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【フォレスト出版チャンネル#169 】ゲスト/校正者|「校正者」とはどんな職業なのか?(後編)
このnoteは2021年7月7日配信のVoicyの音源「フォレスト出版チャンネル|知恵の木を植えるラジオ」の内容をもとに作成したものです。
校正者は文字を一つ一つ押さえる
今井:フォレスト出版チャンネルのパーソナリティを務める今井佐和です。本日は昨日に引き続きまして、校正者の広瀬泉さんをゲストに、編集部の寺崎さんとともに「校正者とはどんな職業なのか」をテーマにお届けしていきたいと思います。広瀬さん、寺崎さん、本日もよろしくお願いいたします。
広瀬・寺崎:よろしくお願いします。
今井:昨日は校正者という仕事の具体的な内容でしたり、広瀬さんの実際に体験されたエピソードを中心にお話を伺いました。本日はさらに突っ込んで校正の奥深い世界を覗いていきたいと思います。では、早速なんですけれども、広瀬さんは校正の世界に入って、まず先輩の校正者さんから色々レクチャーがあるかと思うんですけれども、どんなことを教わりましたか?
広瀬:校正というのは文字の誤りを直すとか、文字の抜けを直す。そうすることによって、著者のお考えを正しく伝えるということがあるんですよね。実は校正者の読み方は、普通の読者の読み方と違うんです。私が一番最初に習ったのは、文字を一つ一つ押さえなさいっていうことです。
今井:押さえる?
広瀬:つまり、例えば「フォレスト出版」とあれば、「フ」を押して、「ォ」を押して、「レ」を押して、「ス」を押して、「ト」を押して、「出版」の漢字を押して、チャンネルとパーソナリティと1つ1つ押さえます。 読者の方はそんなことしていたら、話が見えませんから。
今井:(笑)。
広瀬:私はどちらかって言うと、それが苦手な方なんですよ。だから、見落としが多いんですよ。今やったみたいに、1つ1つ押さえればわかることなんですけれども。例えば「おはよう」という言葉がありますよね。それが「およはうざごいます」になっていても、人間の脳はかたまりで読むらしいんですよ。脳はすごくお利口だから。だからパッと読んじゃうと、「およはうざごいます」になっていても、「おはようございます」って読めちゃうんですよ。だから文字を1つ1つ押さえます。そうすれば引っかかるでしょ。
今井:はい。今、「およはう」っていう字が私の手元にあるんですけど、確かに「おはよう」って脳は読みますね、これは。
「知っているふりをしちゃいけない」のスタンスが大切
広瀬:例えば、お互いに挨拶をしている場面だったら、もう絶対的にそうなっちゃうんですよ。だから私はいつも私より年が若い先輩とか、それから昔は出版社に校閲部っていうのがあったんですけど、そこの女性からいつも怒られていたのは、「広瀬さん、時間なくて急いで読んじゃったでしょ?ダメよ」って言われるんです。それと、もう1つ校正者にとって大事なことは・・・。1番は基本ですよね。誤植を直すということです。2番目には、知らないことは知らないってすることが大事なんですよ。例えば、前回、鎌倉時代の話をしましたが、1192(いい国)っていうあれですよね。年号は1192年、1190年ですか(笑)。
今井:そうですね。昔は1192(いい国)つくろう鎌倉幕府というような年号の覚え方でしたね。
広瀬:それが本当かどうかって、実は調べなきゃいけない。私はうろ覚えだから。さっきも申し上げましたけど、私は色々なジャンルをやっているので、知らないことばかりなんですよ。例えば源頼朝の異母弟に木曾義仲がいて、〇〇がいて、とかあると、なんとなくそうかなと思っちゃう。来年(2022年)の大河ドラマは北条の「鎌倉殿の13人」というものらしいんですけど。つまり知っていると思っちゃいけないんです。知らないことを知らないとして調べる丁寧ささえあれば、校正者はできるんですよ。ただ時間に急かされる場合もあるので、普通校正者というのは1人たてて、それからもう1人別の方をたてるんですね。私が最初に読んだものを直しますよね。それが印刷所に行って直って返ってきます。そして、直って返ってきたものをもう1人の方が読む。または、私がもう1度読むこともあります。それでもやっぱり見落としは山のようにあるんですよ。校正者は(仕事ではない)自分の読書の時はには、一切気にしないんですよ。文字を拾って、過ちがあるなあとかなんていう読み方はしないんです。でも、やっぱり読者の方はたくさんいらっしゃいますから、読んでいると間違いを見つけますよね。それが2番目に大事なことですかね。知っているふりをしちゃいけないということですね。手間を惜しんではいけないということです。
図書館の司書は校正者の重要なサポート役
今井:ちなみに校正で時代考証、いわゆる作品に用いられている衣装や道具、風俗とか作法について題材となった時代のものとして合っているかどうか、そういったところまで調べるというお話も伺ったんですけれども、実際に校正者の方はそこまでされるんですか?
