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いつもと違う娘の返しに驚く朝。
#20231207-311
2023年12月7日(木)
子どもの集中を妨げない。
なぁんて悠長にいっていられる場面は、子育て中において結構少ない。
頭ではわかっているのだが、時計の針はチッチと音を立てて進んでいくし、妨げなかったことによって起こるだろう予定の狂いは大きい。
登校時刻が迫るなか、ノコ(娘小4)がホワイトボードで遊びだした。
本来は予定を立てるために用意したホワイトボードだが、そこに物を置いてはペンで形をなぞっている。ノコ専用のキッチンタイマー、ホワイトボードに書いたものを消すためのイレーザー、定規。くるりとそれらの縁に沿ってペンを走らせている。
ペンが少しでも傾くと、始点と終点がずれてしまう。どうにか一致させたいらしく、首を傾げながら何度も挑戦している。
その探求する姿勢を邪魔したくはない。
登校前でなければ、私だってあたたかく見守る。
登校班の集合時刻まであと8分しかないのに、まだ歯磨きも洗顔も髪結いも検温もしていない。だらんと冠が開いたままのランドセルの中へ目をやれば、給食セットがまだ用意されていない。学校の準備はいつも前の晩にするよう声掛けしているのに、昨夜のあれは生返事だったか。
「ノコさん、あと7分しかないよ。調べるのもいいけど、今は学校に行く準備が先だよ」
うんともすんともいわない。
「ノコさん」
イレーザーを持ち上げて、消し、またホワイトボードの上に置いて形をなぞりはじめる。
「ノコさん。学校に行く時間だよ」
まるで私の声どころか、存在も無視だ。
茶碗を洗う手を止めて、しっかり私は振り返った。
「ノコさん、あと5分です。無視しないでください。ママもあなたが何かいっても無視していいのかな」
ノコがようやく反応し、ギロリと私を睨む。
「ママだって、私がいっても無視するじゃん!」
まったくもって、聞き捨てならぬ。
「それはあなたが何かやらかしたときじゃないの? 理由なく、ママが無視することはないよ。もしくは本当に聞こえてなかったか。いつもいってるけど、お台所で換気扇をまわして、食洗器がまわって、水を使っていたりすると、本当に聞こえないから」
「私がなんにもしてないのに、ママ、無視するし!」
ノコはバタンと乱暴に居間のドアを閉めると、荒い足取りで洗面所に向かった。
深呼吸ひとつ。
ノコの怒りに染まってはいけない。
ノコが髪結び道具が入ったケースを手に居間に戻ってきた。
「ママ、髪結んでください」
私の顔を見ずにノコはどっかと腰を下ろした。
「ノコさん、ママが理由なくあなたを無視したことがあったのなら、それは人としてしてはいけないことだから、反省したいの。いつママが無視したのか教えてくれないかな」
私に背を向けたノコの肩が強張り、頭が垂れた。
「……いい返したかっただけで、ママが無視したことはないです」
あれ???
今までだったら強情を張るか、「ごめんなさい」というかだ。
しかも、ノコの「ごめんなさい」に対して、即「いいよ、許します」と返さなければ、「許してくれないわけね!」と怒りを爆発させていた。
私はノコの新しい返しに思わず目を瞠った。
髪をとかし、まとめながら、ノコの形のよい後頭部を見つめる。
「あぁ、よかった。ママ、ノコさんのことを無視したことがあるのかと心配になっちゃったよ」
ノコの頭がさらに下がった。
「結べないから、頭上げて」
ノコがしゃんと姿勢を正す。
「……ごめんなさい」
おくれ毛をピンで留め、私はノコの頭をやさしくなでた。
「本当はノコさんの夢中を邪魔したくないけど、時と場合があるからね。さぁ、もう時間だ。髪結いの道具、しまってね」
弾けるようにノコは立ち上がると、ニカッと笑った。
「ママママ、ママママ、私が髪の道具しまうから、ママは玄関までランドセル持ってきて!」
どちらもノコがやるべきことだが、仕方がない。
「ほらほらほら、ランドセルのほうが先に玄関に着いちゃうよ!」
ノコは前へ出ようと、ぎゃああああと叫ぶと力まかせに私を廊下の壁へ押しやった。
ねぇ、痛いってば。
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