【ショートショート】プールバー
私ははじめてプールバーに連れてきてもらった。
プールバーと聞いて、バッグの中に水着を忍ばせてきたのは内緒だ。
「どうして、ビリヤード台のある店のことをプールバーって呼ぶの」
「昔は、ポケットにボールが溜まっていく、つまりプールされる方式だったから、プールバーっていうらしいよ」
と彼が言った。
マスターがうなずいている。
「ふーん」
わかるわけないじゃん! と思った私は気のない返事をした。
「やってみる?」
と彼氏。
「やったことないの」
「誰でもそれなりに楽しめるのがビリヤードのいいところだよ」
ナインボールというゲームを教えてもらった。
彼はけっこう上手でどんどんカラーボールをテーブルの隅のポケットに落としていく。でも、最後でしくじった。
「わあ、チャンス」
私は九番の玉めがけて、自分の玉を突いた。九番の玉はすーっとポケットに吸い込まれていった。
「これ、私の勝ち?」
「そうだよ」
「わあ、気持ちいい!」
「ビギナーズラックだね」
と彼は悔しそうに言った。
それから何回かプレイしたが、そのあとは実力通り、彼が順当に勝った。まあ、そういうものよね。
でも、勝ちをすこしゆずってくれない男って彼氏としてはどうかな。
私は結局、彼とは別れた。
九番目がよければいいんだわ、と思い、私は付き合った男の数を数えてみた。彼で三番目。
うん。
まだまだ大丈夫。
それから数々の男遍歴があって、最後、つまり九番目に付き合った男がまたビリヤード好きだった。
食事のあとで、
「プールバーに行こうか」
と誘われる。
「いいわよ」
「ビリヤード、したことある?」
「ええ、ナインボールなら」
私も多少は成長している。
男はきっと上手にちがいなかったが、そんな素振りも見せず、私と五分五分の勝負をしてくれた。
きっと運命の人だと思い、私は後日、プロポーズを受け入れることにした。プロポーズの場所もプールバーだった。
が、そのあとがいけない。
彼は本性をあらわして、私がいくら勝負を挑んでも二度と勝たせてはもらえなかったのだ。
これが釣った魚に餌をやらないってやつか。
(了)
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