大学院生が会社員としてお給料をもらえる!?富士通の「卓越社会人博士制度」ってなに?
こんにちは!富士通広報note編集部です。
今、人口100万人当たりの博士号取得者数が、主要国の中で日本のみ減少傾向にあるという「博士離れ」が問題になっています(注1)。理由としては経済的な理由を挙げる声が多く、相応の給与を貰いながら学位を取得できる欧米の大学院に比べて、日本の大学院生は近年支援制度が充実しつつあるとはいえ無給が基本であり、特に民間企業の採用意欲が旺盛な分野では、「博士離れ」が進む原因になっています。このことは日本の大学から才能や活力にあふれる若手大学院生が減少する原因となり、研究力が削がれて科学技術分野における日本の地位がさらに低下することが危惧されます。
そこで富士通では、博士課程に在籍している優秀な大学院生を大学院に籍を残したまま社員として雇用し、富士通の研究員と一緒に共同で研究を行いながら大学院で学位取得を目指すことができる、「卓越社会人博士制度」を2021年に創設しました。この制度では大学の修士課程の学生を中心に希望者を募ります。選ばれた方は、博士課程の進学と同時に富士通社員になることができ、大学に在籍し、博士課程の研究を続けながら、富士通から給料を受け取ることができる制度です。
富士通研究所の所長である岡本 青史は、「博士課程に進む学生の減少は、日本の国際競争力やプレゼンスの低下などの深刻な問題を招くことが懸念されます。『博士離れ』の要因である経済的負担や将来の雇用不安を取り除き、学術界と産業界の研究を両利きで行う魅力的な制度、環境を提供することで、イノベーティブな人材を育成していきたいと考えています」と述べています。
今回はこの「卓越社会人博士制度」を紹介する記事の第1弾として、富士通研究所の研究員として勤務しながら東京大学に在籍し、博士号取得を目指している社員のインタビューをお届けします。
インタビュイー:
富士通株式会社 富士通研究所 人工知能研究所 AIイノベーションCPJ
市川 佑馬(いちかわ ゆうま)
まず現在の研究内容を教えてください
私は、ブラックボックスとして扱われている部分が多い深層学習技術、特に生成モデル(注2)の性質を、統計力学を使って理論的に解明する研究を行っています。また、この理論的な理解を基に、新しいアルゴリズムやネットワークの開発にも取り組んでいます。特に、複雑な現象を単純化した状況設定から理解する物理学の立場に立って、深層学習のブラックボックス問題にメスを入れ、より高性能かつ効率的な機械学習モデルや最適化アルゴリズムの開発を目指しています。
難しいですね…、簡単な言葉で言うとどうなりますか?
そうですね…、空気中の分子の動きなどを研究するために古くから発達してきた学問(統計力学)を使って、同じく膨大な数の小さな構成要素からなる生成AIを解析し、新たな技術を生み出す研究をしているという感じでしょうか。統計力学の適用範囲が非常に広く、物理現象のみならず「たくさんの要素が集まった集合」にも及ぶことから、その視点で物事を理解する研究とも言えます。
富士通の卓越社会人博士制度に応募したきっかけは何ですか?
経済的な側面も考慮しつつ、理論的な研究に深く取り組む大学での研究と、最先端の技術を取り入れながら大学の成果などをビジネスに応用する企業の研究の両輪を成すことで視野が広がると考え、応募しました。
富士通の卓越社会人博士制度に採用されたことにより、研究のテーマが広がった例などがあれば教えてください
富士通に入社してからは、数理的な研究のみならず、実用的な問題解決に取り組む現場にも参加する機会を得ました。大学では、常に数理的な研究に専念しており、自分が開発したアルゴリズムが実際の課題解決に貢献できる瞬間を経験することがなかったため、入社して初めて経験できました。この達成感を早い段階で味わうことができたのは、大変素晴らしい経験だったと思います。また、富士通には、様々な分野の研究者が在籍しており、その方々と議論をすることで自分の視野が広がっていることを感じています。何より、様々な研究者と議論することができて楽しい日々を送っています。今後は、人工知能研究所のみならず他の研究所の方々とも連携し、自分の専門知識を活用しつつ革命的な研究に取り組むことを目指しています。さらに、積極的に富士通研究所の研究員向けのセミナーや勉強会を主催し、研究所全体のスキルアップにも貢献したいです。
市川さんの研究内容と富士通の他の技術やサービスを組み合わせて、今後実現したいことはありますか?
人工知能の分野でさらなるイノベーションを起こすためには、より根本的かつ理論的な理解が必要不可欠だと思います。富士通の他のサービスを含め近年の生成AIの発展からさらなるイノベーションを起こすためには、エンジニアリング的な研究も重要ですが、単純化した状況設定から技術の根幹や性質を深く考察して次の一手を打つ研究が必ず重要になってくると思っています。実際に、近年イノベーションを起こしている新たなAIは、深い数理的な洞察をベースに開発されている結果が多いです。私も可能であれば、富士通発の新たな生成AIの開発に携われるように頑張りたいです。
最後に市川さんの将来の夢を教えてください
研究者としては当然のことかもしれませんが、自分の環境や状況に流されることなく、自分の内から湧いてくる疑問に対して常に真摯に向き合う研究者でいることです。この姿勢は、現在所属する大学の師匠の言葉に深く影響されています。少し大きい夢を語るとしたら、日本から世界的に認められる革命的な生成モデルを開発したいと考えております。革命的という言葉が抽象的ですが、「この問題の解決には、市川が開発した生成モデルを使おう」と推奨されるような影響力のある技術を開発したいです。
また、様々な国を訪れ、多様な文化背景を持つ研究者の方々とコミュニケーションを取り、楽しく研究を行うことも夢の一つです。
【上司に聞きました】市川さんの優秀さを物語るエピソードがあれば教えてください
(人工知能研究所 シニアリサーチディレクター 梅田 裕平のコメント)
チームに入ったタイミングから、当時行っていた海外の大学との共同研究に参加してもらいました。連携した先生は深層学習の発展に大きく寄与したトップクラスの若手研究者でしたが、市川さんはすぐに共同研究の内容をキャッチアップし研究をリードするようになりました。先生からも市川さんの貢献を絶賛されました。その後もチームの議論の中心となり、人工知能研究所の注力技術である「Composite AI」(注3)のキー技術を開発し、すでにAI研の技術開発の中心メンバーとなっています。
<注釈>
注1 「博士人材活躍プラン~博士をとろう~」より引用。
注2 生成モデル:AIが学習したデータを元に新たなデータを生成するモデルのこと
注3 Composite AI:需要に応じて生産スケジューリングを最適化するなど、より複雑な課題解決を実現するAIイノベーションコンポーネントを自動生成するフレームワーク
・AIイノベーションコンポーネントを自動生成するAI技術を開発(プレスリリース)
関連リンク
日本初、富士通の「卓越社会人博士制度」とは ~アカデミックな研究と社会課題解決を両軸で支える(フジトラニュース)