広瀬:僕がやったのは怪しげなピンク小説で、明治時代の話でしたけれども。ピンク小説でもその著者の方は時代考証にとてもうるさい方で、ピンク小説というのはご存知のように書かれているのは、男の人と女の人が出会って仲良くなってどうこうっていう本当に内容というのは簡単なものなんですね、基本的に。でも、その方は時代考証にとてもこだわられたんです。その時には「明治5年、女学生が髪をマーガレットに結ってリボンを付けて、茶の袴をつけて、サーベルを下げた巡査の前を自転車で通っていった」という叙述があるんですよ。で、僕は調べたんですよ。これはちょっと話がずれちゃうんですけど、調べる時に自分に能力がないので図書館に行くんですよ。図書館の司書の方を私は少し宣伝したいんですけれども、「この叙述が合っているかどうかを調べたいので、服装史の本と巡査の服装が書いてある本と、女学生のマーガレットという髪型の本を確認したいのですが、お助け願いますか?」と図書館の司書さんに聞いたんですね。全部、調べてくれましたね。
今井:図書館の司書さんが!
広瀬:司書さんって実は大事な役目なんですよ。私も時間さえあれば、例えば1冊の本をだいたい今はお時間を頂いても長くて20日間、短ければ1週間ぐらいでしょうかね。その間でそういうことをお尋ねする時間がないものですから、あまり時代小説はやらないようにしているんですけれども、こういう風俗的なものとかっていうのはやっぱり分からないから調べなきゃいけない。で、ポルノ小説ですけれども、やっぱりその方がそういうものにこだわっていらっしゃったので、できるだけその意に沿いたいなと思って調べました。でも、自分ではできないから図書館を利用するってこと。これは是非リスナーのみなさんに宣伝したくて、図書館はレファレンスっていう資料参照という役割があるので、何かをお調べしたい時には図書館に行って伺うのがいいと思います。そういうことをやったことがありますね。
今井:この短い一文の中でも服装史だったり、巡査の色々だったり、マーガレットという髪型についてだったり、色々と調べなきゃいけないことがあるんですね。
広瀬:さっき言った話とも合わせて考えていただけるとありがたいんですけどけ、「ありそうだ、読めそうだ、本当そうだ」っていうのが校正者の敵なんですよ(笑)。
今井:牛肉とかが入ってきたのも最近だったりするから、江戸時代で牛肉の表記が出てきたら・・・とか、そういうのも普通に読み飛ばしてしまいそうな自分がいるので、本当に気づく力が大事だなって思いました。ちなみに個人的な興味なんですけれども、校正者さんは色々とやることが多いなあって思うんですけれども、三種の神器みたいな必須のツールっていうのはあったりしますか?
プロ校正者の必携ツールとは?
広瀬:これは大事だと思います。知らないことを知らないとするっていう姿勢が必要ですよね。その時に手元に調べるものがあるということはとても大事なことで、今はすごく便利になりました。私はデジタルのものを使っていないんですけれども、色々な大きな辞書でもデジタルのものを購入できるようになったんです。例えば歴史であるとか、国語であるとか。まあ、私は昔の人間ですから、まず大事なのは国語辞書なので、国語辞書は5つか6つあります。でも、さっき言ったように国語の辞書はやっぱり作品なんですよね、編集者にとっては。つまりたくさんのご本を読みになって、その中から言葉を選んでつくられているので、辞書によって違うんですよ。
今井:確かに。高校生の頃に色々な国語辞書を読み比べて、私は新潮社の表記がお気に入りだったので愛用していたんですけど、校正者の方は6つくらい用意して、それを色々読むという感じなんですね。
広瀬:小学館の国語大辞典で、もう何十巻っていうのがあるんですけれども、お金がかかるので、私はその廉価版の3冊のやつを持っていますけれども。あとは漢和辞典、国語辞典、それからことわざ辞典、それから英語辞典は持っていますね。大きいのと小さいのと。それからおまけでフランス語とかドイツ語の事典も持っていて、あとは類語辞典だとか。今は便利になったのは、1つはネットがあることですね。昔は地名辞典とか、人名辞典っていうのを持っていたんですけど、今は地名、人名についてはネットで検索できますし、各自治体がホームページをつくっていたりするので。ただそれも信用ができないところがあるので、間違えることはあるんでしょうけど、とても便利になりました。あと、古語辞典も持っていますね、あと山名辞典とか。山の名前の事典です。
今井:山の名前の辞典!?なかなかレアな辞典ですね。
広瀬:あとは年表ですかね。
今井:年表も。
