僕には、よく一緒にいるがあまり好きではない友人がいた。 友人は、事あるごと僕に嫌味を言ってくるのだ。 突然の雨に降られて、ずぶ濡れになった僕を見て 「天気予報を見れば良かったじゃないか」と家を出てしまった以上、取り返しようのない指摘をしてくる。 僕が財布を落とした時には 「いつか落とすと思ってたよ、君はズボラだからね」と言ってきた。 何が嫌かって、一番はいつもそう言う時、鼻で笑っているのだ。 僕がダメな人間に見えて、惨めになる。 そのあまり好きではない友人と歩い
当たり前のことだが、毎年、毎月、毎日、毎時間、毎分、毎秒…年をとっている。 ある地点まで、過ぎた時間は成長へと繋がっていた。しかし、ある地点を過ぎたところから、私の時間は、老いへと変化していた。 これは、明らかであった。 夏の雲が去り、秋雨があがった夕方の冷え込みに、ふと「もう冬か」と、一年の経過の早さに気が付いた。 それから数年間は、何かに託けては、一年の早さを実感した。 除夜の鐘を聞いては「もう一年か」 春一番が吹いては「もう一年か」 蝉が鳴き出し
どこかの大陸で、それほど大きくは無い蝶々が羽ばたいた。そのほんの小さな羽ばたきは、目の前の葉っぱをひらひらと微かに揺らした。葉っぱの陰に隠れていた青虫が、ちょうど上を通りかかった渡り鳥に見つかった。 渡り鳥は、大海原を越える前の最後の食事に青虫を選んだ。ところが、青虫をついばみに地面へ近づいたところへ、山猫が飛び付いた。 その瞬間を、木の陰に隠れていた男がビデオカメラで押さえた。 男は、この動画が話題になると確信した。 滞在していた古びたモーテルへ戻り、動画
東京の街は、本当に汚かった。田舎から出てきた私にとって、特に夜の東京は汚らしく映っていた。 ギラギラと光る看板に、汚い言葉の人々。路地裏を覗けば、丸々太ったドブ鼠が駆け抜け、捨てられた缶ビールの飲み口にはゴキブリが集まっている。 本当に東京は汚い。何もかも・・・。私は、田舎に帰りたかった。 会社の飲み会の帰り道、繁華街を通って帰っていた。ネチネチと嫌味な先輩やハゲあがった脂でギトギトの上司の“ありがたい”説教を思い返し、ふつふつと怒りが湧き上がっていた私は、そこまで
僕の父は、世界最強のヒーローだった。 これは例えでは無く、文字通り最強のヒーローだった。空も飛べたし、銃弾よりも速く動き、鋼より硬く、一人で八台のスクールバスを持ち上げ、核の爆発にも耐え抜くほどのスーパーパワーを持っていた。 息子であるこの僕にも、同等の…いや、それ以上のスーパーパワーがある。はっきし言って父の上位互換である。 父と大きく違うところは、父は人気者であった。蔓延る悪から善良な人々を救い、称賛されていたのだ。時代は今よりも混沌としていた。そこに現れた
栗山トオルは、ここ数日間足の裏に刺さった、畳のささくれに悩まされていた。 右足を踏み込むと、チクリとトオルの足の裏にちょっかいをかけて来る。その度に確認するが、靴下には見つからず、わざわざ靴下を脱いで確認をしても、チクリの正体は姿を現さなかった。 チクリは、気を抜いた頃にやってくる。 それまでどれだけ気分が良くても、チクリとくる度に、怒りには出来ない小さな苛立ちがトオルの腹の下にうっすらと溜まるのだ。 しかもこのチクリは、「今か」という時にやってくる。ドタバ
「あれ、今日って何曜日?」 「今日は火曜日です。」 「え?月曜日は?!」 「月曜日は昨日ですよ。」 「え?僕にも月曜日あった?」 「何言ってるんですか、ゴルフしてたじゃないですか。」 「え、あれ月曜日か。日曜日だと思ってた。」 「どっちでも良いですけど昨日は月曜日です。」
三月十四日、月曜日。 大学生の永田は、目覚めた。時計は、十二時を回っていた。午前中の講義を寝過ごしていた。 既婚者の永田は、仕事の昼休憩を使って、職場の目の前にあるケーキ屋で妻へのバレンタインのお返しを買う為に列に並んでいた。 年老いた永田は、病室のベッドからイケ好かないナースに文句を付けようと、ナースコールを連打していた。 何も言えない永田は、満員電車に揺られながら、知らないおじさんに足を踏まれていた。 ズボラな永田は、一年間ため込んでしまった明細書や領
