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「三四郎」あらすじ解説【夏目漱石】4・金銭関係

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金銭貸借ドラマ

「鏡像構成」の折返し点で、人間関係が金銭関係に変換されました。

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元来が「三四郎」というタイトルの数値ドラマです。いよいよ本題に突入します。本題は経済問題です。漱石は無駄に込み入った話を用意しました。以下ダラダラとした説明になります。

元来広田の大家は高利貸しで、金に汚くむやみに家賃上げてきます。書生の与次郎が怒って退出を宣言しました。なんとか家は探しましたが、敷金が用意できない。そこで広田の弟子の野々宮宗八に20円借りました。この金は野々宮の親が野々宮よし子のバイオリン購入のために与えた金です。おかげで引っ越しは出来ましたが広田は金がなくて返せません。よし子はバイオリンしばらく我慢です。でも試験の答案採点のアルバイトで広田は60円臨時収入得ました。うち20円を野々宮宗八に返すべく、与次郎に渡しました。ところが与次郎は野々宮家にゆかず、競馬場へ行って20円負けてしまいました。
金策つかず困った与次郎は三四郎から20円借ります。その金を右から左へ野々宮に返します。その金でよし子はバイオリンを買います。しかし今度は与次郎が三四郎に返金できません。
困った与次郎は美禰子に頼みます。美禰子は三四郎が困っていると聞いて、兄の承諾を得て金を貸すのを承知します。しかし与次郎には金は渡さない、三四郎が来いと言います。なかなか賢いです。与次郎キャラを見切っています。

三四郎は地主様ですから、実家から送金してもらえば済む話です。美禰子宅に行っても、借りてもいい、借りなくてもいいと煮えきりません。苛立った美禰子が外に連れ出し、預金通帳と印鑑預けて、そこの銀行で引き出してこいと命令。三四郎が引き出してくるとその金を貸します。ほぼ贈与した格好です。
しかし三四郎は返す気で、親に送金を要請します。三四郎の母親は急な出費に不安になって、野々宮経由で送金します。三四郎は野々宮宅に金を取りに行きます。その金を美禰子に返金しようとしますが、拒絶されます。その直後、美禰子は婚約相手に偶然出会います。彼は三四郎とも挨拶します。
ショックで寝込んだ三四郎を、野々宮よし子が見舞います。ついでに情報くれます。美禰子は正式に婚約したそうです。三四郎は回復して、金を返しに行きます。教会の前で待ちます。賛美歌が聞こえてきます。やがて賛美歌が止みます。風が吹きます。三四郎は外套の襟を立てます。空に美禰子の好きな雲が出ています(後略)

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本作は恋愛ドラマに見えて、実態は金銭貸借ドラマです。「三四郎」は「坊っちゃん作品群」に含まれます。「坊っちゃん」の下敷きはゲーテの「ファウスト」です。「ファウスト」の、特に第二部は、通貨発行ドラマです。よって「坊っちゃん」も「坊っちゃん作品群」も経済小説になります。「三四郎」も経済小説です。

「坊っちゃん」では単純に、ペーパーマネーはダメ、銀貨が良いとしていました。この時点では幼稚です。「坊っちゃん」続編の「野分」では契約問題を扱います。「虞美人草」では金本位制にまで踏み込みます。浅い踏み込みですがカンはよいです。
そして本作「三四郎」です。タイトルまで数字を入れて経済小説をアピールします。もとより「金色夜叉」レベルの話題にしようとは思っていません。漱石は智識はさほどありませんが、思考力は強力です。「経済問題とは、人間関係問題の一局面だ」と考えました。人間関係全体の中で経済を考えようとした。恋愛はいわばダシです。

日本の正体

三四郎、与次郎、よし子、美禰子の同世代の4人の中で、最も裕福なのは美禰子です。三四郎は地主ですから総資産としては十分なのですが、現金を管理できているのは美禰子だけです。三四郎も銀行に行った経験はありましたが、美禰子ほど頻繁ではなかったようです。当時の女性なのに銀行に自分の名前の口座を持っています。かなり変わった人です。美禰子は富士山、つまり日本国そのものですから、三四郎は当時の日本国の正体を体感したのです。正体は銀行システムでした。

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銀行システムを頂点として、日本の人々は右往左往しています。その派生として会話があり、また楽器演奏があります。漱石はコミニュケーション全体を視野に入れることに成功しています。コミニュケーションのうち目で見て、耳で聞けるものは言語と数字と音楽です。その総体を漱石は(うっすらとですが)掴んでいたようです。興味有る方は、手前味噌で恐縮ですが以下ご参照ください。

広田の引っ越しから始まる一連の騒動を図にすると以下になります。

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ほとんどの登場人物が出現します。そもそも与次郎が競馬にゆかなければ三四郎と美禰子はからみませんでした。あるいは三四郎、美禰子を金銭ドラマに絡ませるために与次郎は競馬に行ったとも言えます。おかげでみんなが金銭ドラマに参加できました。

しかし、なぜか図に掲載されていない重要人物も居ます。銀行システムに飲み込まれていない人間。外から全てをデザインする人間。それは画家の原口です。

次回に続きます。


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