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世の中にあるメジャーな教育方法のまとめ

こんにちは、価値ビンです⭐️

Vol.3ではSTEAM教育について書きましたが、世の中には他にも様々な教育方法があります。今回はそれらのいくつかを紹介しましょう。

今回は下記の本をベースにその他ネットの情報も合わせながら紹介しています。

<参考図書>
世界7大教育法に学ぶ 才能あふれる子の育て方 最高の教科書
著者 おおたとしまさ
図版作成 朝日メディア


(ざっくり概要)
上記の8タイプの教育を年代順に、特徴をまとめました。

これを見ると、ここ最近で注目を浴びている教育法のほとんどが、『個人』をどう育て伸ばすかが、ポイントと言えそうです。
現代の日本の集団教育は、高度経済成長を支え、上手く機能したシステムでしたが、今や時代が変わり、新しい商品・サービスを生み出していかなくてはならない世の中になりました。
そのためには、知識を貯めること以上に、個人の発想を尊重し、育み、それをアウトプットし、社会と共同しながら高めていくことが必要だと言われているように感じます。それでは、それぞれの教育を見ていきましょう。

1. モンテッソーリ教育

モンテッソーリは数ある教育の中でも有名で聞いたことあるのではないでしょうか。
例えば、プロ棋士の藤井聡太はモンテッソーリ教育を受けていたと言われています。
他にも、元アメリカ大統領のオバマやクリントン、イギリスのウィリアム王子、ヘンリー王子、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ、グーグル創業者のラリー・米時、セルディ・ブリン、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス。
そうそうたる人物がこの教育を受けていたそうです。

モンテッソーリはマリア・モンテッソーリというイタリアの女性医師の名前からきており、精神に障害を持つ子供を見て子どもの発達の方法を見つけました。そして、1907年にローマの貧民街で「子どもの家」を開設したのが始まりです。

モンテッソーリ教育の目的は
「自立していて、有能で、責任感と他人への思いやりがあり、障害学び続ける姿勢を持った人間を育てること」
としています。

モンテッソーリは知的障碍者の施設で、子どもたちが食事の後に床に落ちているパンくずをあさっているのを見て、普通の人ははしたない行動とみていましたが、彼女は「知的好奇心のために集めているのでは?」と考えました。
おもちゃも何もない中でパンくずがおもちゃだと考えたのです。そして、その子におもちゃを与えると夢中で遊んだそうです。

つまり、モンテッソーリは子どもを観察することで
「子どもにはみずからを自分の力で育てていく力が備わっている」
と考えました。

モンテッソーリ教育では、
0~6歳を幼児期 : 体も心も成長する時期。五感を通しての体験が大事
6~12歳を児童期 : 友達との行動で、道徳やモラルが生まれる
12~18歳を思春期 : 心と体が生まれ変わる時期。友達との関りが大事
18~24歳を青年期 : 自分の好きな分野で社会に貢献

として区分しています。
※文章は参考図書を参考に短くまとめています。

もう少し具体的な教育内容について、モンテッソーリ教育を行っている学校を例に触れてみます。
モンテッソーリ教育では、教師や大人の価値観で一方的に教えるものではなく、発達段階に合わせて子どものがやってみたいと思う環境を適切に用意して、大人がまずはお手本を見せてあげます。これをモンテッソーリでは「提示」と言います。これにより、子どもの自発的行動を促します。

下の図は、モンテッソーリの教育を象徴する図です。

主に3歳から6歳までですが、子どもの自己教育力を発揮させる環境として5つの教育分野があります。

  1. 日常生活の練習

  2. 感覚教育

  3. 言語教育

  4. 算数教育

  5. 文化教育

日常生活は野菜を切ったり、洗濯したり、掃除をかけたりと日常生活にかかわるもので、これらが子どもサイズで用意されています。

感覚教育は、五感によっていろいろな違いを感じるとる教育です。おもちゃとして「対にする」「段階づける」「分類する」と言うものがあるようです。

この日常生活や感覚教育を土台として、言語、算数、文化教育があります。これらの教育もカードや政界地図や時計などいろいろなおもちゃを使って、みんなが自由に選んで遊べるようになっています。

