【50代恋愛短編小説】朝のオフィス
佐藤は毎朝、誰もいないオフィスに早く着くのが習慣だった。静まり返ったフロアは、まるで彼だけの秘密の場所のようで、心の中の雑音が消える。コーヒーメーカーが静かに動き出し、香ばしい香りが漂うと、彼は一杯のコーヒーを手に、窓際の席に座った。
その日も、いつものようにパソコンを立ち上げ、メールをチェックする。しかし、ふと視線を窓の外に向けると、街が徐々に目覚めていく様子が見えた。太陽が昇り、周囲のビルが金色に輝き始める。彼の心の中に、何か新しい気持ちが芽生えてきた。
「早く来たね、佐藤さん。」
その声に振り返ると、同僚の高橋が立っていた。彼女はいつも遅くまで残業している印象があり、朝早く来ることは珍しい。彼女の手には、まだ蒸気を立てるコーヒーがあった。
「君も早いね。最近、朝活でも始めたの?」
高橋は微笑みながら、「そうなんです。朝の静けさが好きで」と答えた。彼女の目は輝いていて、佐藤はその瞬間、自分が見落としていた何かに気づいた。
「良ければ、一緒に飲みませんか?」と彼が提案すると、高橋は驚いた表情を浮かべたが、すぐに頷いた。二人は窓際に並び、朝の光を浴びながらコーヒーを飲んだ。
「こんな静かな時間、いいですね。」佐藤はつぶやいた。
「はい。普段は忙しくて、こんな風に話す機会もないですもんね。」
彼女の言葉に、佐藤は思わず頷いた。日々の忙しさに流され、心の余裕を失っていたことを実感した。高橋と話すうちに、彼の中で新たな感情が芽生えていくのを感じた。彼女の笑顔、軽やかな声、そして何より、彼女が持つ静かな強さに惹かれていく自分がいた。
「また、朝一緒に飲みましょう。」彼は少しドキドキしながら言った。
高橋は驚いたように目を大きくし、その後、微笑んで「ぜひ、そうしましょう」と答えた。その言葉が、佐藤の心に温かい光を灯した。
それ以来、二人の朝は少しずつ変わっていった。高橋がオフィスに着くと、佐藤は待っていることが増え、彼女も彼を待つことを楽しみにするようになった。互いの小さな日常が交わり、言葉を交わす中で、心の距離が徐々に縮まっていく。
ある朝、佐藤は決心した。「高橋さん、実はずっと言いたかったことがあるんです。」
彼女は少し驚いた顔をしたが、真剣な表情を崩さなかった。
「僕は、君ともっと一緒にいたいと思っています。」
高橋の目が瞬き、彼の言葉を受け止める。その後、彼女はゆっくりと微笑み、言葉を紡いだ。「私も、そう思っています。」
二人の心の中で新たな恋が芽生え、静かなオフィスの朝は、これからもっと色鮮やかに染まっていくことだろう。佐藤は、新しい未来への期待で胸が高鳴り、再びコーヒーを淹れることにした。