長期経営計画のすすめ Ⅳ.長期経営計画の策定 10.人材確保・育成計画をつくる
1. ケーススタディ
明智「本日の会議のアジェンダは人材確保・育成計画です。先日は長期要員計画を策定しましたので、その要員をどのように確保していくのか?を、計画していくことになるのでしょうか?」
前山「はい。前回の『Ⅳ 企業戦略_一次長期計画 9.長期要員計画をつくる』において、長期損益計画の限界利益を基準に2030年までの全社員の要員計画を策定しました。数値計画はできたのですが、『Ⅱ 企業戦略 _ 現状分析 7. 人的資本を分析する』にて議論したように実際に人員を確保することは、これから益々厳しくなっていきます。」
社長「人材の確保という意味は、採用で増やすだけでなく、退職を減らすことも含まれるのかな?」
前山「はい、その通りです。」
専務「以前の現状分析で年々増加している退職者の傾向は把握できています。年収に関しては上げていくことを織り込んだ長期損益計画を作りましたが、それでも年収水準だけでは大企業と勝負はできないですね。」
明智「退職もそうですが、最近休職も増えています。社員数が増加していくと休職者数も増えていくと思うので、気がかりですね。」
前山「退職と休職の共通した対策として働く環境改善が検討できます。9つの切り口をお示ししますので、それを叩き台として年収の増加と並行して長期経営計画に盛り込んでいきましょう!」
社長「人材紹介業が本業とはいえ、自社の採用には苦労しそうだな。」
専務「ここ数年は退職者の欠員採用だけでしたが、純増させていこうとすると、2030年には今期の2倍の採用数が必要になります。」
前山「今回の長期経営計画では新規事業に挑戦します。そうなると求められる人材も異なってきます。新規事業は機会を捉えた取り組みですので、求められる人材の獲得競争は激しくなります。前回の『Ⅳ 企業戦略_一次長期計画 9.長期要員計画をつくる』において計画しましたが、採用および定着促進の部門は社員をしっかり配置して、予算管理をしながら様々な施策に取り組む必要があります。」
明智「長期経営計画における人材育成計画のポイントはどこになりますか?」
前山「管理職人材の育成と新規事業立ち上げの人材の育成です。管理職にはこれまで求められた能力に追加して、ガバナンスやセキュリティ、ハラスメントなど、時代の変化に対応する能力が求められます。新規事業の人材は既存社員の能力を把握し、適性のある人材を育成する必要があります。」
社長「確かにそうだな。採用できなかったから新規事業が失敗した、なんて事態は避けないとね。」
専務「管理職になりたくない人材が増えているので、人材育成と合わせて動機づけを継続していく必要もありそうですね。」
(この後も活発な議論が行われ、専務中心に2030年までの人材確保・育成計画を決定した)
2. 人材確保・育成計画のポイント
長期経営計画とは、わが社が長期的に実現したい未来、およびその時の事業ポートフォリオを明らかにし、それを実現するための計画です。よって事業ポートフォリオの再構築において必要となる人物要件を明らかにし確保する必要があります。その必要な人数を採用で獲得するのか、育成で確保するのかという選択になります。
既存社員が保有する能力と異なる能力が必要になるケースでは、「よし、採用しよう!」という選択になりますが、採用環境は年々厳しくなっており、本当に採用できるかどうか?、採用できても思ったようなパフォーマンスを発揮するか?は不透明です。よって、基本的には、採用と既存社員への育成の両面で取り組んでいくことをお勧めします。
最近は副業人材やフリーランスの人材が増加しています。特に新規事業への取り組みなどでは、短期的に知見が欲しいケースや取り組み期間が短いケース、また週2日程度の業務で可能なケースやリモート業務で可能なケースなどが多くありますので、外部人材を活用することも合わせて計画していきましょう。
人材確保計画のポイントは、退職率設定とその対策です。長期要員計画で必要人員が明確になれば、その数へ採用することになりますが、退職があると業務効率化が難しい場合はその人数分を追加採用しなければいけません。採用に目が行きがちですが、退職が多い状態ではいくら採用しても純増しませんし、退職が多い原因を解決しないと採用もうまくいきません。