そして、モンテッソーリではこれらを「おしごと」として、毎日自分で選んでやっていきます。

今日やったことを発表する場があり、各自が手を挙げて発表します。発表した子が恥ずかしそうに聞こえない声で話していたとしても、発言しできたことを褒めているようです。

教師(大人)は、叱らず、他の子と区別せず、子どものやりたい気持ちをサポートするのが役目です。子どもの成長を信じること、そんな教育法です。
 
子どものやりたいという気持ちに気づきお手本を見せて、あとは子どもを信じて待つ、そんなことが大事なのだと気づかされますね。
 
<参考>
モンテッソーリ教育とは
https://sainou.or.jp/montessori/about-montessori/

2. シュタイナー教育

シュタイナー教育を一言で表すと自由教育です。子どもはユニークな個性を持っていて、その個性を尊重し、個人の能力を引き出すというものです。

シュタイナー教育はオーストラリアやドイツで活動した思想家・哲学者であるルドルフ・シュタイナーによって作られました。

彼は23歳の時、水頭症を患う11歳の少年の家庭教師をしていました。頭痛を発して学習活動ができない中、シュタイナーは編み物などの手仕事に取り込ませました。このような活動で1年半で学習の遅れを取り戻し、少年は進学校に行くことができ、医者になることができたそうです。 

そんなシュタイナーは第一次世界大戦で敗戦したドイツに「自由ヴァルドルフ学校」を開講しました。日本ではシュタイナー教育といいますが、海外ではヴァルドルフ教育というのが一般的です。

シュタイナー教育では

  • からだ(意思)

  • こころ(感情)

  • あたま(思考)

とわけており、

  • 0~7歳はからだを育て

  • 7~14歳はこころを育て

  • 14~21歳はあたまを育て

  • 21歳から自立する

と考えます。 
さらに人間が生まれながらに持っている気質は4つあるとしています。

  • 胆汁質
    好き嫌いがはっきりしていてエネルギッシュ

  • 憂鬱質
    独創的だが神経質で傷つきやすい

  • 粘液質
    ゆっくりとしていて、冷静で穏やか

  • 多血質
    あちこちに興味があり気分屋

それぞれの気質を理解してアプローチしていくそうです。
※参考図書から一部抜粋。それぞれ、さらに多くの意味があります。

世界には1,251の学校、1915の幼稚園があり、ドイツが一番多く次いでアメリカです。日本では7つの学校と、71の幼稚園があるそうです。(2021年5月時点)

シュタイナー教育ではオイリュトミーとフォルメンというものがあります。

  • オイリュトミー
    音楽に合わせて体を動かし、図形や感情を表現する科目。

  • フォルメン
    直線・曲線・非化学模様を書くことで
    集中力や数学や美術の基礎を学ぶもの。

またエポック授業というものがあり、毎日1限目の100分間、同一科目を三週間程度集中的に学習します。教科書は使わずに授業内容を生徒が書き入れ自分の教科書を作ります

モンテッソーリとの違いとしては、モンテッソーリが自ら学ぶ力を育てるのに対して、シュタイナーは自由な生き方を尊重し人間を育てるということを
意識しているように感じます。

<参考>
Education Career シュタイナー教育とは、1人1人の個性を尊重し能力を最大限に引き出す教育
https://education-career.jp/magazine/data-report/2019/about-waldorf-edu/
世界のシュタイナー学校
https://waldorf.jp/100th/world/
コエテコ シュタイナー教育とは?8年間同じ担任!自然素材で子どもを育む
https://coeteco.jp/articles/10739
日本シュタイナー学校協会
https://waldorf.jp/
日本シュタイナー幼児教育協会
https://jaswece.org/
学校法人シュタイナー学園
https://www.steiner.ed.jp/
シュタイナーの「四つの気質」
https://www.yamareco.com/modules/diary/127062-detail-126624
Wikipedia シュタイナー教育
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC%E6%95%99%E8%82%B2

