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フランスワインを巡る旅 ボルドーでサイクリング③ シャトー・レ・カルム・オー・ブリオン
今回も引き続き、ボルドーのワイナリーを自転車で巡る旅。
サイクリング訪問3軒目はシャトー・レ・カルム・オー・ブリオン。
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とてものどかなシャトー・スミス・オー・ラフィットを訪問後に、ボルドー市内にあるこのシャトーまで約1時間、ひたすら、自転車をこいだ。
先に訪問した見渡す限り広がるぶどう畑の広大さに比べると、ボルドー市内のこのシャトー界隈は、ぐっと都会に感じた(当たり前か)。
シャトーの紹介
格付されていない、実力派
このシャトーの畑の面積は小さく、ぶどうの収穫量やワインの生産量が少ないこと、またグラーヴ地区の格付にも入っていないので、それほど目立つ存在ではないかもしれない。
しかしここには偶然が生みだした、ぶどうに最適な自然環境が残されていること、加えて2010年にオーナーが変ったことで大規模な資本が惜しみなく投入され、ワインの質はますます向上している。
また、2012年から醸造を担うギヨム・プティエさんは、フランスの日刊紙『ル・フィガロ』紙が選んだ「2023年フランス最優秀生産者50人」で見事に最優秀生産者に選ばれた実力者だ。
今回、そんなシャトーに行こうと思ったのは、フランス語の語学学校の図書館にあるボルドーワインに関する分厚い専門書で高く評価されていたから。また、ボルドーのガイドブックでも、市街地から近いワイナリーと紹介されていたのでダメもとでガイドの予約を申し込んでみたら、OKをもらえたーー
と、動機付けはいろいろできるけれど、このシャトーの近所にはシャトー・オー・ブリオンとシャトー・ラ・ミッション・オー・ブリオンがあって、本当はこのいずれかに行きたかった。でも残念ながら、どちらも予約がいっぱいで受け付けてもらえなかったから、仕方なく••••••というのが、実は本当のところ。
ボルドー市内からアクセス良好
冒頭にも書いたが、ここはボルドー市内にある唯一のワイナリーだ。
シャトーの近くには大学のキャンパスもあり、交通公共機関(トラムウェイやバス)でのアクセスも便利。
ボルドーの観光協会の冊子やウェブサイトも、観光がてら寄れるおすすめスポットとして紹介されている。
とはいえども、最近首都圏にも増えている近代的なワイナリーではなく、長い歴史のあるシャトーだ。
見学料は、2種類のワインのテイスティング付きで55ユーロから、フランス語と英語対応。
歴史
かつてはシャトー・オーブリオンの畑だった
このシャトーはかつて、メドックの5大高級シャトーのひとつ、オー・ブリオンの所有地だった。
シャトーの歴史は中世に遡る。
1584年に初代オーナー、ジャン・ドゥ・ポンタックが101歳の時、パレスチナで生まれたカソリックのカルメル修道会にこのぶどう畑を寄贈した。
歴史に翻弄される
修道会のシャトー
オーブリオンからの寄贈後、ここではカトリック系カルメルの修道士によってワイン作りが行われた。
シャトーの名前は、この修道会の総本山があるイスラエルの「カルメル山」(「神のぶどう畑」という意味)にちなんで名付けられた。
しかし1789年にフランス革命が起り、政治と宗教が切り離され、シャトーは教会財産として国に没収された。
フランス革命後
1840年、地元のワインネゴシアンのレオン・コランが、このシャトーを購入した。その後は彼の子孫のシャントカイユ一族が数代に渡り、この土地を守っていく。
現在もシャトーの敷地に佇んでいる美しい邸宅や風光明媚な庭園が建築されたのも、この一族によるものだ。
現在のオーナーは不動産ディベロッパー
2010年に、地元ぺサックに本社を構える不動産ディベロッパーのパトリス・ピシェ氏がシャトーを買収した。
彼はフランスの国内長者番付にもランクインされている資産家で、大のワイン愛好家。フランスのプロサッカーのFCジロンダン・ボルドーのスポンサーでもある。
充実したガイド付見学
自然と人が織りなすぶどう畑
ブティックにはいると、きどらない笑顔が素敵なマダムが私たちを待っていてくれた。軽く挨拶を交わし、さっそく見学開始。
まずは敷地内の畑を見学。
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住宅地の中にあるこのシャトーの敷地は、約10hと小さめだ。
ボルドーの市街地は車の往来が多く、都会ならではの喧騒が常にあるのだが、一旦シャトーの、敷地に入ってしまうと、もうそれを感じないくらいに静かだった。
耳を澄ませば、虫がブーンと飛んでいるのが聞こえるほどだった。
この見学の時期はもうはるか昔、9月下旬に遡る。この時期はちょうど黒ぶどうが収穫を迎えるタイミグで、「どっしり」という言葉が似合いそうな、もう十分に凝縮していそうなぷりぷりした黒ぶどうたちは、まるで収穫を待っているかのように見えた。
「毎日ぶどうをつまんで味を観ながら、収穫のタイミングを見ているんですよ」
この日はまだ熟し具合が十分ではなく、収穫の時期ではないようだ。
あぁ、これだ・・・(感動のため息)
ワインの「なぜ」にすぐに、的確に答えてくれる、ガイドさんの存在。
