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優駿たちと「あなた」の物語

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2024年、予想とともに掲載してきた「序文」。 この馬のコラムをまとめてマガジンにしてみました。過去のものには一部加筆修正を加えてお届けします。 競馬ファンの「あなた」に読んでい…
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記事一覧

GⅡ AJCC

序文:助演男優賞昨秋から12月の最終週まで続いたGⅠラッシュを終え、年末年始の休暇を利用(休暇といっても年中フル稼働なので長期休暇ではないけど)してNetflixで話題になっていた犯罪ドラマを視聴していた。 競馬ファンを自称していると一年があっという間に感じる。日々の生活と仕事に加え、競馬の予想やSNSを頻繁に更新していると息つく暇もない。 見たいと思っていたドラマやアニメが手つかずになっていたので、余暇を使って消化しようと考えたのだ。 結果として視聴は正解だった。 地上波

GⅠ東京大賞典

序文:狂奔令和6年11月30日。船橋競馬所属の騎手・森泰斗が鞭を置いた。 通算28333戦4448勝。地方における重賞勝利数は71(内ダートグレード競争6勝)NAR(地方競馬)全国リーディングに輝くこと5回。南関東を代表する騎手の電撃引退を皆、心から惜しんだが、同時に惜しみのない拍手と賛辞を送った。 地方競馬を代表するトップ騎手は、今まで無縁だった「自堕落な生活を送りたい」と一片の食いもない晴れやかな笑顔でダートを去っていった。 地方競馬に携わる者、そして地方競馬のファン

GⅠ有馬記念

序文:Fool's Gold(愚者の黄金) 黄鉄鉱、英名パイロライトは硫化鉱物(金属元素が硫黄と結合している鉱物)の一種である。鉄と硫黄からなり、化学組成はFeS2で表される。馴染みのない名称かも知れないが、黄鉄鉱は比較的採取しやすく、昔から安価で取引されてきた。 黄鉄鉱は多量の硫黄を含むため、製鉄のための原料としては向いていない。しかしその半導体の性質から、昭和初期頃には鉱石ラジオの検波器などに用いられていた。当然のことながら近年ではそのような需要はない。 近頃では黄鉄鉱

GⅠ朝日杯フューチュリティステークス

序文:火の鳥「漫画の神様」と言われた漫画家・手塚治虫は『鉄腕アトム』『リボンの騎士』など数々の名作を世に送り出してきた。当時「子供が読むもの」とされていた漫画という媒体においてその作品性にこだわり、ジャンルの普遍性を高めてきた第一人者であり、日本の漫画文化の基盤を築いた開拓者的存在である。 そんな「漫画の神様」の作品の中でも『火の鳥』は最高傑作のひとつに数えられる、時代を超えた名作だ。 不死鳥として黄泉がえりを繰り返し、永遠の命を有する火の鳥。その血を手にしたものは同じくして

GⅠ阪神ジュベナイルフィリーズ

序文:「言わせてみてぇもんだ」「天才」という存在は、いったいどのように定義づけるべきだろうか。 言葉の意味をそのまま辞書で引けば「生まれつき備わったすぐれた才能。そういう才能をもっている人」と記されている。 人が生まれつき持っている才能には当然個人差があるし、我々も良くそのことは周知している。ではどの程度生まれつきの能力が秀でていれば「天才」で、どの程度までが「凡人」なのだろうか。その線引きもまた人によって異なるだろう。 「犯罪人類学の祖」と呼ばれた精神科医チェザーレ・ロンブ

GⅠチャンピオンズカップ

序文:流砂の行き先生真面目を通り越して堅苦しく、気が利かない対応をする人のことをよく「融通の利かない人だ」などといったりするが、「融通」とは本来、仏教の用語として端を欲している。「融通」を辞書で索引すると「金銭などに余裕があること」の他に「 臨機応変にうまく処理できる」という意味が解説される。これを語源に遡り、仏教的な意味合いで「融通」を解説してみるとこうなる。 「融通無碍」(ゆうづうむげ) 「碍」という一字は「妨げになるもの」という意味で、これが「無」であるからして「妨げ

GⅠジャパンカップ

序文:巨人殺しのパラドックス旧約聖書に登場する巨人ゴリアテは、身の丈290cmを超える大男だったと伝えられる。 青銅の兜をかぶり、帷子(かたびら)と膝当てを身に纏い、重さ7キロの鉄の大槍を片手で振り回した。 イスラエル王国に敵対するフィリスティア軍の大将格として、サウル王が治めるエルサレムに侵攻し、多くの敵兵を殺めてきた。 この向かう処敵なしの大男を迎え撃ったのは、ダビデという名の小柄な羊飼いの青年だった。 剣も槍も持たぬ、鎧さえも身につけないまま、ダビデはその拳に掴んだ石を