3. イエナプラン教育

オランダは教育が進んでいると言われますが、イエナプランはオランダで発展した教育法です。

発祥はドイツのイエナ大学の教育学教授であったペーター・ペーターゼン(1885~1952)が大学付属の実験校で、独自の教育法の実践を始めます。

その際ペーターゼンの秘書が「イエナプラン」という名称を使ったのですが、しかし、第二次世界大戦後イエナ大学は東ドイツ領となり、共産主義政権により大学実験校は閉鎖、ペーターゼンも1952年に亡くなってしまいました。

その後、教育活動を行っていたオランダ人のスース・フロイデンタール・ルターが、ペーターゼンの著書『小さなイエナプラン』を読み、オランダで広がっていきます

もともとオランダでは1917年に教育の自由というものが存在し、学校と先生に自由裁量権があり、1962年にはオランダで初のイエナプラン校が生まれることになります。

現在では6000校ある学校のうち200校ほどがイエナプランを採用しておりますが、それぞれの学校がユニークでイエナプランが特別というわけでもないそうです。

先ほども言ったように、教育に自由があり、オランダでは教育を選択できる権利が保証されているため、学校も親と子どもが自由に選択できるようなっています。
公立学校の場合は学校は希望の学生はすべて受け入れなければならず、私立は先着順になります。

さて、そんなイエナプランを語る上で、以下の20の原則は外せません。

少し長いので、詳細は下記のリンクを見ていただくこととして、ポイントを紹介します。主に3つの視点で語られています。

  • 人間性について
    どんな人でも世界に一人しかおらず、価値があり、自分らしく成長していく権利がある。そのためには他の人や自然や文化に触れ、それを周りも受け入れていかなければならない。 

  • 社会について
    個人の価値を尊重し社会を作っていかなければならない。また、個人の特徴や成長、変化を受け入れる社会を作らなければならず、未来に生きる人たちのために責任をもって社会を作っていかなければならない。 

  • 学校について
    学校は独立していて、そして共同して作るものであり、社会からの影響を受けると同時に社会に対しても影響を与える存在。教育活動は、対話・遊び・仕事(学習)・催しの4つで交互にリズミカルに行われる。学びは学び合い助け合うことができるよう年齢や発達の違う子を組み合わせたて行う。学びは子どもが自分でやれる学習と、グループリーダー(担任)が指導したりするものが交互に行われる。探求を行うワールドオリエンテーションという活動が中心的な位置を占める。成績評価は子ども自身と話し合う形で行われる。学びの場も、変えて良いものにしていく活動を続けていく。

※日本イエナプラン教育協会 20の原則
https://japanjenaplan.org/jenaplan/rule/#s01

この20の法則が学校理念そのものです。
 特徴的なのは異学年が一緒に学んでいき、自然と学び合いの精神が生まれます。

学習も対話・遊び・仕事(学習)・催しをリズミカルに実践し、さらにはワールドオリエンテーションという探究活動が中心にあり、それを中心として学習があるという考えです。

日本でいうと「総合の時間」というものがそれに近いと思いますが、日本のように週に1時間とかではなく、ワールドオリエンテーションが学校活動の中心であることが特徴です。

時間割の中にはブロックアワーという子どもたち自身が決めたスケジュールがあり、それを実践していきます。

また、子どもたちが身につけるべき具体的な能力を「7つのエッセンス」として表現しています。

  • 物事に進んで取り組む

  • 計画する

  • 協働する

  • 生み出す

  • プレゼンテーションする

  • リフレクション(振り返り)をする

  • 責任を持つ 

これからのAIの時代に自らの考えを発表し、それに対して振り返り責任を持つ。各個人が自立を目指した教育を行っています。

面白いのは、担任の先生を「先生」ではなく「グループリーダー」と呼び、生徒同士の学び合いの精神があること、探究活動を行い、発表していく環境があること。アクティブラーニングを学校の組織として、体系的に作り上げています。

