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固定観念を捨てる生き方
「プライドを捨てられたのが、ひとつの理由かもしれません」
彼は相手の年齢など関係なく、誰に対しても丁寧で腰が低い。その理由を尋ねたときの返答だった。
プライドは捨てようと思っても、簡単に捨てられるものではない。年下の後輩に横柄な態度を取られると、ついイラッとしてしまう人も多いのではないだろうか。
プライドを捨てるにも勇気と覚悟がいる。彼にはそれだけの壮絶な人生経験があった。
※本記事は、2022年1月に行ったインタビュー取材をもとに作成しております。
果敢に挑戦する人生のルーツ
蜂巣稔(はちすみのる)さんは、現在54歳。蜂巣さんと私は、2021年7月末から半年間受講した「編集ライター養成講座」の同期生。
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クラスが違い、会話する機会がなかったが、12月に行われた忘年会で初めて話をした。そこで、2021年3月に大手企業を退職、31年間の会社員生活を卒業し、起業したと聴いた。何か只者ではないではない雰囲気を感じ、それ以来私の注目の的となった。
蜂巣さんは東京都出身で3人兄弟の長男。大学時代は山岳部に所属し、厳しい練習を乗り越えた。4年生のときには単身でアフリカへ行き標高5,895mのキリマンジャロの登頂に成功。26歳のときにはヒマラヤの未踏峰への遠征隊に参加し7,005mまで登ったという。
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大学卒業後は、ありきたりな企業には入らず、外資系ITベンチャー企業に就職した。当初は企業向けサーバーの営業だったが、営業企画部門に異動し、その後物流(ロジスティクス)部門で本領を発揮する。
31歳で先輩の紹介で知り合った女性と結婚し、3年後に一人息子が誕生。
35歳のときに、元上司との縁で大手飲料メーカーへ転職。物流部門でSCM(サプライチェーン・マネジメント)業務や原料の供給計画業務を担当した。転職先の外資系企業では、実績を求められ、忙しい日々だったが、やりがいを持って勤めていた。
43歳でシングルファーザーになる
最初の転機となったのは43歳のときだった。最愛の妻を病気で失った。息子はまだ小学校3年生になったばかり、8歳だった。
その後の生活は、息をつく暇もなかった。息子の学校生活に影響がでないように、学校からの配布物や連絡帳にはしっかり目を通した。絵の具やリコーダー、習字道具などの教材や道具を申し込んだり、縫取りをしたり、運動会のゼッケンを作ったりと、やるべきことはすべてこなした。
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会社での激務を遂行しながら、主夫をもこなす一人二役を演じた。朝は5時に起き、朝食を作って息子を送り出す。高校までは毎日弁当も作った。ひとり親だという不利な状況に甘えず、将来を考えて教育には一切手を抜かなかった。
そんな生活のなかで、固定観念が壊れていく経験をした。
息子の授業参観に行けば、まわりは母親ばかり。一斉に注目を浴びる。そこには「子育ては母親がするもの」という概念があった。世間的には珍しいシングルファーザーという立場に臆することなく、どうやったらママさんたちに溶け込めるかを考えた。
そうして家事や子育て経験を重ねるうちに、女性的な視点や母性的な意識が芽生えた。ママ友と話をし、飲み会に男ひとりで参加することも多くなるに連れ、いつしかそれが普通になった。
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「仕事と家庭の両立は正直、キツかったです」と蜂巣さんは当時を振り返る。
息子が不登校になったこともあった。過労とストレスで倒れ、救急車で運ばれたこともあった。
勤めていた外資系企業は、ドライな世界。今年いい実績を上げたからといって、来年の地位が保証される訳ではない。多くの日本企業のように、長期雇用が当たり前ではないのだ。
社会では、シングルマザーへの理解や制度はあるものの、ごく少ないシングルファーザーへの理解は得られにくい。公的な補助金でも、シングルマザーはもらえても、シングルファーザーは対象外の制度もある。マイノリティーへの配慮が少ない、世の中の不条理を感じた。
会社からの卒業
会社の卒業を考えはじめたのは、48歳のとき。転機があった。退職するか、大幅な年俸ダウンで残るか。苦渋を飲んで年俸ダウンを受け入れて、会社にすがりついたものの、会社に依存する人生から脱却する必要性を痛感したのだった。
その後は、セミナーに参加したり、書籍を読みあさったりして「企業に雇われる側」からビジネスオーナーになる道を考えはじめた。資産形成や投資の勉強もした。ブログを書いたり、物販に挑戦したりもした。
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詐欺まがいのビジネスに引っかかったこともあった。失敗もしたが、自己啓発を進めることで、会社に頼らずに生きる可能性を感じた。