GⅠマイルチャンピオンシップ

序文:偶然の魔法昭和を代表する詩人であり劇作家として活躍した寺山修司は、膨大な数の文芸作品を世に送り出す一方で、無類の競馬好きとしても知られていた。 後年、馬主として活動するほど競馬に傾倒していた寺山だが、競馬に関する著書も多く書き残している。 その中の一篇『旅路の果て』の中にある「競馬無宿人別帖」では、競馬に魅せられた人々の悲喜こもごもが鮮明に描かれている。 弱い馬が好き、頑張っている馬を応戦したくなる。というこの「山崎さん」の馬券購入術は、馬券妙味を狙う者としては実用性

GⅠエリザベス女王杯

序文:百錬製鋼の姫君人が最も大きく成長を遂げるとき、とはどんな瞬間だろうか。 自らが課した試練を乗り越えた時。 困難に直面し、その壁を打ち破った時。 愛する者との悲しい別れを克服した時。 順風満帆なだけの人生を歩めるのならそれに越したことはないが、そうもいかないのが人の生涯である。 いい時もあれば悪い時もある、連綿と繰り返される喜怒哀楽の狭間に、人は幸せを得るためもがき続け、その中で成長を遂げていく。 成長をするためには人の助けと出会いもまた重要だ。 自分の資質を見抜き、才

GⅠ天皇賞・秋

序文:皇帝のいない十月 1985年10月27日15時37分、府中・東京競馬場。 騎手・根本康広29歳。 ゴール板を横切る瞬間、こんなことを考えていた。 「いま横目に見えたの、ルドルフの勝負服じゃね?」 目の前には緑のターフと、空一面の青だけが広がっていた。 さっきまで聞こえていた耳をつんざくような歓声は、いつの間にか何も聞こえなくなっていた…。 第92回を迎えた伝統の一戦、天皇賞・秋。このレースには史上最強の呼び声高い、あの「皇帝」シンボリルドルフが出走していた。 史上

GⅠ菊花賞

序文:優駿よ菊花紋と共に踊れ「 菊 」 菊は日本を象徴する花として、古来より重用されてきた。 元々は外来種であり、薬草や観賞用植物として平安時代に中国から伝来したとされている。日本に現存する最古の和歌集『万葉集』には157の植物が登場するが、菊を詠んだ歌は一首もなく、これは当時の日本に菊が存在していなかったことを暗に示している。平安時代の歌集『古今和歌集』になると、菊を詠む歌が散見されはじめる。 菊は物品への意匠として用いられることも多く、鎌倉時代に後鳥羽上皇が身の回りのもの

GⅠ秋華賞

序文" Omnia vincit Amor "-今でも愛してる- 表題「Omnia vincit Amor」は " オムニア・ウィンキト・アモル "と読む。 ラテン語で「愛は全てに勝る」という格言である。 主語の"Amor"は小文字で表記されると「愛」だが、大文字で表記されるとより大きく「愛の神」を意味する言葉となる。従って「Omnia vincit Amor」とは、正しくは「愛の神は全てを打ち負かす」という意味である。 この言葉は一般的な意訳として「愛さえあればどんな困難も

GⅡ毎日王冠

序文:太陽の仔「自然崇拝」 人は古来より、あらゆる自然物を崇拝し、その中に超越的な存在を見出し敬ってきた。これは「人」だったものを「神」としてみなす、いわゆる一般的な宗教が普及され始めるより前の、太古の信仰である。厳密にいえば「自然物への崇拝」ではない。「自然」という概念が生まれる以前の崇拝形態であり、対象は空、大地、山、海。はたまた雷や嵐といった自然現象や、熊や虎のような猛獣まで。科学が生まれるよりもずっと昔、自分たちの考えでは及ばない超常的な現象や力に対し、人は畏怖と畏敬

GⅠスプリンターズステース

序文:あの日見た花の名前を僕達は 唐突だが、貴方にとっての"特別な一頭"とはなんだろうか。 歴史に残る三冠馬か、壮絶な叩き合いを制したGⅠホースか、それとも初めて訪れた競馬場で払戻金をもたらしてくれた1勝クラスの馬か。 それぞれの楽しみ方がある競馬において、人それぞれに思い出に残っている馬がいる。それはどれだけ時を経ても、たとえ競馬を離れたとしても忘れることはない。思い出は思い出として残り続けるだろう。 ひとえに、サラブレッドの競走生活は短い。あっという間に終わりの時を迎え