オランダの場合は学校の自由化を国として目指したのが重要なポイントだと思います。

<参考>
日本イエナプラン教育協会
https://japanjenaplan.org/

4. レッジョ・エミリア教育

レッジョ・エミリアとはイタリアの地名のことです。ロマーニャ州にある都市で、より正確にはレッジョ・ネッレミリアと表記されます。

レッジョ・エミリアは第二次世界大戦においても、イタリアのファシズムとナチスドイツに対して、最後まで抵抗し続けた場所だったようです。

戦争が終わったあと、町の人々は自分たちの幼児学校を作ろうとしていました。

そこに、元小学校教師の教育家ローリス・マラグッツィ(1920~1994)が
現れ街の人々に協力し「レッジョ・エミリア教育」もしくは「レッジョ・アプローチ」という教育が生まれます。

レッジョ・エミリア教育の有名な100の言葉をここで紹介しましょう。

~~~~100の言葉~~~~~
『冗談じゃない。百のものはここにある。』
子どもは
百のもので作られている。
子どもは
百の言葉を
百の手を
百の考えを
遊んだり話したりする
百の考え方を
愛することの驚きを
いつも百通りに聴き分ける百のものを
歌ったり理解する
百の楽しみを
発見する
百の世界を
夢見る
百の世界を持っている。
子どもは
百の言葉を持っている。
(その百倍もその百倍もそのまた百倍も)
けれども、その九十九は奪われている。
学校の文化は
頭と身体を分けている。
そして、子どもにこう教える。
手を使わないで考えなさい。
頭を使わないで行動しなさい。
話さないで聴きなさい。
楽しまないで理解しなさい。
愛したり驚いたりするのは
イースターとクリスマスのときだけにしなさい。
学校の文化は子どもに教える。
すでにあるものとして世界を発見しなさい。
そうして百の世界のうち
九十九を奪っている。
学校の文化は子どもに教える。
仕事と遊び
現実とファンタジー
科学と想像
空と大地
理性と夢は
ともにあることが
できないんだよと。
こうして学校の文化は
百のものはないと子どもに教える。
子どもは言う。
冗談じゃない。百のものはここにある。
---ローリス・マラグッツィ---(佐藤学 訳)
~~~~~~~~~~~~~~~~~

この言葉を現代ではいろいろな解釈をされています。
当時は戦争で子どもの教育機会を奪っており、そんな中生まれた言葉なのでしょう。
もっと自由なはずの子どもの成長を、標準というレールに乗せようとしがちな日本スタイルへの警告のようにも感じる部分があります。

次にレッジョ・エミリア教育のポイントである『プロジェクト』と『ドキュメンテーション』について、説明しましょう。

『プロジェクト』は「1つのテーマを掘り下げる探究活動」というものです。
自分の興味を持ったものを1年もしくは数年かけてとことん調べて掘り下げていきます。これを幼児教育としてやるのだから面白いですね。

そしてその経過を表現する『ドキュメンテーション』というものがあります。子どもたちが調べたものをカメラやレコーダなどいろいろなものを使って記録に残します。

そして、この『ドキュメンテーション』を親に伝える機会があります。
親自身も子供の表現に対して「見る目・聞く耳」をもち、子どもと会話することで成長していくようです。

レッジョ・エミリアでは探求が主な活動のため、 子どもたちがやることは自由で主体的です。保育者はそのサポートに徹底するというイメージです。

さらには、「ペタゴジスタ」教育学を専攻した教育の専門家と、「アトリエリスタ」芸術学部を先行した芸術の専門家を置き、サポートを強化しています。

そして、親もプログラムの重要な要素とみられ、学校での活動だけでなく、保育及び心理的問題の討議、特別行事など様々な形で参加されることを期待されます。

モンテッソーリも同じくイタリア発祥です。
モンテッソーリは環境を提供するのに対して、レッジョ・エミリアはさらに子どもの興味を追求し、親も含めて学び合うという姿勢があるように感じました。

<参考>
こどもまなび☆ラボ レッジョ・エミリア教育は何がすごいの? Googleにも採用された理由とは
https://kodomo-manabi-labo.net/reggio-emilia
FutureEdu TOKYO 世界最高峰の幼児教育の一つと言われる、レッジョ・アプローチとは?
http://www.futureedu.tokyo/education-news-blog/reggio-emilia-approach-seminar
レッジョ・エミリア幼児教育の紹介
https://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/affiliate/misawa/download/MISAWA_study4.pdf
はまようちえん
http://www.hama.ed.jp/top11/09/100nokotoba.html

