音声くんせい

漁師太平は海辺を歩いていた。どっしりとそびえる富士、その下に帯のように伸びた松林は、初秋の傾いた陽ざしを受け、砂浜に影を落としていた。

その枝に美しい布が煌めきながら揺れているのを見つけ、思わず手に取った。
「美しい!絹とはこういう布なのか!」
周りにだれもいないのを幸い、家に持って帰った。

その布のせいで、貧しい家は温かい光に包まれ、太平は幸せだった。が、
秋も深まったある日、美しい歌声が聞こえてきた。身も心もとろかせるような声に導かれて浜に出ると、美しい女性がたたずんでいた。
「わたしの羽衣、返していただきに来ました」
呆然と見守る太平の前をあの衣が、主を見つけたようにひらひらとしなやかな身体にまきつき、彼女は空に舞い上がって行った。

翌日富士に初雪が降り、美しく輝いた。
羽衣をまとったように優雅に裾を引いて・・・
美しくも妖しい歌声は、はるか富士の方角から太平の耳にこだました。
まさしく薫声くんせいだった。(415文字)

           おわり

たらはかにさんの企画に参加させていただきます。
といっても閉め切り過ぎてしまった!
だから単独での発表です。

たらはかにさん、マガジンに加えて下さってありがとうございます😊
次回から締め切り遅れないよう気を付けます。

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チズ
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