【ショートショート】強風
風が強い。
一昨日よりも昨日、昨日よりも今日のほうが強い。
オレはかなりガタイのいいほうだと思うが、それでもトラックを出ると、体が一瞬ふわっと浮く。
宅配便の配送人をやっているので、重い荷物を持てば安定するが、素のままでは吹き飛ばされそうになる。
オレでさえそうなのだから、子どもなんか簡単に飛んでしまう。小さな女性も危ない。
飛ぶように売れているのはウェイトのたぐいである。体重を増やして風に負けないようにしようというのだ。どこのショップでも売り切れ続出だと聞いている。オレも毎日、アンクルウェイトやリストウェイトを配送している。
ラジオは、当然、暴風特別警報の話ばかりだ。この警報が日本全国で出るのははじめてだそうである。
暖冬、長雨に続く異常気象だ。なんでも気象温暖化の一言で片付けられたのではたまったものではない。
ぐったり疲れて家に帰ると、妻が卵の入ったインスタントラーメンを持って来た。
「あなた、ごめんね。風が強くて買い物に行けないの。もうこんな買い置きしかなくて」
「そりゃ困ったな。このあたりに遅くまで営業している店はあるか?」
「あるわよ」
「じゃ、ちょっと買い物に行ってくる」
オレはそそくさと飯を終えると、会社から支給されたウェイトベストを着た。重さが二十キロもある。オレの体重は八十キロだから合わせて、百キロ。これならまあ、飛ばされることはないだろう。
「気をつけてね」
「大丈夫だ」
玄関を開けて、外に出る。
強風で頬が痛い。
日がとっぷりと暮れているので空の様子はよくわからないが、雲ひとつない天気だろう。強烈な風に流れてしまうためだ。
風には強弱がある。
ときどき、ふわっと体を持って行かれそうになる。
「昼よりひどいな」
オレは独り言をつぶやき、深夜営業のスーパーに向かった。ビル風が怖いので、駅前は避ける。
看板が飛んできた。
瓦も飛んできた。
猫も飛んできた。
「こりゃ命がけだ」
明日は会社を休もうと思った。仕事より自分の命のほうが大事だ。
スーパーは品薄だった。物流がズタズタになっているのだろう。こんなに風がきついんじゃ、客も来やしない。
冷凍食品を中心に肉、野菜、魚、米、あるだけのものを買い込んで、家路についた。
荷物が重すぎるせいか、歩きは帰りのほうが安定していた。
「ただいま。これだけあればしばらくもつだろう」
「ありがとう」
オレはウェイトベストを脱いで、がちゃっと床に置いた。疲労困憊で、もう一歩も動けない。
翌日。
「あなた大変大変」
「どうした」
「屋根が飛んでる」
マンションの五階から、あたりを眺めた。たしかに、戸建て住宅の屋根が次々と飛んでいる。そのうち家も飛ぶだろう。
「避難したほうがいいかしら」
「避難所に着く前に飛ばされちゃうよ。しばらくここに籠もっていよう」
やがて停電になり、携帯の電波も途切れた。ガスと水道だけが生きている。
暴風は一週間吹き続け、嘘のように止んだ。
すでに街は半壊していた。シン・ゴジラのような光景だ。
「怪獣よりひどいな」
オレは久しぶりに出勤し、吹き飛ばされてどこかへ飛んでいったトラックを探すことから仕事を始めた。
(了)
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