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ショートショート

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2022年11月の記事一覧

バイリンガルギョウザ

バイリンガルギョウザ

ここは、フランス、アルザス地方の小さな町に一軒だけある中華料理屋。
そのウインドウに飾られている、メニュー見本の餃子が、僕。

あるとき、東洋人の女の人がやって来て、僕をじっと見つめ、思い切ったように店に入り、しばらくたったら、満足そうな顔で出てきた。また僕をちらっと見て。

翌週もその人はやってきて、また僕を見る。僕は思い切って声をかけてみた。
「サリュー!」
彼女はびっくりしてためらいながら言

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全力で押したいダジャレ

全力で押したいダジャレ

博さんは87歳、横浜郊外の海を臨むマンションに住んでいる。
歌が趣味で、奥様と一緒にカラオケに行ったり、奥様のピアノ伴奏で歌ったり。十八番は「オーソレミオ」。イタリア語で朗々と歌う。

ところが、徐々に物忘れが多くなり、認知症と診断されてしまった。
ヘルパーとして訪問していた私は、少しでも脳に刺激を、と思い、
時々「オーソレミオ」をリクエストした。そのつど博さんは、変わらぬバリトンで歌って下さった

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立方体の思い出

立方体の思い出

風助と散歩していると、声をかけてくれる上品な老婦人がいた。
何回か言葉を交わすうちに笑顔で言われた。
「うちはあの坂の上の四角い家なんです。一人暮らしだから、いつでも
お寄りくださいな」

ある日公園のベンチで一休みしていると、その老婦人が通りかかった。急いでいるようで、挨拶をしただけで別れたが、ふと見ると手袋が片方落ちている。後を追う。意外に足が速く、もう坂を登りつめ家に入るところだった。

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音声くんせい

漁師太平は海辺を歩いていた。どっしりとそびえる富士、その下に帯のように伸びた松林は、初秋の傾いた陽ざしを受け、砂浜に影を落としていた。

その枝に美しい布が煌めきながら揺れているのを見つけ、思わず手に取った。
「美しい!絹とはこういう布なのか!」
周りにだれもいないのを幸い、家に持って帰った。

その布のせいで、貧しい家は温かい光に包まれ、太平は幸せだった。が、
秋も深まったある日、美しい歌声が聞

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