従業員数が増えてくると退職率が1ポイント上がるだけでも人数として多くなります。そこで目指す退職率を長期経営計画として年度別に設定し対策を講じていきます。私傷病休職や男性の育児休業の増加などで勤務できない従業員数についても、休業・休職率として試算しておくのも良いかもしれません。
対策としては、『Ⅱ 企業戦略 _ 現状分析 7. 人的資本を分析する』にて紹介しましたが、中堅・中小企業の多くは、賃金水準で大企業を上回るのは困難であるため、賃金以外の要素で自社で働いてもらうための魅力づけを行うことが大切です。対策のための9つの観点を紹介します。
人々のはたらく価値観は多様化してします。9つの中で一つ、二つに集中して対策するよりも、一つ一つが小さな取り組みだとしても、幅広く網羅的かつ継続的に取り組んでいくことをお勧めします。そして、これらの取り組みの蓄積が自社の採用力の向上につながっていきます。
人材育成計画のポイントは、管理職人材と新規事業人材への育成です。長期要員計画において管理職の数は計画してきました。組織の成長には管理職が不可欠ですが、ジョブ型雇用の促進や、業績責任や部下育成責任のストレスから管理職になりたくない人材が増えています。
これまでは、管理職になりたい人材や向いていると思われる人材を候補として育成してきた企業が多いと思いますが、これからは年齢や勤続年数などの基準に、該当する従業員に対して広く継続的に管理職研修を提供し、動機づけを行いながら、発掘・登用していくことをお勧めします。ビジネスマネージャー検定やマネジメント検定などの外部の資格制度などを活用して人材育成の機会を作っていくことで、法律などのビジネス環境変化への対応や社内のリソース不足もカバーできます。
新規事業は長期間、試行錯誤を繰り返すプロジェクトになります。そのようなプロジェクトには、新しいことに取り組むことが好きな人、自発的に考え行動できる人、コミュニケーション力が高い人に適性があります。この人材は幅広く探すというよりも経営陣で検討すれば、すぐに候補者の名前が出てくると思います。候補者の多くは既存事業で活躍中と思いますので経営判断で異動させます。また育成については新規事業立ち上げという前例が少ないテーマであり、失敗するリスクが高いテーマでもあるので、経営陣が教える側になりながら一緒になって取り組み、育成していくことをお勧めします。
今回は以上となります。次回は「Ⅳ 長期計画の策定 11.組織計画をつくる 」について書くつもりです。
【目次(案)】
Ⅰ 方針
1. 目的を決める
2. 期間・更新を決める
3. アウトラインを決める
4. スケジュールを決める
5. 体制を決める
Column 事例を調査する
Ⅱ 企業戦略の現状分析
1. MVVを振り返る
2. 事業構成を分析する
3. コア能力を再認識する
4. メガトレンドを調査する
5. 成長市場を調査する
6. 企業会計を分析する
7. 人的資本を分析する
8. 現状分析のまとめ
Column 長期経営計画は企業戦略でつくる
Ⅲ 事業戦略の現状分析
1. 事業業績を分析する
2. 内部環境を分析する
3. 外部環境を分析する
4. 現状分析のまとめ
Column 経営計画の先行研究
Ⅳ 長期経営計画の策定
1. 長期ビジョンを決める
2. 企業ドメインを決める
3. 事業ポートフォリオを決める
4. 成長戦略を構想する
5. 新規事業戦略を決める
6. M&A戦略を決める
7. 業績計画をつくる
8. 投資計画をつくる
9. 要員計画をつくる
10.採用・人材育成計画をつくる ←今回
11.組織計画をつくる ←次回
12.IT計画をつくる
13.リスク管理計画をつくる
14. ロードマップにまとめる
15.企業戦略を事業戦略に展開する
・事業ドメインを決める
・目指す製品ポートフォリオを決める
・成長戦略を決める
・損益、要員、投資計画を精緻化する
・ロードマップ・KPIを決める
16. 財務三表計画を確定する
17. モニタリング計画を決める
18. コミュニケーションを開始する
19. 長期経営計画のまとめ
Column 事業承継に向けた長期経営計画
終わりに 社員がワクワクする長期経営計画
最後に私の著書を紹介させてください。(Kindle Unlimited の対象です。)