ときに、性格の違いに助けられることもある。
#20231023-270
2023年10月23日(月)
むーくん(夫)が暦通りの勤務でないため、家族3人の休日が重なることはあまりない。
学校行事や習い事関連で年休を取得することはあるが、今日のように予定のない日は貴重だ。
とりあえず、どこかへ出掛けようと家を出て、近くのファストフード店で昼食となったが、その先が決まらない。明日はむーくんは仕事、ノコは学校だ。あまり遠出はできない。
頭上に広がった秋空は高く、明るく、もったいなくて、映画という気分ではない。
気ままにお散歩と思うが、それはノコが渋る。
「ヤダヤダいっていないで、ノコさんも考えてよ」
ノコは指先についたフライドポテトの塩をなめる。
「遊びたい」
「何して遊びたいの」
「……鬼ごっこしたい」
体力的に無理だ。50を超えた身体に瞬発的な動きをする鬼ごっこは危険過ぎる。しかも相手は小学4年生。よちよち歩きの幼児相手ではない。冗談でなく、怪我しかねない。
「それはお友だちとして。パパとママはもう鬼ごっこなんて無理」
体力作りのため、ゆるゆると走るスロージョギングを習慣にしているが、それはあくまで自分のペースで一定の速度だからできることだ。
「じゃあ、どうすんの!」
「帰って、お家でお片付けでもしようか」
「ヤダ!」
ノコが炭酸飲料の入った紙コップを勢いよく置く。
こぼれるからやめてくれ。
小学4年生ともなれば、男子のお母さんには「女の子はいいわねぇ」といわれる。「一緒に服を見たり、お茶したりできるんでしょ」と憧れと夢のこもった目を向けられる。ほかの小学4年生女子はわからないが、少なくとも我が家のノコさんにとって、ウインドウショッピングやカフェでのお喋りは遊びに入らない。公園で駆けまわってこそ遊びだ。健康的でよろしいが、その相手は勘弁してほしい。
「ここで時間つぶしていてももったいないから、帰ろうか」
トレイを手に立ち上がると、ノコが顔を真っ赤にして叫んだ。
「カラオケ! カラオケに行きたい!」
ノコは歌って踊ることが大好きだ。
これは「しなさい」といわれずとも朝から晩までしているので、本人に好きだという自覚はないが好きなのだと思う。幼い子ならともかく、小学4年生にもなれば、Eテレの子ども向け番組に合わせて全力で歌って踊ったり、大型ショッピングモールの広い通路をB.G.M.に合わせて踊ることはない。
そんなノコだからカラオケは喜ぶだろうと何度も誘ったのだが、当初ノコは拒み続けた。「マイクを持って歌って踊れるんだよ」といっても首を横に振る。「知らない人の前じゃなくて、いるのはパパとママだけだよ」といっても首を横に振る。
「歌いたくなければ歌わなくていいから」と連れて行ったら、大好きになった。
それを思い出したらしい。ノコ人生二度目のカラオケだ。
明るい晴天はもったいないけれど、それなら一度帰宅して自転車で向かうことになる。ちょっとは外気にふれて、体を動かすことになる。
家族3人カラオケで歌うこと3時間。
そろそろ夕食だと外に出たら、とっぷり日が暮れていてタイムマシンにでも乗った気分だ。
歌える曲をある程度歌った後は、歌えるかどうか怪しい曲も練習がてら予約に入れた。
ノコは誰の順番であれ、歌えそうな歌となるとマイクで参入してくる。
私の番になった。
曲が流れだし、記憶を探り、耳を澄ませてメロディを追う。
「知らないけど、私、歌える!」
マイクを握りしめたノコが全然違う音階で歌詞を口にする。私は歌いたいが、ノコの声が大き過ぎてメロディが拾えない。「ちょっと歌うのを待って」という意味でノコに手のひらを見せると、ノコがふくれた。
「ヒドイ! もう二度と歌わないから!」
あぁ、やってしまった。
子どもの頃、歌のうまい妹が歌うとつい自分も歌えそうな気分になり、一緒に歌っていた。ある日、妹に「お姉ちゃん、邪魔だから歌わないで」といわれた。確かに私は音痴で、歌ってほしくなかったのだろう。
私はひどく傷つき、もう二度と妹の前で歌うもんかと誓った。ただ私はノコのようにいい返すことができず、心のなかで深く呪っただけだ。その後、妹の一言は長いこと私を縛り、人前で歌うことから遠ざけた。だからこそ、子どもにはいうまいと思っていたのに、曲のメロディを思い出したくて、つい似たようなふるまいをしてしまった。
人の順番なのに割り込んできたのはノコだが、自分に非があっても傷ついたことを口にできるノコの性格がこのときはありがたかった。
「ごめんね。ママ、この曲のメロディを忘れてたから、思い出したかっただけなの。ちょっとだけ聞かせて」
ノコはぷいっと横を向いたが、機嫌はすぐに直った。
私のように歌うことが苦手にならずに済みそうだ。
私は胸をなでおろす。