5. ドルトンプラン教育

ドルトンプランとは1910年代にアメリカのヘレン・パーカーストという女性の教師によって、生み出された教育法です。

パーカーストが初めて赴任したのは田舎の学校で、8学年で40人しかいないところでした。

1学年を教えている間に、別の学年には自分でできることをやってもらうやり方をしていました。今のドルトンプランの考え方に近しく、当時の状況がパーカーストを育てたのかもしれません。その後、彼女は高校の先生などのキャリアを積んでいきます。

そして、1908年に「教育的実験室」という概念を思いつき、その後「ラボラトリープラン(実験室案)」と名づけ、学校生活の改革を目指します。 

時間割を廃止し、生徒が自ら「実験室」で学ぶというやり方をしました。生徒の成長は個人差があることから、個別に進級できるようにもしました。

その後、イタリアに行き、モンテッソーリ教育を学びいよいよ1919年にニューヨークで「チルドレンズ・ユニバーシティ・スクール」を設立します。
子どもたちが実験室を自ら選んで学んでいく大学のようなスタイルからこの名になったのでしょう。
そして、1920年にマサチューセッツ州ドルトンで中等学校でも同じ方式の学校をつくり、その土地名からドルトンプランと呼ばれるようになったようです。

日本でも1922年に成城小学校で「成城ダルトン・プラン」として導入されましたが、新しい教育を求めていた日本では、このプランは教え方が違うだけで、教師の手抜きであり、学力低下を招くとの批判から消えてしまいました。

その後1970年に河合塾がこのプランを採用し「英才教育研究室」を設立し、日本で再び使われるようになりました。

次に、ドルトンプラン教育の具体的な教育方法について説明しましょう。
ドルトンプラン教育では、子どもの「ゴール」を最初に示し、設定します。それを実現するために2つの原理と、3つの柱があります。

2つの原理「自由」と「協同」です。
日本のドルトンスクールの記載を抜粋すると、

「自由」
 ・自ら考え行動する力を養う
 ・興味・関心を高め探求心を養う
 ・物事に取り組む集中力・持続力を養う
「協同」
 ・望ましい社会的態度を育てる
 ・思いやりの心を育てる
 ・集団性・協調性を養う
とあります。

まさに個人と社会で必要な力を養うということですね。そして、これらを目指すために3つの柱があります。「ハウス」「アサイメント」「ラボラトリー」です。
 

「ハウス」
日本の一般的なホームルームにあたるもので、担任はハウスアドバイザーと呼ばれます。ハウスは学校の活動の中心になります。

「アサイメント」
生徒と先生との間で交わされる契約(約束)です。年齢に応じた課題が与えられ、子どもたちは期限までに約束を守る責任を担います。子どもたちは自らの学習意欲によって勉強し進めていく必要があるため、自主性と計画性が育ちます。 

「ラボラトリー」
研究室(実験室)のことです。専門教科について学ぶ場所であり、専門の先生がいます。生徒は自ら立てた計画に基づき、ラボラトリーに行って学びます。ラボラトリーでは先生からアドバイスを得たり、生徒同士のグループでの学習、個人の学習が行われます。

すべてが自由というわけではなく、曜日ごとに決められた教科の実験室に各学年ごとに集まり、各自のアサイメントの進捗状況を生徒が報告し、その後に、その教科の一斉授業があります。これを「カンファレンス(会議)」といいます。

今まで紹介したモンテッソーリやレッジョエミリアは、個人の成長意欲を自由に育てようというのに対し、ドルトンプランは学習目標が決まっており、
それに対してどう進めるかは個人の自由というような形です。

実際に進歩的教育の先進国のオランダでも、中等教育段階では目的が明確であるが故、ドルトンプラン教育を採用する学校が多いそうです。進学という目的を考えると良いのかもしれません。 

