を兼ね備えていきます.
ゲームの祖を考えるとそこには「ルール」というものが空間化されることであらゆるゲームがつくられてきた歴史があります.ルール性を含んだ空間はいわば「アフォーダンス」のようなものも想起させます.
ゲームがどのように「ルール」を空間化してきたかを考えることは建築にとっても意味のあることになりそうな予感がします.
目次
今回→●Chapter1 建造物からレベルデザインを学ぶ準備
●Chapter2 レベルデザインのツールとテクニック
●Chapter3 基本的な空間配置とゲーム空間の種類
●Chapter4 ビジュアル要素によるチュートリアル
●Chapter5 生存本能を利用したレベルデザイン
●Chapter6 報酬の空間でプレイヤーを誘い込む
●Chapter7 ゲーム空間におけるストーリーテリング
●Chapter8 インタラクティブ空間とワールドデザイン
●Chapter9 プレイヤーの交流を生み出すレベルデザイン
●Chapter10 サウンドによるレベルデザインの強化
●Chapter11 現実世界を舞台にしたレベルデザイン