そして2021年3月、53歳で念願の退職。息子はまだ受験生で、大学卒業まで最低4年はかかる。それでも、なぜ今だったのか。
「歳を重ねるに連れ、時間の大切さを感じている。60歳になったときの時間と53歳の時間は違う。今できても、10年経てばできなくなることも多いし、時代も変化する。後悔しない人生を送るために、自ら人生を創っていこうと考えた」
会社を離れて、一番感じているのは「精神的にも肉体的にも健康になった」こと。それほど、組織で働き続けるにはストレスに耐え抜く精神力と体力が必要なのだ。
退職後、フリーランスというスタイルもあるなか、あえて会社を立ち上げ、起業した。リスクを抑えるため社員は雇わずひとりで起業。費用も最低限に抑えられる合同会社という形をとった。
「起業したことで、マインドセットが変わった」そう語る蜂巣さんの行動には、他の人とは違う強い覚悟が感じられる。
ライターとして生きる
今後は、起業し文書を書くことで生きると決めた蜂巣さん。
会社員時代は、文章を書く仕事ではなく、数値管理などを行いロジカルに進めるのが主業務だった。どこでライターと結びついたのか疑問に感じたが、文章を読むとその疑念は払拭された。
文章が抜群に上手い。子供の頃から本を読むことが好きだったが、当時は取り立てて文章が上手ではなく、国語の成績も普通だったそうだ。ただ、仕事で文章を書く際、一つだけ意識していたのは「読み手がイメージしやすく、わかりやすい」文章を心がけていたことだ。
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蜂巣さんの文章は、読み手側から見て、わかりやすい工夫がなされている。やや専門的な用語には、さらりと補足を付け加える。情景描写や言葉選びも小説を思わせるほどに巧みだ。
そのなかにも、独特のロジカルな視点が垣間見られる。論理的な文章構成と絶妙な言葉選び。これが蜂巣さんの真髄だと感じる。
ライターとして目指す方向は「人と人を言葉でつなげていきたい。ストックやフローの文章ではなく、トリガーになるような文章を書いていきたい」と蜂巣さんは話す。
ただ、情報としてストックされたり、さらっと読み流される文章ではなく、心を動かし、その文章が読み手のトリガー(きっかけ)になり、新たな行動につながるような文章を目標としている。大きな志を抱き行動する人や企業、団体に焦点を当てて、世に伝えるのも社会的意義が強い。
ボランティアをした経験もあるフードバンク(企業や個人からの寄付を基に、食事に困っている団体や個人に食品を無償で配布する)事業を行うNPO法人セカンドハーベスト・ジャパンについては、編集ライター養成講座の卒業制作で取り上げた。
固定観念を捨てると視野が広がる
蜂巣さんは「私は生徒。私以外は皆先生」とnote (クリエーター向けの投稿サイト)で書いている。まわりから得た情報には素直に従い吸収する。
ただ、やらずに決めつけることはなく、自分でやってみて判断する行動力も持ち合わせている。
吸収力と行動力。
誰かに命令されなくても、自らを律し、前に進んでいく姿をみて「蜂巣さんと出会えて良かった」と心から感謝する。自ら行動を示し、まわりに影響を与える。蜂巣さんと会話をしていると、刺激を受けて、行動したくなる。
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「プライドが高いのは『年上はこうあるべき』『男はこうあるべき』などの”先入観”や”固定観念”に囚われているからだと思う。その概念を壊さざるを得ない環境を過ごしたから、今の私があるのだと思う。男性とか年功序列とかは今の時代はクールではないと思っている」と蜂巣さん。
確かに、日本社会では過去の固定観念に縛られ、同調圧力を感じる場面が多々ある。無意識のうちに「◯◯はこうあるべき」という概念で人の行動をジャッジしがちだ。
54年間、波乱万丈な人生を送ってきた蜂巣さんから、あえて後輩へ伝えるとしたら、どんなことがあるか。
「固定観念を捨てるために、広い視野で情報を集めると良いと思う。例えば仕事に行き詰まりキャリアチェンジを考えるとき、転職がデフォルト(当然・標準)ではなく、違う選択肢がたくさんあると知ってほしい」
今の社会に「生きづらさ」を感じて、堅実に生きようとする人は少なくない。しかし、日本はそれほど危険な国なのか。
「昔のように身分制度に縛られることもない。年金制度や失業保険、健康保険や生活保護などのセーフティネット(社会保障)も整備されている。ネット社会が進化し、費用をかけずに誰でも収入が得られるようになった。生きるか死ぬかの瀬戸際にさらされるリスクは少ない」と蜂巣さんが語るように、私たちは、生きることに臆病になり過ぎているのかもしれない。
「固定観念を捨てて、人生を創っていく」
まだまだ同調圧力が強い社会で、このスタイルを貫いていく蜂巣さんの今後に目が離せない。
(了)
蜂巣稔さんのnoteはこちら
最後までお読みいただき、ありがとうございました。