目下、「友だちはみんな仲よく」という幻想をほぐしているところ。
#20240121-345
2024年1月21日(日)
「〇〇ちゃんのママって、一言余計なんだよね。ウザくない?」
「わかる、わかる。そういうこというな、っていう感じ」
ノコ(娘小4)の習い事がもう少しで終わる。
ラウンジで私はノコを待つあいだ、本を読んでいた。ノコと同じ小学4年生の女子2人が私に背を向け、カーペットにぺたりと座っている。2人がラウンジに入ってきたときに挨拶をしたので、私がすぐ背後にいることは知っているはずだ。
私は彼女たちがいった「一言多いママ」ではないが、娘同士が同じレッスンを受けているのでそのママとランチをしたこともあるし、ラウンジでお喋りもする。
――これはなに? 私、試されてるの?
ママ同士のお喋りで、私が彼女たちが「ウザい」っていっていたわよ、というかどうか、探られているのだろうか。
「大人ってさぁ、ホーント面倒くさいし、ウザいよね」
「私さぁ、ときどきトイレで叫んじゃう! うっぜぇんだよ!って」
「わかる、わかる。私もやる。トイレだと聞こえないって思っちゃうんだよね」
「そんなわけないのにね」
「ね」
2人はリュックからお菓子を出しては、交換し、口に運んでいる。
私は気配を消して、本に熱中している振りをする。
彼女たち2人のことは知っているので、そこに口を挟んでも構わない。
「あら、叫んでるんだ」
笑ってそういってもいい。
だが、彼女たちはノコを面倒くさがり、距離を置くことがあるので、あえて私が親しげに接するのもそれこそ億劫だ。
確かに、ノコはややこしいし、うるさい。
察することができず、情緒が発達した小学4年生女子にはついていけない。
「なになに?」「どうして?」「なんで?」と食いついたら、納得できる言葉を返してくれるまで離さない。言語化されない目配せなんて通じない。
要は、幼いのだ。
「△△くんの髪、見たぁ?」
「あれ、ヤバイよね。話しかけられたけどさ、目そらしちゃった」
「ねぇ、ヤバ過ぎ。私もうんうん、アッ、そう、しかいえなかった」
「似合ってると思ってんのかなぁ」
顔を見合わせ、クスクスと笑い合う。
そうやって、思っていることが同じだと確かめて、仲間だとわかることが楽しくて安心できるのだろう。
そんなの、どうでもいいこっちゃ。
思わず心のなかで悪態をついてしまう。
人の自由を笑うことは、自分の自由を狭めるだけだ。
レッスンが終わり、子どもたちがラウンジに出てくる。
ノコは同学年の2人を見付けると笑みを向けたが、相手の反応が悪いので慌てて引っ込めた。
「ママママ、お腹空いたから早く食べに行こう」
今日のランチは、改装工事を終えたばかりのファストフード店だと昨夜からノコはいっている。
2人は、先程までノコと一緒にレッスンを受けていた同じ4年生の女子――例の〇〇ちゃんママの娘に声を掛けると私たちの後からラウンジを出た。
どうやら行き先は同じファストフード店のようだ。
ノコは一緒に食べたいような、食べたくないような戸惑った表情を浮かべている。
「どうする? 一緒に食べようって声を掛けてみる?」
私が尋ねると、ノコは3人をじっと見てから首を振った。
「一緒にいて楽しいときもあるけど、楽しくないときもあるから、今日はママと食べる」
会話についていけないことを最近ノコは察している。
時折、除け者扱いされていることにも気付いている。
少し前ならば、「一緒に食べる」「友だちは仲よくしなくちゃ」と突撃していたところだろう。
「そうね。わざわざ楽しくないところに行く必要はないよ」
ちょうど昼時で店内はほどよく混んでいる。空席を探す振りをしながら距離を置き、少し離れたところにノコと私は座った。
食事中もノコは何度も3人のテーブルを振り返る。
チラチラと向けられるノコの視線は複雑だ。「どうして私を誘ってくれないの?」「仲間に入れてほしい」「でも、わからない話をされるのはイヤ」。
願望と切なさと嘆きが入り混じっている。
「ママ、〇〇ちゃんね、今日はご飯を買って早く帰ってきなさいってママにいわれてたんだよ。勝手にお外で食べていいのかな」
あら、新情報。
「どうなんだろうね。お家の人が心配してるかもね」
〇〇ちゃんのママとは連絡が取れる。
私が逆の立場であれば、教えてもらったほうが助かる。親の目のないところで、何をしているかは把握しておきたい。それが親の指示とは違うのならなおさらだ。
しっかりしているように見えてもまだ小学4年生だ。親の知らない時間を持つことも必要だが、把握した上で見守ることもできる。
これが里親なら迷わず連絡する。お互い養育について話す機会が多いため、慎重に動くことがわかるからだ。
〇〇ちゃんのママはおそらくストレートに娘に問うだろう。
「ノコちゃんママに聞いたんだけど、あなた、今日外で食べたんだって? 買って家で食べなさいっていったでしょ」
子どもにしてみれば、告げ口されたと感じるだろう。
どうしたもんだか……
食べ終えて店を出ようと包みやトレイを片付けていると、ノコが3人のテーブルに何度も目をやっている。そんなに執拗に向けられたら、あっちだって気付いてしまう。
「バイバイっていって来たら?」
「でも、無視されたらヤだし」
「そうだね。それはヤダね。でも、無視しないかもしれないのに、こちらから悪い態度をしたらノコさんがヤなやつって思われちゃうよ。相手が無視しても、しなくても、素敵な態度でいるほうが勝ち。パッて行って、バイバイって手を振って、パッてママのところに戻っておいで」
ノコはじっと考えてから、深く息を吸うと、私がいった通りにパッと駆けて「バイバイ」と手を振り、パッと私のもとへ戻ってきた。
「〇〇ちゃんだけちょっと手振ってくれた。あとの2人はなんもしてくれなかった」
私はノコの背をやさしく押し、そろって強い北風が吹く店の外へ出た。
「きちんと礼儀正しくできたノコさんが一番素敵だよ」
合わない人と無理に一緒にいる必要はない。
だけど、最低限の礼儀は大切だとノコには知ってほしい。