<参考>
ドルトンスクール ドルトンプランについて
http://www.dalton-school.ed.jp/about/daltonplan.html
ドルトン調教学園 ドルトンプランとは
https://www.daltontokyo.ed.jp/school/about/
Wikipedia ドルトン・プラン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%B3

6. サドベリー教育

サドベリー教育は、ニューヨークのコロンビア大学で理論物理学の博士号を取得し、同大学で物理学や科学史を教えているダニエル・グリーンバーグ氏が、理想の教育を実現するために1968年にサドベリー・バレー・スクールを開校しました。 

日本では1997年に兵庫県で「まっくろくろすけ」というスクールが設立されたのが、初めで、現在は約20の学校があるようです。私自身も見学に行ったことがあります。

認定制度のようなものはなく、サドベリーの理念に共感すれば、名乗ってよいそうです。

アメリカのサドベリー・バレーの規則によれば、「この学校の目的は、学習が自己の動機、自己管理、自己批判によって最善のかたちでもたらされるとの原則に基づき、コミュニティとしての教育環境を創設、維持するものである」

何やら難しい感じがしますが、一言でいえば「自由」です。

授業がなければ、時間割もなく、テストもなく、学年もクラスもなく、卒業のタイミングも自分で決めます。教師もいません。教師の代わりにスタッフメンバーがいます。

どうやって学ぶかというと、自分で学びたいと思った時に、スタッフメンバーに伝え、協定を結んで勉強をします。
(スタッフメンバーにいない場合は外からつれてきてもいいようです。)

協定を結ぶ際にいつ何時からいつまで勉強するかを決め、勉強をしていきます。

この教育法は哲学者アリストテレスの言葉「すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する。」これが前提となっています。
つまり人間誰しも好奇心を持っているということですね。

つまり、サドベリー教育は、個人の持つ好奇心にしたがって、やりたいと思った時に勉強すれば、最適な学びが得られるということです。

実際にこの学校に入って、読み書きができない子はいないそうですし、学びたい気持ちがあれば小学校6年の授業を、24週で終わることもあるようです。

また、学校でのルールも 生徒や学校のスタッフそれぞれが、1人1票をもち、みんなで決めていきます。スタッフメンバーも1年ごとの有期契約でスクール・ミーティングの場で採用・非採用が決まるそうです。

そのため、サドベリースクールは別名デモグラフィックスクール(民主主義の学校)とも言われています。
ただ、多数決で決めるということではなく、徹底した議論が交わされるということが本質です。そのためか、朝と夕方にミーティングが設けられており、そこで議論が行われています。ただ、これも参加は自由です。 

ある生徒は、自由であることがいいことであると同時に、何かを始めようとするときは自分で進めていかないといけないので大変だとも語っています。 

また、とても暇な時もあるようで、新しいことをやってみようと思ったり、
本当に自由に過ごしているようですね。
自由があり、自分でやりたいことを交渉してすすめ、皆で決めて実行していく。
ある意味大人の世界がここにはあります。

<参考>
東京サドベリースクール
https://tokyosudbury.com/
サドベリースクールとは?自由な反面、批判や問題点も!?日本国内21校の情報も一挙掲載
https://soctama.jp/column/64655
サドベリー教育とは | 教員を生徒が採用する究極の自治
https://www.educedia.org/entry/2018/04/22/224124
「サドベリースクール」が追求する自由の形〜杉山まさる氏に聞く
http://eduview.jp/?p=1206
「すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する。」
https://www.otani.ac.jp/yomu_page/kotoba/nab3mq00000484sh.html

7. フレネ教育

フレネ教育はフランスのセレスタン・フレネによって作られた教育法です。
彼は第一次世界大戦でドイツ軍の毒ガスにより喉と肺を痛めてしまいます。
その後1920年にフランスの小さな村で小学校の教師をやるのですが、大きな声を出せず上手く授業ができません。 

子どもたちは遊んでしまい、授業になりません。
そこで、フレネは子どもたちの遊んでいる様子を物語にして黒板に書き始めました。
すると、子どもたちは興味を示し、ノートに書き写しました。 

