試すような小さな嘘。それは「願い」だと私は思う。
#20240216-357
2024年2月16日(金)
ノコ(娘小4)は、時折小さな嘘をつく。
真実がわからないので、嘘というのは不適切かもしれない。話を少し大きく話すというか、聞いた私の心に小さな引っ掛かりが残る。
昨日、関東では春一番が吹いた。
強い風が隣の公園の砂を巻き上げ、ベランダの手すりがざらりとしている。洗濯物を外干しするか悩ましい。
ノコが珍しく声をかけていないのに、起きてきた。
「風の音が怖くて、全然寝れなかった。4時からずーっと起きてた」
唇をとがらせてぼやく。
「寒いから、見たら窓開いてたし」
窓が開いていたとは聞き捨てならない。昨夜は閉まっていたはずだ。
「ママは開けてないよ。ノコさんが開けたの?」
「開けてないし」
公園に接している我が家は日当たりがとてもよいが、昨日今日のように風が強いと公園の砂がほんの少し窓を開けていても入ってくる。わかっているので、ノコの部屋の窓を大人は開けない。
「じゃあ、パパかな。開けた人がちゃんと閉めないとね」
そろそろむーくん(夫)が起きてくる。
「パパが起きてきたら、窓のことを注意するね。窓を開けたままなんて、ノコさんが風邪引いちゃう」
少し怒気を含んだ声でいうと、ノコが少しうろたえる。
「パパじゃないかもよ」
「3人しかいなくて、ノコさんも開けてなくて、ママも開けてない。それなら、パパしかいないでしょ。ほかの人だったらそれこそ大変よ。しっかりいっておかなくちゃ!」
私が真剣になるほど、ノコの首が傾く。
「窓……ちょっとだけしか開いてなかったし」
「でも、開いてたんでしょ。ノコさん、寒かったんでしょ」
ぐぐぐっと首の傾きが強くなる。
「開いてなかったかな。窓じゃなところから風が入っていたというか」
いやいや、それこそどこじゃい。
「ママがパパにいうから大丈夫だよ」
「開いてなかったと思うから、パパにいわなくていいよ」
開いていなかったんかい!
こんな具合だ。
私は窓が開いていたとは思っていない。夜、カーテンを閉め、ノコのベッドメイキングをするのは私だ。そのときに気付かないはずがない。
そうかといって、過去のことを映像で確認することはできない。「開いていた/開いていなかった」といい争うのは意味がない。私が開いているはずがないといい張れば、開いていたといったノコを否定することになる。
――窓が開いていたかと思うほど、風が強くて、起きてしまい、寒くて、怖かった。
ノコが伝えたいのはそこなのだろう。
それなら、そういえば「本当にすごい風だよね」とノコを抱き締めるのに、なぜか小さな嘘をつく。
少し前のことだ。
学校から帰ったノコが郵便物を手渡しながら、開口一番こういった。
「ママママ、ママママ、〇〇君がうちのポスト開けてた。そんで、なかのを私に渡した」
聞き慣れない名前だ。
「〇〇君って?」
「同じ学校の1年生」
我が家の郵便受けはダイヤル錠だ。大人は閉めた後にダイヤルをまわして開かないことを確認するが、最近解錠を覚えたノコはそのあたりがまだ甘い。
もし、その〇〇君が本当に我が家の郵便受けを勝手に開けているのなら問題だ。法に触れかねない。信書だけでなく、インターネットで購入した品物が入っていることもあるし、児童相談所や里親会の郵便物もある。小学1年生がそこから何を読み取れるか怪しいが、ノコ宛てのものは通称姓の森谷ではなく、戸籍姓になっている。
胃のあたりから不快感がこみあげてきた。
「〇〇君、まだ見える?」
玄関ドアから顔を出すと、ランドセルを背負った子たちが見えた。
ノコが私を真似て、ドアから顔を覗かせる。
「もういない」
数日経った放課後、ノコが公園で遊んでいた。
トイレに一度家に戻ったノコに誰と遊んでいるのかと尋ねたら、〇〇君とその母親が来ているという。小学1年生に郵便受けを開けないよう注意しても「怒られた」という認識だけが強く残りかねない。また保護者にもそういった行為をしていることも把握していてほしい。
「うちの郵便受けを開けた〇〇君だね。ママ、ちょっとその子のママに話してくるよ。自分の子どもがそういうことをしているって知ってもらわないと」
エプロンを外し、外に出ようとする私をノコが慌てて止める。
「私が! 私がちゃんと注意しておいたから。もう大丈夫だから!」
ただことを大きくしたくないのか、それとも。
「でも、ママは大事なことだからきちんとお話したい」
「しなくていいから! もう開けてないから!」
ノコが必死になればなるほど、もうひとつの思いが浮かんでくる。
ノコを信じないわけではない。
時折――時折だが、ノコは自分の発言をそのまま私が受け取ってくれるか、挑むようなことをする。
「試す」とは少し違う。もっと真摯な、必死な願いが透けて見える。
だから、私は「試す」とも「嘘」とも違うように感じるのだろう。
でも、人はそれを嘘という。
小さな嘘。
それは、嘘といよりいわば、小さな願い。