世界中を巻き込んだ第三次世界大戦は、地球の人口の約半数が犠牲となる悲劇となった。 人々は愛する人を亡くし、住む家も街も…国さえも失った。 悲劇のどん底を身を以て知った人類は、今までの生き方や考え方、社会構造を悔い改め、全ての争いごとから手を引き、争いの後に待つ悲劇を回避する術を学んだ。 争い事の先には、勝ち負けなど無い。人類には、強者も弱者もいない。困る人あれば、手を差し伸べ、施しを受ければ多くは望まない。思いやりこそが、争いを生まない最良の方法だと気が付いたのだ。
何十億年か昔。 生命は「母なる海」に落とされたひとつの小さなタンパク質から始まった。 小さなタンパク質は海の中を漂い、途方も無く長い時間をかけて細胞分裂を繰り返した。そして小さかったタンパク質の点は、およそオタマジャクシのような形になり、それからも途方も無い時間をかけて細胞分裂を繰り返した。次第に小さなオタマジャクシは、小さな魚になった。小さな魚は、小さなタンパク質を食べて細胞分裂を繰り返し、大きくなった。 すると魚から手と足の様なものがニョキニョキと生え出し、海
幸村隆二は若かった。体格も良く周りからはよく頼られた。真面目で活発で勇気があったが、それを無鉄砲だという者もいた。 隆二はある日、悪友たちに連れられて、町外れの廃ホテルへと行った。そこは何十年も前に廃業し、取り壊される事もなく眠り続けているのだった。その廃ホテルには、噂が絶えなかった。 「夜になると亡霊が彷徨う」 「殺人事件が何件も起きている」 「地獄の門がある」 「悪魔が住み憑いている」 どれも根も葉もない噂であったが、人々はこの不気味な廃ホテルを避けて生活をして
ある時、人間の言葉を理解するニシローランドゴリラが現れた。名はボボと名付けられた。 ボボの母親はコンゴ共和国にある保護施設出身であったが、カンザス州の小さな動物園へと買われたのだった。そこでボボは産まれ、中国人の飼育員リー・ウェイによって育てられたのだった。 初めは、ごく普通のゴリラの赤ちゃんであった。しかし、五歳になった頃から他のゴリラとは、変化が現れたのだった。 人間の会話に顔を向け、反応する様になったのだった。リー・ウェイが簡単な単語を教えると興奮した様に
僕の両親は、優柔不断であった。全く物事を決めることが出来なかった。 若かった母は、何に対しても「えーかーわーいいー」と返した。 父は、うんちく王であった。何に対してもうんちくを付け足して返した。 そんな二人の恋は、街外れの小さな喫茶店から始まった。その喫茶店は、昔ながらの古い喫茶店だった。各テーブルに角砂糖が備え付けられており、初めてその喫茶店へ訪れた母は、角砂糖を見つけ、あまりのキューブの可愛さにはしゃいでいたそうだ。 常連だった父は、そんな母に話しかけた
その日は、冬にしては暖かく、とても気持ちの良い朝であった。 若さと成熟との間で、鬱屈とした時代を過ごしていた近頃の私には、珍しい目覚めであった。 届いてから、手付かずのまま木テーブルに放置されていた、旧友のハレの招待状にも、返す気になれた。 やっと今日、旧友の結婚を心から祝えたのだ。 往復葉書の隅に小さく「おめでとう」と書き足した。それは心から湧き出た言葉であった。それ以上でもそれ以下でも無い、私のささやかな気持ちである。 時計を見ると時間は正午を回っていた
私は、預言者から「君は、明日の朝、パンでは無くご飯を食べるだろう」と予言された。 ところがすっかり忘れていた私は、トースターに食パンを入れ、タイマーを回した。そこでふと思い出した。 「あ、今日はご飯を食べるようにって予言されたんだった」 私は悩んだ。このまま食パンが焼けるのを待ち、トーストを朝食として食べようか。それとも、預言者の予言の通りご飯を食べようか。 その間も焼き続けるトースターを私は見つめていた。ジジジジ・・・。 「君は、明日の朝、パンでは無くご飯を
思えば、私の人生は「ドラマチック」によって支配されてきてしまった。 平坦な舗装された道と、崖が剥き出しになった道の二叉路に立たされた時、より険しい崖っぷちに突っ込んでいった。 学生時代の恋は、明らかに私と不釣り合いな高嶺の花を追いかけ、初雪が降った日に告白をした。 大恋愛の末、初めて出来た彼女には、大雨が降った日に別れ話を持ちかけ、別れの理由を「アメリカへ行く」とだけ告げた。 本当のところは、アメリカへ行く理由など全くなかったのだが、私は実際に2年程渡米をした