これをきっかけに、子どもたちの興味・関心をそのまま教材にしていきます。子どもたちにも作文をしてもらいました。また、学校の周りが自然で溢れていたので、子どもたちと外に出て自然や村の人をテーマとした教材を作ったりもしました。

このような経験と、様々な教育を学び、フレネは1935年、南フランスの片田舎ヴァンスにフレネ学校を作りました。

フレネはこれと言った教育体系を作らなかったそうです。
当時の伝統的な教育は子どもたちへの押し付け教育を嫌い子ども自らの興味を中心にして、これと言った「教育の正解」を出したくなかったのだと思います。

その代わり、子どもの個性に合わせた個別学習と、学校を社会と見立てた協同化に力を入れ、教育技術を多く発案しています。

さて、その教育技術のいくつかを紹介しましょう。
フレネの特徴は「個別化」と「協同化」です。

代表的な例は『自由作文』です。
自分の興味を持ったテーマを作文します。
上手く表現できない場合は絵を使っても構いません。
細かい文字の間違いは文法などは気ず、先生も助けながら頭にあるものを描いていきます

そして、これらをお互いに読み合ったり、意見を出し合ったりします。
印刷して教材として活用することも
あります。

また、『学校間通信』として、他の学校に送ったりします。
他の学校の子にも読まれるというのは、やる気が出そうですよね。
朝には『朝の会』があり、今思っていること話したいことを発表し合います。
聞いてる子も質問をたくさんします。

一斉授業はなく、個別で決めた『学習計画表』にしたがって『個別学習』を行い、5,6人のグループで異学年で学習するので時には年長者が教えたりもします。

授業以外にも『自由研究』といって、自然観察やスケッチ、木工などの工作などを作り、ポスターなどでプレゼンを行います。まさに日本でいう夏休みの自由研究ですね。

もう一つの大きな特徴として『学校協同組合』というものがあり、 自分たちが過ごす学校のルールも自分たちで決めていきます。夕方には『生徒集会』があり、すべての子どもが集まり、学校の行事やルールについて話し合い、多数決は取らず、意見が一致するまで行われます。

今はどうかわかりませんが、フランスのフレネの学校では、文集の用紙代や遠足の費用などのお金も子どもたちが考え、必要であれば子どもたちがカップケーキ焼いて、近隣に売るなどもしたそうです。

フレネ教育はサドベリー教育と似ている感じもしましたが、自由と民主主義を強調したサドベリーに対して、個人と社会性を重んじたバランスの取れた『考え』だと思いました。

あえて、『考え』と書いたのは、フレネ自身が教育に”これ”と言った正解を
求めたくなかったようなので、その考えを尊重しました。

日本では以下の学校がフレネ教育を取り入れているようです。

  • ジャパンフレネ:対象年齢 6歳〜18歳 東京都

  • 箕面こどもの森学園:対象年齢 6歳〜15歳 大阪府

  • けやの森学園:対象年齢 幼稚舎は3歳〜5歳、保育園は6ヶ月〜就学時 埼玉県

<参考>
箕面こどもの森学園 フレネ教育とは
https://cokreono-mori.com/kodomonomori/freinet.html
【フレネ教育のここがスゴイ!】特徴やメリットなどをスタスタが解説
https://studystudio.jp/contents/archives/41222
日本でも始まったフレネ教育とは?教育理念と4つの特徴を紹介
https://how-kids.com/knowledge/method/alternative/1888/
フレネ教育とは | 時間割が無い・作文と対話を重視
https://www.educedia.org/entry/2018/04/21/234117

8. 寺小屋

ここまで世界的にも有名な教育法について書きましたが、
日本では何か教育法はないのでしょうか。

実は、日本にも注目すべき教育があります。
それは江戸時代の寺子屋(てらこや)という教育です。

寺子屋とは子どもたちに文字の読み・下記、そろばんなどの算用、また親が家業を継ぐために通わせたこともあり、子供の成長や将来就くであろう職業に応じた教育がされていました。

