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『十二の真珠 -ふしぎな絵本-』巡り合わせの縁と復刊

出版の世界では「まさかこの作品が?」という本が絶版の状態に置かれていることが多々あります。

アンパンマンの生みの親として知られるやなせたかし先生の短編童話集『十二の真珠 -ふしぎな絵本-』(初版は1970年に山梨シルクセンターから刊行)もそんな本の一つでした。

収録された12話の短編の中には、アンパンマンの原点と言える物語のほか、後に映像化・絵本化された「チリンの鈴」や「バラの花とジョー」など、やなせ先生の作品の中でも特に人気のある物語が含まれており、同書は作家・やなせたかしの足跡を辿る上で欠かすことができない童話集です。それにもかかわらず、同書は長らく入手困難となっていました。著名なやなせ先生の作品ですら絶版となってしまうことに、驚かれる方も多いかもしれませんね。

ですが不思議なことに、良書とされる本には、しばしば良い巡り合わせが訪れます。『十二の真珠』もまた、ある運命的な縁に導かれ、2012年に復刊されることとなったのです。

2012年に復刊した『十二の真珠 -ふしぎな絵本-』
1970年版では青かったカバーの色は黄色に変更された。

<作品紹介>
「一話を400字詰め原稿用紙3枚で書き上げる」という、やなせたかしのその後の作品の基本形を形作った短編童話集で、 “アンパンマン”の原点ともいえる作品が収録されています。各作品はそれぞれ示唆に富んでおり、心にチクリと残る痛みから、友情とは?美しさとは?正しさとは…?と、自然と思いが巡ります。童話の体裁を取りながらも、大人向けの読み物として生まれた本作は、子どもから大人まで全世代が楽しめる作品となっています。


復刊を実現した、“愛”と“勇気”

『十二の真珠』の復刊を望むリクエストが集まり始めたのは2002年頃のことでした。リクエストの数は徐々に増えていき、ある頃からは復刊ドットコムのスタッフもその存在をはっきりと認識するようになっていたといいます。復刊したいと思いながらも、なかなか前に進めずにいた理由の一つは、著者といかに接点を持つかという点に難しさがあったことでした。どんな復刊交渉も、人と人とが繋がるところから始まりますが、相手が大御所であればあるほど、踏み出す“勇気”が必要となります。他にも多くの作品が復刊を待って列をなす中、復刊活動を具体化しづらいのが現実でした。

そんな状況に光明をもたらしたのは、当時復刊ドットコムに入社したばかりの一人の編集者でした。やなせ先生と親交の深かった母親を持ち、自身も幼いころからやなせ先生の作品に囲まれて育ったというその編集者は、一際強く、やなせ作品への“愛”を抱いていたのです。

復刊する作品を検討する企画会議で同書の復刊にGOサインが出ると、いよいよ復刊に向けた交渉が始まりました。復刊リクエストを寄せたユーザーはもちろん、会社としても、編集者個人としても、待ちに待った復刊です。担当となった編集者は、やなせ先生に連絡を取り、自身の生い立ちなど、これまでの経緯を伝えました。

復刊の申し入れを受けたやなせ先生は、当時の心境を復刊版『十二の真珠』に新たに収録されたまえがきに綴っています。

…ぼくは自分が仕事をしていたサンリオ社から「十二の真珠」を出版したが少しも評判にならずにそのまま茫々と歳月がながれた。
ぼくは九十三歳になった。ところが復刊ドットコムという会社の政田美加さんから電話がかかって来た。「うちの会社ではアンケートをとって希望の多かったものから昔の本を復刊しています。その中にやなせさんの『十二の真珠』が入っています。出版を許可して頂けますか?」ぼくは死んでしまった子供が生き返ったようにびっくりした。そしてさらにびっくりしたのは、政田美加さんというのは増山江威子さんのお嬢さんだった。増山さんは「ルパン三世」の峰不二子の声優である。…

『十二の真珠 -ふしぎな絵本-』「アンパンマンの原点になった本」P.2.3より引用

その後「会いましょう」という返事を受け取り、やなせ先生に会いに行くと、復刊はその日のうちに決定したといいます。奇しくもアンパンマンのマーチの歌詞のごとく、編集者が抱いていた、やなせ作品への“愛”と、復刊に向けて踏み出す“勇気”が、『十二の真珠』を再び世に送り出すことになったのです。

やなせたかしの“本質”を届けたい

ところで、多くの人にとって、やなせたかし先生はアンパンマンの生みの親というイメージに終始するかもしれません。ですが、実際のやなせ先生の活動は、漫画や童話の制作以外にも、放送作家やグラフィックデザイナー、エンターテイナーなど、多岐にわたりました。そして、「アンパンマン」という作品に限ってみても、『十二の真珠』での初出時には、自身の戦争体験に基づく平和への願いを込めた大人向けの童話として描かれており、アニメ版の印象とは随分異なることがわかります。やなせたかしという人物の本質は、“子どもが大好きなアンパンマンの原作者”という肩書きだけでは到底語り尽くすことはできないのです。

だからこそ、やなせ先生自身の作家性を直に感じられる『十二の真珠』の復刊には、作品自体を読み継いでいくにとどまらない意義がありました。担当編集者は、同書の復刊について次のように語っています。

「やなせ先生はアンパンマンで注目されることが多いですが、彼の本質は人生について問いかけるようなところにあります。たとえばアンパンマンのマーチの歌詞を見てもそうですよね。他の作品のメッセージ性もものすごく高くて、それぞれに反戦とか、色々な思いが込められています。そんな彼の本質の部分を復活できたことは、とても嬉しいですね。「アンパンマンのやなせたかし」じゃなくて、「やなせたかしのアンパンマン」だよってことを感じてもらえるといいなと思います。」

担当編集者の熱意はその後も尽きることなく、『十二の真珠』の復刊以降も、『だれも知らないアンパンマン -やなせたかし初期作品集』、『アリスのさくらんぼ』、『ルルン=ナンダーのほし』など、やなせ先生らしさが詰まった作品を中心に復刊を実現しています。

今や文化史に名を刻むやなせ先生の作品たちがひっそりと眠り続けていたことも、昔からの縁を持つ編集者の訪れを待っていたかのように復刊したことも、なんとも不思議な巡り合わせだとは思いませんか。


■取材・文
Akari Miyama

元復刊ドットコム社員で、現在はフリーランスとして、社会の〈奥行き〉を〈奥ゆかしく〉伝えることをミッションとし、執筆・企画の両面から活動しています。いつか自分の言葉を本に乗せ、誰かの一生に寄り添う本を次の世代に送り出すことが夢。
https://okuyuki.info/