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「生まれてきちゃってごめん」と歌う娘。
#20230601-123
2023年6月1日(木)
インターホンが鳴り、慌てて玄関ドアを開ける。
学校を出る前にちょっとトイレに寄ればいいものを、「だって、そんときは行きたくなかったんだもん」とノコ(娘小4)はいい、大急ぎでトイレへ駆け込む。
…というやりとりが週2、3回はあるため、ノコが帰る時刻が近付くとそわそわしてしまう。
今日はその日でなかったらしく、ドアを開けると立てた人差し指を左右に振りながら、ノコがリズミカルに入ってきた。
「プ! 生まれてきちゃってごーめーん、あざくとくてごーめーん!」
ご機嫌で歌っているが、歌詞がいただけない。
ノコが「あざとい」という言葉の意味をわかっているとは思えないけど、どうした?
いったい何があった?
「プ! 可愛くてごーめーん! 生まれてきちゃってごーめーん!」
少し前に仕事から帰ったむーくん(夫)もノコの歌に首を傾げる。
私はノコ世代に限らず世間一般の流行に疎い自覚はあるが、特に芸能関係はからっきしだ。
ノコは壊れたレコードのように――あぁ、こういういいまわしもデジタル音源しか知らない子には通じないのだろうけど――同じ歌詞を繰り返し歌っている。
「プ!」はどうやら「チュ!」といっているらしい。
チュ! 生まれてきてごめん?
「その歌、なぁに?」
「今日ね、学校でね、〇〇ちゃんにね、教えてもらったの! こういう動画があるんだって!」
ノコがお友だちの名前を挙げる。確かお姉ちゃんが2人いる子だ。
上に兄弟がいると流行に敏感だ。
歌詞は自己否定的だが、メロディは明るく、ポップでノコは楽しげに歌いながら踊る。
ランドセルから給食袋を出し、親の押印が必要な音読カードと連絡帳をテーブルに出す。
「パパママァ、おやつ食べたら公園行ってもいい?」
「外に出るとき、必要なものは全部いってから出ろよ」
むーくんがすかさずいう。
Good job、むーくん!
そうなのだ、ノコが外に出て静かになったと思うやいなや、インターホンがやかましく鳴らされ、物置からボールを出してくれ、キックボードを出してくれ、というのだ。事前に出しておけば17時までは平和だ。
嵐のようにノコが公園へ出ていったので、コーヒーを淹れる。
マグカップからのぼる香りを楽しみながら、スマートフォンでさっきノコが歌っていた言葉を検索する。
HoneyWorksという動画投稿サイトを中心に活動しているクリエイターユニットの「可愛くてごめん」という歌のようだ。
さっと目を通すと、「私が私が好きなことをして何が悪いの!」という自己否定どころか、自己肯定満載の歌詞だった。
私は私が好きなことをしているだけよ。
幸せよ!
周りと違っていてもめげないもん!
自分を一番大切にしたい。
…そのような言葉が並ぶ。
(※ 上記は歌詞そのものではありません。HoneyWorksの詳細は公式Webサイト参照してください。)
ノコは歌詞のその部分しか覚えていないらしく――教えてくれたお友だちもそこだけなのかもしれないが――ずいぶん微妙な部分だけだと笑ってしまう。
「あの部分だけ歌われると何事かと思っちゃうよねぇ」
むーくんにスマホで検索した歌詞を見せていう。
「児童相談所で歌ったら、ギョッとされるんじゃねぇか」
いやいや、児相とて子ども相手の仕事だ。
この曲もとうに知っているかもしれないぞ。
――私なんていらないんでしょ!
ささいなことでそう怒鳴るノコに、この歌のまばゆいたくましさをわけてほしい。
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