とりあえず続けられている。
タイトルの通り、そう思えることはとても幸せなことだと思う。というのも、日常にやっていることを振り返ってみると、意識してできていることは、自分の選択でできていることなのだから、思い通りなのである。逆に無意識でやっていることは、その事について考えると必要のない事、かもしれないけれど、それも必要な事なのである。例えば癖のようにやっていることなどを思い浮かべてみると、無意識に出ている。でもそれは自分にとってきっと必要であったはずである。なぜなら意識してやることの前には、無意識にやっている事が出ていることがほとんどなのだから。意識的に「やる」ことは、無意識に選んでいることもあるかもしれないし、意識して選んでいてもそれに意識を集中するということは、無意識にやっているのではないかと思うからだ。
まぁ何はともあれ、自分で選んで続けられていることは、とても良いことだと思う。今日もタスクシュートのタスク開始ボタンを「ポチッ」として、タスクを開始する。なんて素晴らしい日であろうか。