広瀬:はい。それから理科年表とか。例えば太陽と地球の距離とか、地震が何年に起こったとか、理科年表っていうのがあるんですけど、そこに大昔に地震が起こって、被害はどうだったとかそういうものが出てるので、昔はそれを使ってましただけども、今はネットがあるので、例えば安政の大地震なら、「安政の大地震」って検索すれば出てきますから。インターネットが出てきて、そういう意味ではすごく便利になりましたね。あと、捕物帳を連載でやったことがあるんですけど、その時には『江戸明治東京重ね地図』って言って、これは商品名ですけれども、江戸時代の町名とか。この町を通って、この町に行って捕物をしたっていうのが出てきたら、本当にそこへ行けるのかなとか、どれぐらいかなっていうのは、時間があると見ながらやるので、そういう辞書も持っています。まあ、基本的には図書館に行けばそういうものはあるのですけれども、自分でもいくつか持っています。あと基本文献は古事記だとか日本書紀だとか聖書だとか、そういういくつかの文献、古典は文庫本が出てるので、文庫本をいくつか所有しています。まあともかく辞書は必要です。
今井:もう本当に文字の名探偵と言うか・・・。そんな感じが聞いていてしました。
広瀬:私は「ザルの広瀬」と言われてるくらいなんですけどね(笑)。それと、もう1つお話したいのは、私はそういうふうに物を調べる方に気を取られると、先ほどの単純誤植が落ちるんですよ。つまり、私は元々編集者出身なので、そういう方の興味にいってしまうと、さっき言ったように「およはう」を読み飛ばしちゃうんですよ。リボンがこの時代にあったかっていうことを調べていると、「リンボ」になっていたりするんです(笑)。
校正者として印象に残っている作品は?
今井:そういうことがあるんですね(笑)。ちなみに、今まで校正をしていて、印象に残っている作品っていうのはありますか?
広瀬:印象に残っている作品ですか。全く訳が分からなかったのは、フランスの哲学でありましたね。翻訳の哲学の本は非常に理解しにくかったです。校正をしたとは言えないなと。つまり、内容を理解してないなと。翻訳者の問題もあるなと。それから、やっぱり教科書は印象に残っている仕事ですね。カラーも使い分けているんですよね。実験、タイトルと。あと、本当にその通りになるか。あとは、料理の本ですね。お料理されますか?
今井:はい。
広瀬:お料理をされる時に、レシピがありますよね。材料がありますよね。本当にその材料をレシピの中で使いきったか。そして写真がありますよね。本当にその材料以外のものがないかどうか。
今井:そこまで見るんですね!
広瀬:私はそういうのがとても苦手だったんで。私にお料理の本を長い間させて下さった方には「ちょっと広瀬さん、間違いばっかりよ」って言われそうですけど(笑)。そういうふうに、お料理の本は気を使うところが違いましたね。簡単そうに見えて、実は難しい。
今井:なるほど。材料にゴマと書いていないのに、飾りゴマがついていたり、飾りネギがあったりみたいなことまでチェックされるということなんですね。ちなみに校正をしていて楽しい作品っていうのはありますか?
広瀬:みんな楽しいですね。つまり知らないことばっかりなんでね。お料理の本だって楽しいでしょ。そうやって本当にできるのかなあとかと思って。で、捕物帳だって面白いですし、ポルノ小説は基本的なパターンが決まっているので、これはちょっと飽きるところがあるので。
今井:(笑)。新しい世界を見せてくれるような、校正しがいがある本が楽しいという感覚になる感じですかね。
広瀬:そうです。それとやっぱり著者の方が一生懸命書いていらっしゃるなっていうことが私は大事ですかね。読者も同じでしょうけど、著者の方の心意気、編集者の方の心意気でもあるんですけども。ご苦労なさっているなとか、この本はこういうご苦労をしてつくり上げてきたんだなあっていうところ、そういう本はやっぱり校正をしっかりやらなきゃなと思うんですけど、なかなか答えることができなくてね。つらいところですかね。
寺崎:佐和さん、広瀬さんは校正が上がってくる時に、いつも感想を言ってくれるんですよ。内容の感想を言ってくれるので、逆にちゃんと校正をしてくれているのか心配になっちゃう時があるんです(笑)。
今井:(笑)。
寺崎:でも、嬉しいですよ。感想を言ってくれる校正者さんの方は。
校正の仕事の難しさと魅力