当時、日本に訪れたフランシスコ=ザビエルは、日本の教育レベルの高さに感嘆したそうです。

当時の日本の識字率は当時で50〜60%と言われており、一方でアメリカでは20%、ロシアで10%だったそうです。

就学率も当時の日本が70~80%ほどたったのに対して、イギリスは25%、フランスは1.4%だったとのことで、就学率の高さは圧倒的です。
(ヨーロッパは日本よりも家庭で勉強を教えるという文化はあったそうですが。)

そんな就学率の高かった寺子屋ですが、どんな、どんな教育が行われていたのでしょうか。

まずは教科書です。
「往来物(おうらいもの)」と呼ばれており、手紙のやりとり形式でつくられた教科書の総称で、いろいろな教科書が出ています。 

その中でも『庭訓往来(ていきんおうらい)』というものは、衣食住や建築、宗教、歴史などの一般常識が学べるポピュラーなものでした。

その他にも、

  • 『商売往来(しょうばいおうらい)』といって、 商業に必要な単語、知識、心構え

  • 農民のための『百姓往来』

  • 大工や職人のための『番匠往来(ばんしょうおうらい)』

  • 漁民の子どもには『船方往来(ふなかたおうらい)』

  • 八百屋の子どもには『八百屋往来』

など様々な「往来物」があり
その数7000種類とも言われています。

幕府も原則民事には介入せず、そのため寺子屋は、許認可の必要はなく自由に誰でも開業できたのです。

このような自由度の高さが、その地域や必要な職業に合わせた、いわゆる職業訓練校が数多くできたのでしょう。

通う年齢は6歳から7歳に入学し、 12歳から14歳ぐらいで卒業だったようです。

個別指導型だったので、時間にも融通がききます。
当時は家のお手伝いなどもあったのでしょう。

教師(当時は師匠と言われていた)の善意で行われているところもあり、
授業料などはその人が支払えるだけでOKで、農作物で払うこともあったとか。

このような寺子屋が全国で1万5000ほどあったそうです。
現代の日本の小学校が約2万校です。
現在の日本の人口が1億2千万人で、江戸時代の人口は3000万人と言われています。単純計算すると、今でいうと小学校が3倍の6万校あるような感じでしょうか。

必要な教育を必要な時間に、 その家庭の収入に応じた形で、学べた江戸時代の寺小屋。
変わりゆく時代で、集団教育が合わなくなった現代、寺小屋に学ぶことは多いのではないでしょうか。

<参考>
江戸幕末期の教育~寺子屋教育の考察~
https://www.mskj.or.jp/report/45.html
宣教師・ザビエルも驚愕!江戸・寺子屋の高すぎる教育レベル
https://gentosha-go.com/articles/-/27749?per_page=1
「寺子屋」ってなに?
https://www.library.metro.tokyo.lg.jp/portals/0/edo/tokyo_library/gakumon/page1-1.html
授業料は野菜払い!? 江戸時代の高い教育水準を支えた「寺子屋」が柔軟すぎる
https://edo-g.com/blog/2016/03/terakoya.html
寺子屋:驚くべき江戸時代の教育力
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g01005/
【2020年最新版】小学校に関する統計まとめ(学校数・教員数・職員数の推移)
https://education-career.jp/magazine/data-report/2019/elementary-school-numbers/
Wikipedia 寺子屋
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E5%AD%90%E5%B1%8B

まとめ

社会の仕組みや制度、組織は、良くも悪くも、そう簡単には変わりません。まずは親が出来ることから考え、子どもを一人の『個人』として捉え、教えるのではなく共に成長していく意識することが最も効果的なように思います。

できることから一つずつ。
それでも確実に一歩ずつ。
一緒に歩いていきましょう✨


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「価値ビン」が目指しているのは以下の2つです。
1) 子ども達自身が自らの成長を感じて「僕の・私の価値がビ~ンと上がった!」と感じてくれること。
2) 彼らに関わる大人達が、子ども達の変化を感じて自分の価値がビ~ンと上がった!」と感じてくれること。

このブログが、我々が子ども達の成長のサインを見つけて受け取り、彼らと共に学びの旅を歩むための、数ある冒険の書の中の一つとなってくれることを願っています。



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