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変な話『奇跡の生命』
何十億年か昔。
生命は「母なる海」に落とされたひとつの小さなタンパク質から始まった。
小さなタンパク質は海の中を漂い、途方も無く長い時間をかけて細胞分裂を繰り返した。そして小さかったタンパク質の点は、およそオタマジャクシのような形になり、それからも途方も無い時間をかけて細胞分裂を繰り返した。次第に小さなオタマジャクシは、小さな魚になった。小さな魚は、小さなタンパク質を食べて細胞分裂を繰り返し、大きくなった。
すると魚から手と足の様なものがニョキニョキと生え出し、海から陸へと上がると恐竜へと進化を遂げ、再び途方も無い時間を繰り返し、ゴツゴツとしていた皮膚には毛が生え出し、いつしか二足で歩き出す様になったのだった。
それからも途方も無い生命の営みは、絶えず繰り返された。それは奇跡と思われるほどの出来事が無数に繰り返された結果であり、過程であった。
何十億年か昔。
小さなタンパク質から始まった奇跡は、何十億年という途方もない時間をかけて現在へと紡がれたのだった。
そして今から四十五年前。
無数の奇跡の末に、二人の男女が出会った。そして何十億人もの中から、たった一人のお互いを愛し合った。
「母なる海」に落とされたひとつのタンパク質は、これまでの途方も無い何十億年かを、十月十日で駆け抜ける訳である。
四十五年前にあげた産声は、多くの愛、多くの憎しみ、多くの幸福、多くの苦難。途方も無い奇跡のうねりに乗りすくすくと成長した。
そして現在、日曜午前十一時過ぎである。晴れ晴れとした三月の日差しは、窓から見える寒々とした木々とは裏腹に、ポカポカと陽気な気分にさせてくれる。
少し薄くなった頭を左右にゆらゆらと揺らしながら、足踏みをしてうどんを捏ねている。
「フニクニ、フニクラ」右足、左足と交互に踏み込む。
立派に蓄えられた下っ腹が丁度いい重さなのだとうどん屋の店主が言っていた。
「フニクニ、フニクラ」右足、左足。
おでこに薄っすらと汗が滲み、うどんへの期待が膨らむ。
「フニクニ、フニクラ」
何十億年と紡がれた無数の奇跡は、このご機嫌な中年男性が作るうどんへと集約されて行くのだった。
「フニクニ、フニクラ」右足、左足。