ショートパンツとの和解
こんばんは。
今をときめくアラサーは
湯船にゆっくり浸かって
緩んだ身体にご機嫌です。
近頃は
ゆっくり湯船に浸かれない日が続くと
至る所がガチガチになるんですよ。
お肌も身体も
労って甘やかしてやらないといかん!
(テーブルを叩く)
そんなお年頃です。
さて。
大して代わり映えしないわたしですが
(ヘアスタイルもかれこれ5,6年変化は確認されていない)
ここ数年の変化といえば
ショートパンツと和解したことです。
ショートパンツ。
中学生くらいまでは
何となく履いていた記憶があるのだが
それ以降10年ほど距離を置いていた存在である。
高校大学と成長するに従って
疎遠になってしまった。
大学時代に
買っては見たものの数回しか出番がなく
クローゼットの奥でひっそりと寝静まっていた
ショートパンツが
今!火を吹く!
今日はこの事案について
考察したので聴いてくれ。
理由は2つほどあって
ひとつは自意識の弱体化だ。
アラサーと呼ばれる年齢になって
中学高校と
思春期の時代に形成された
硬い膜のような自意識が
少しずつ、
ペリペリと音を立てて
剥がれ落ちているのが聞こえる。
「ショートパンツなんて履いて
足を剥き出しにするなんて
ひとからどう思われるか!
たまったもんじゃねえ!」
「それにさ、わたしの足なんてさ、
モデルみたいな美脚でもないしさ、
うじうじ…。」
といった自意識がわたしをショートパンツから
遠ざけた。
だがしかし
そんな自意識も
「膝が黒い?
まあそんなもんだろ。」
「誰もわたしの足なんか
大して見てないもんな〜
ふんふん〜(鼻歌)」
今やこんなザマ。
こうやってこれからどんどん
自意識が削ぎ落とされて
オバサンになっていくと思うと
わくわくしている。
他人の目を気にする対象が減ると
好きなものに正直になれる。
自分が他の何かに左右されなくなって
とっても気楽である。
だから最近わたしは
着られる洋服の範囲がぐーんと広くなった。
若い頃しかおしゃれしたって意味ないしィ!と
ガラケーをぽちぽちやっていたギャルだが
今の方がずっとファッションが楽しい。
もうひとつは
セックスシンボルとしての対象から
少しずつ外れつつあることかなと
さらに深堀してみる。
10代後半から20代前半と
性的に搾取される側面が多分にあった。
女子高生や女子大生という存在を
ブランド化することに見られるように
性的対象として価値が高いと見做されて
若い女、若い女子学生という
商品として認識されること。
そんな社会で、
自分をより魅力的な性的商品として
ショートパンツで飾り立てるのには
抵抗を感じる気がする。
それも段々と歳を重ねるに伴れて
セックスシンボル的な商品の枠から
外れてきて
商品としてじゃなく人間として認識されることが
増えて楽になった。
ショートパンツを履いて足を剥き出しにしていようが
お飾りをつけた商品ではなく
そういう人間だねーと
フラットな視線が多くなったような
そんな体感がある。
そんなわけでわたしはこの夏
ショートパンツばっかり履いている。
涼しいし、可愛いし、
素肌感でバランスを整えるのは
垢抜けて、いいよねえ!
「アラサーの生足なんて別に興味ねえわ!」
とかいうご意見は受け付けていない。
そういう輩は
わたし達がお前の性的趣向の為に
服を選んでいるわけではないことを肝に銘じて
昭和のお父さん的ジェンダー感を
お持ちであることを吐血するくらい恥て
昨今のジェンダー価値観を実装してから
ご来店ください。
(満面の笑み)
そんなことよりもさ、そうやって
何かひとつ手放して何かひとつ自由になって
そんな感じでお洋服も人生も楽しんでいこうよねえ。