広瀬:校正って、自分を維持するのが難しいんですよ。机にずっと座っていて。ここが面白かったとかってあると、それが支えになって、頑張って読もうとか思えるのでね。あと、大事なことを言うのを忘れてました!なぜ感想言うか。もう1つ校正者について言われていることがあるんです。「校正者は1番最初の読者である」っていうことなんですよ。「お前は1番最初の読者なんだから、フレッシュな気持ちで読め」って言うんですよ。だから、さっき言ったように間違いもしちゃいけないし、丁寧に読まなきゃいけないし、自分を支える時には「1番最初の読者なんだ」っていう気持ちを忘れるなっていうふうに先輩から言われました。あと、最後に言うつもりでいたんですけど、「1番最後の校正者は読者」なんですよ。つまり、校正者の読み方なんかしないでいいんですよ。面白いなと思って、さっき言ったようにお調べになったりした時に、「リボンってこの時代、明治〇年にはなかったよね?」っていうようなことをしていただいて、読者の方にたくさんそういう間違いを直していただいて、本は成長するんですよ。だから自己弁護になりますけれども、校正は色々なジャンルにわたるので、知らないことも多いし、知ったかぶりも多いんですよ。知ったかぶりをして、ミスをすることもあるんです。例えば100万部売れたら、100万人の方がお読みになるわけだから、軽微な間違えでも、内容的な間違えでも誰かが見つける。そういう意味では「読者が最後の校正者」「校正者が1番最初の読者」ということなんでしょうかね。
今井:ありがとうございます。色々とお話があったんですけれども、校正者として必要な能力っていうのはどんなものだと広瀬さんは考えていらっしゃいますか?
広瀬:さぼらずに自分が知らないことや自分が怪しいなと思ったことは調べるということ。それと、私にはできにくいんですけども、一字、一字を押さえて文字を読む。ただ時間というものがやっぱりあるので、なかなか難しいですね。でもやっぱり大切にすべきは、ご著者の本をちゃんと読んで、きちんとかたちにするってことですかね。私は寺崎さんのご本でもご迷惑かけていると思います。
寺崎:いえ!とんでもないです(笑)。
今井:ありがとうございます。最後に校正のお仕事の魅力について、一言お願いします。
広瀬:赤ペン1本でできるんです。それだけでやれる仕事だっていうことはとても大きな魅力だし、それと私にとっては自分1人でやれるっていうことですかね。赤ペン1本で赤をどう入れていくかっていうことを、「これは赤を入れていいのかな?それともどうかな?」って。でも、長い間かけて勉強せざるを得ない仕事でもあります。そう簡単にはできないんですけど、アイテムとしては赤ペン1本なんですよ。それだけで勝負できます。
今井:ありがとうございます。
寺崎:出版業界では今、編集の世界でも、若い人材がなかなか集まってくれないという問題があって、我々もちょっと困っているんですけど、校正者さんの世界っていかがですか?若い校正者さんっています?
広瀬:昔はあぶれた編集者がたくさんいたんです。今は(若い校正者さんは)いらっしゃいますけれども、私が知ってる方は40代じゃないかな。なかなかお会いすることがないんですけれども。
今井:ありがとうございます。昨日、今日と2日間にわたって、「校正者とはどんな職業なのか」についてお話を伺ってきました。最後に広瀬さん、校正者を目指す後輩に向けて一言お願いできますでしょうか?
広瀬:本を読むということはとても大事なことで、本をつくれるということは大事なことですよね。多分、今の方は皆さんエディタースクールとか出て、校正記号とか、そういうことは知っていると思うんですけれども。編集者さんや出版社さんや作者さんに貢献するっていうことを中心に、自分の仕事として習ったものを実践していくような。そして、それを積み重ねていくということだけでしょうかね。私は頑張ってくださいとも、なかなか言えないけれども、やりがいのある仕事ではあることは間違いないです。校正者は編集者と一緒に本をつくっていくわけですから。価値としては同等ですよね。ですから、皆さん頑張って力をつけて、このお仕事をしていただきたいなと、若い人には思います。じゃあ、私が生まれ変わったら何になるのか。校正者になる。違います。EXILEです。
寺崎・今井:(笑)。
今井:ありがとうございます。この放送を聞いて、校正のお仕事に興味を持った方は、是非挑戦してみていただければと思います。
広瀬:私もこれからもっといい校正者になるように努力します。
寺崎:(笑)。
今井:お仕事だけでなく、読者が最後の校正者ということで、皆さんも是非興味を持って図書館などで司書さんと仲良くなりながら、調べて新しい冒険をしていただけたらなと思います。本日は広瀬さん、寺崎さん、どうもありがとうございました。
広瀬・寺崎:ありがとうございました。
(書き起こし:フォレスト出版本部・冨田弘子)