こんなささいなやりとりにひとりわなわなと、喜びで(もしくは自転車こぎ過ぎて疲労で)震える私。
畑の先には蔦のはった、古くて立派なお屋敷が控えていた。
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とても素敵な建物ですね。ここにはオーナーが住んでいるのですか。
「このシャトーのオーナーは、2010年に変わりました」
この買収によってシャトーは不動産ディベロッパーのものとなったが、しかしフランスではよく、昔の持ち主が高齢等の理由で、亡くなるまでそこ住み続けることができる契約方法があるらしい。
この買収もしかりで、昔のオーナーのおばあさんは2020年に103歳で亡くなるまで、この屋敷に住み続けたそうだ。
屋敷はは今、老朽化が進んだ状態で中に入るのは危険だが、今後は、一般見学者も入れるようにリノベーションされるらしい。
動物や植物との共生
とはいえオーナーが変わってもなお、ぶどう栽培は昔のやり方が引き継がれているようだ。この畑は、今まで訪問したワイナリーの畑の中でもとびきり、虫のわきかたが尋常ではなかった。これは多分、自然に近いということなのだろう。
その様子は、幼い頃に家で牛を飼って、その牛の糞で畑を肥やしていた、今でいえば有機農法をあたりまえに行っていた農家の友達がいたのだが、その友達の家に行くときに感じた雰囲気に似ていた。
畑を進むと、大きな何かが動いている。
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「こっちが、エレナ。あっちは、ゴスペル。エレナ、ボンジュール?元気?え、元気じゃないの? 」(爆笑)
エレナに、ゴスペル。
馬の愛称だ。
この畑の力仕事を担う、労働者(馬)。
収穫の時期に、ぶどうを食べてしまうことはないのですか。
「大丈夫、馬にはぶどうは甘すぎるから」
馬の周りには、大量の虫がぶんぶんと音を立てて飛び交っていた。
畑を一周したところに、小川が流れていた。
そしてまた動物に遭遇・・・・・・?
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とてもリアルな、ワニのオブジェが小川の岸辺で私たちに襲い掛かろうとしている。
なぜここでワニかは謎だけど、きっと現オーナーの好みなのだろう。
ワニの先にはカモの親子(本物)が縦に列をなし、水辺をゆっくり移動していた。
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小川を挟んだ南側の畑には、カベルネ・フランが植えられている。ちなみにこのシャトーでは近年、カベルネ・フランの栽培に力を入れているようだ。
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「オンニヴァ!(どんどん行きましょう)」
最新技術がとアートが融合している醸造施設
建物のシルエットの秘密
畑を一周したところで、小川に沿ったところにとても近代的な、黒光りしたメタリックな建物の方へ案内される。
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「あそこが私たちの醸造施設です。ボルドーは港の町でしょう。あの建物は、ひっくり返った船をイメージしてデザインされたものです」
ミニマルな空間に最先端の技術が投入された機能性と芸術性が融合したこの建物は、2015年にデザイナーのフィリップ・スタックと地元建築士のリュック・アルセーヌ・アンリによって作られ、2016年から一般公開されているそうだ。
確かにタイタニック号みたいな、先がとがった豪華客船のようだ。
「とても小さな建物ですが、必要なものは全て揃っています。」
なんだかここも、伝統とテクノロジーが融合しているような、独特なシャトーだな。
船をひっくり返したような黒い建物の中に案内される。
機械がゴーゴーと大きな音を立てている。そして中に入ると、ぶどうの香りががモワっとした。
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アーティストが手掛ける醸造設備
醸造所は、外から見ると小さく見えたが、中に入ると予想以上に天井が高く、広々としていた。
1階はワインを醸造するメタリックな機械が設置されていて、穫れたての黒ぶどうが、圧搾されるのを控えていた。
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「この機械を使ってぶどうの選定をします。収穫されたぶどうはまるごとこの機械に入れます。私たちにとって重要なのは、ぶどうの果実よりも茎部分がしっかり成熟していることです」
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そしてその先には巨大なステンレスタンクが並んでいて、一部は独特で色鮮やかなイラストが施されていた。
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「2017年から毎年、アーティストをひとり招待し、コンクリートタンクひとつに絵を描いてもらっています。タンクはまだ6個あるので、あなたがアーティストでしたら、いつかぜひ絵を施してくれませんか」(笑)
絵のテーマはやはり、ワインですか?
