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⑧今世ではもう、誰も傷つけたくない。




前回の続きです。




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石畳の牢獄。


牢獄の中には自分しかいない。


外には甲冑を着た兵士。



後ろ手で縛られたまま、横に転がっている状態。


片足には鎖。




どれくらい時間が経ったのだろうか…。




咳き込むと血が混じる。




痛みも伴い呼吸も浅く、息がうまく吐けなかった。


足と肩が腫れ上がり


片目も霞んで見えなくなっていた。




牢に兵が入ってきた。


力の入らない体を持ち上げ運ばれ、馬車の荷台に乗せられた。



向かう先は決まっている。




荷台の囲いの隙間から見える景色。




ほんの少し前までいたのに。



懐かしかった。


随分と長い間離れていたような気分になる。




城内に入った。




ここで10年以上過ごしたんだな…。


見知った廊下を後ろ手に縛られて、片足は動かず引きずられて歩く。




こんな最悪な状況であるが、最悪の最悪ではない。





謁見の間の扉が開く。



眩しかった。




エリオットの後に続いて歩かされ、



部屋の中央に突き出される。




そこには…王子、王子付きとその他の仲間達。



王子は座っていた。

そして横に並んでいる仲間達。


いつもの風景。




表情まで見えなかったが、





“かっこいいな…”



素直な感想だった。


そこに自分もいたんだ。



誇り高かった。






王子付き達の反対側に、エリオットの配下達。


知見者や国の重鎮達。



そして、中立の教会の者達…沢山の人がいた。



一瞬のざわめき。



そして、すぐに静まり返った。




エリオットが剣を抜いてジャックの首に当てる。



沈黙を破った声が聞こえる。




「これはどういう事だ。」



王子の声だ。




耳が無事で良かった…。


変わらない、安堵するような落ち着いた声だった。



ジャックの内心とは別に、周りには緊張が走っていた。




エリオットが叫ぶ。


「兄上!!裏切り者です!!!!」





ジャックの髪を掴みながら嬉しそうにエリオットは話し始めた。



「この者は西の国のスパイです!我々が調べあげました。間違いありません!!」



その場にいたすべての者が動揺していた。



ジャックが用意していた西の国の紋章のペンダントをかかげ、エリオットは得意げに経緯を話していた。




(うまくいっている)


ジャックはそう思っていたが、王子や王子付きの仲間の顔は見れなかった。


命令違反をしてこのザマ。


情けない上に恐ろしくて見れなかった。



エリオットは何がそんなに嬉しいのか、意気揚々と話す。


王子の揚げ足を取っているつもりなのだろう。


いつまでもエリオットはベラベラと喋り続けていた。



(こんな男のどこに王の器があるんだ。)



エリオットの配下達からもジャックへの罵倒などの声が聞こえてくる。


もちろん、事情の知らない王子の配下などからも。



一通りの話を終え、エリオットは満足した様子で王子を見据えた。


「さぁ、兄上…どうしますか?この場で私が殺してもいいでしょうか?」



持っていた剣を振り上げる。



「…。」




押し黙っていた王子が口を開いた。



「裏切り者には死を。首など跳ねる必要は無い。」




「ジャック、飲め。」




毒薬だ。


王子の指示で瓶に入った毒薬が運ばれてくる。



目の前に来たのはルーラだった。





可哀想に…。


青ざめて震えている。



ルーラの顔に外傷は無い。


良かった…レオンさん達に殴られなかったんだな。




色んな思いが駆け巡った。



ごめんな…。


嫌な役をさせてしまった。


そう言いたかったが声は出ない。





後ろ手に縛られていたロープが解かれ、板に乗せられていた毒薬を取ろうとする。


片手しか動かなかった。




耳元でルーラが囁いた。



「半分残せ」




(ルーラ…、ごめんな。



それじゃダメなんだ…。)






責任を取るという事。


それはどういう事かというのは、今までずっと見てきた。




かっこいい背中をずっと追い、見てきた。



だから逃げれない。



守りたい。



未来を守りたい。





そこにある未来を。





ルーラが元の立ち位置に戻った。







そして…


ジャックは瓶の毒薬を一気に飲み干した。







(ここからだ。



耐えろ。



無様に叫ばないように。


これは、俺が勝手にやった事。

仲間達にキズを残すな。



耐えろ!!!!!!!!)





毒を飲み干した瞬間…


咳込み、


何とも言えない激痛と共に血が口や鼻から噴き出した。




(耐えろ!!!!!!)



体が痙攣して、崩れ落ちる。



無様な姿だけは見せたくなかった。



声を上げないように自らの手で口を塞いだ。




奥歯がガチガチと震えるから、見えないように動かない方の手を思い切り噛んだ。




食いしばって耐えた。



血は止まらない。


ボタボタと零れ落ちる。






“本当に死ぬんだ” 




知っていた。


知っていた!!


分かっていた!!!




…そこで初めて実感した。



“死”





そして…。


今まで自我で抑え込んでいたが、死への恐怖がジャックを支配し始める。








“これでよかったのか?”




“余計に悪い結果になってしまったら…”



“自分のした事は間違っていたんじゃないか?”



“とんでもない事をしてるんじゃなか。”








最期に目に映ったもの。




それは、並んで立つ足。



並んだ仲間たちは微動だにしていなかった。





目の前が赤くなる前に目に入った王子。



ぼやけて表情までは見えなかったが…。


座っていた。



誰も、動いてはいない。


そうさせているのは自分。




信じてはいる。

自信もある。



愛されていたはず。





しかし、


それは“夢だったんじゃないか”と思った。





本当にただの裏切り者として死ぬんじゃないか?



本当に自分は西の国の人間でスパイだったんじゃないか。



その恐怖が、真っ黒な塊としてジャックを飲み込む感覚だった。






仲間達は誰も動いてはいない。



勝手な話だが、死を前にした時に感じた感情。


寂しかった。


けど、それはジャックの死を…、ジャックが持ち込んだ情報を無駄にしない為だと分かってる。





揺るがないと信じていても、


自信がない。




分かっていても、悲しい。

 





相反する感情だけが強烈に駆け巡っていた。




「ごめんなさい」





王子が王になる姿を見たかった。


仲間と一緒にそこに立っていたかった。


悲しませたくなんかなかった。







一緒に、未来へ行きたかった。





それでも、自分のした選択は役には立てるはず。



未来へ繋ぐ。





しかし、死への恐怖からか何が“現実”がよく分からなくなっていた。





黒いものに包まれる感覚を持ちながら…









ジャックの人生は終わった。






そこには…。


ルーラのみ泣き崩れ、


王子と他の王子付きは歯を食いしばり動かずに…ジャックの最期を見届けていた。



ジャックが事切れた事をエリオットは足で踏みつけ確認した。


「兄上!!貴方はスパイを何年も招き入れていたのですぞ!!この責任はどうされますか!?私はとても残念でならないですよ、兄上!!」




エリオットの声だけが、高々と響いていた。





次回は…


その後の物語…。















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