「絵を描くときは、その年を象徴するものをお願いしていますが、それでもやはり、ここでワインなしなんてありえないでしょう」
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らせんの階段で2階に上がると、静謐な空間にサイズの異なる樽が並んでいる。
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ここでセカンドワインでも12ヶ月、ファーストは24ヶ月間熟成される。
「1階で醸造されたワインは、2階で熟成されます。カベルネ・フランはよりフローラルに、メルローもよりアロマティックになるよう、木樽で寝かせます」
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木樽はステンレスとは違い、わずかに空気を通す力だある。また、木の香りがワインに移り、ワインの質も変わっていく。
「最近ではアンフォラも取り入れています。去年は生産されたワインの8%はアンフォラを使って熟成させているんですよ」
立派な樽の先に、小学生低学年くらいの高さのアンフォラがある。上にはガラスの実験道具のような装置が設置されている。なんだこれ。
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「これ、気になるでしょう〜」
私たちが興味深そうにしているのを見て、マダムはニコニコしながら説明を続ける。
「これを皆さん興味深そうにしていますが、これは亜硫酸です。ガここでワインの酸化の管理をしています」
液体上の亜硫酸が気体になり、結晶化する話を聞き、よく分からなくて数回繰り返してもらったが、それでもよく分からなかった。ここはもっとよく調べ、リライトしたい(すみません)。
ガラス張りのワインセラー
ガラスケースには、このシャトーのヴィンテージだけではなく、年代もののボルドーワインが飾られていた。
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「さて、テイスティングをしましょう」
試飲
受付のあるブディックに戻り、カウンターで試飲。
「うちのワインの流通量はそれほど多くありません。それでも日本とは、いくつかの会社と取引をしています」
大手エノテカとの取引もあり、日本は3番目くらい大きな取引先らしい。
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左 : ル・セ・デ・カルム・オー・ブリオン(セカンド)
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ここのワイナリーのラインナップは2種類。
最も大きな違いは、ブレンドされる品種。
ファーストの方には、このシャトーが栽培に力を入れているカベルネ・フランが41%以上を占めている。
セカンドの方には入っておらず、カベルネ・ソーヴィニョン、メルロー、プティ・ヴィルドの3品種。
個人的にはカベルネ・フランの青臭さが苦手で克服できず、今回もメルローの華やかな甘味とこっくり感が強めのセカンドの方が、おいしく感じた。
◆
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朝から昼にかけて痛いくらいにまぶしかった太陽は、いつのまにかすっかり西の方へ傾きはじめていた。
自転車漕ぎで溜まった疲れとおいしいワインと、この日1日が無事に終わりを迎えようとすることの達成感もあいまって、夕暮れの柔らかなこもれびがいっそうここちよく感じた。
伝統と挑戦が今後、さらに素晴らしいワインを生み出すことに期待。
おまけ
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アキテーヌ名物、プルーンの赤ワイン漬
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(英国王室滞在で、英国ロック色に染まっていた)
参考
公式ウェブサイト↓
その他参考記事↓
https://avis-vin.lefigaro.fr/tops-selections-vins-spiritueux/o157055-guillaume-pouthier-chateau-les-carmes-haut-brion-elu-meilleur-vigneron-de-france-par-le-figaro-vin-se-croire-arrive-c-est-le-debut-de-la-fin