フードスコーレ不定期連載『食の未来仮説』#015 美味しい一手間 (書き手:ぬま田海苔4代目店主 沼田晶一朗)
"食の未来"とは?
海苔屋の兄ちゃんが書くには重たすぎるテーマではないかい?
と思いつつ、真剣に考えてみる。
-技術の進化とともに、錠剤1つで1日に必要な栄養素が全て補える
-Siriと連動したキッチンがリクエスト通りに料理を作ってくれる
-栄養補給できるカプセルの中で寝たら、何も食べなくて良い
映画や漫画を見過ぎの私は未来に飛び過ぎか。
確実に言えることは技術はどんどん進化していく、ということ。
冷凍食品をチンしたら、何でも美味しいものが食べられるようになるかもしれない。
技術進化は時短や生産性を産み出す。
時短や生産性は豊かな時間を産み出す。
生産性から産まれる時間を豊かにできるかの議論は置いておき、その省略された時間について。
もしかしたら、何か大切なものも無くそうとしているのかもしれない。
代々伝わってきた手法には意味があるから、遺されてきたはず。
わかっていて省略するのと、知らずに省略するのでは大きな差。
そんな何かを、改めて確認してみたい。
本日の語り部は《ぬま田海苔》4代目当主、沼田 晶一朗が担当させていただきます。
ご興味ある方はゆるりとお付き合いください。
-プロフィール-
前職はアパレルのGap Japan。17年間勤め2018年に実家の海苔屋へ転職。同年5月に日本で唯一の有明海産、初摘み海苔専門店《ぬま田海苔》を東京、合羽橋にOPEN。海苔の食べくらべを通じて、日本の伝統食の魅力を合羽橋から世界の食卓へ発信中。フードスコーレ《日本の日常食クラス》担当講師。
【ご飯をおひつに入れる】
技術革新の恩恵を受け、美味しくご飯が炊けるご飯釜が今は市場にいっぱいあります。
無洗米であれば、お水とご飯を入れ、スイッチ一つ押せば完了。なんてすばらしい時代でしょう。
でも昔はご飯釜とおひつがセットでした。
皆さん、炊きたてのご飯をおひつに入れて食べたことありますか?本当にもっちり美味しくなるんですよ!
釜浅商店さんの投稿を拝借。
木材で作られた昔ながらのおひつは、ご飯の水分を吸収し、ちょうど良い状態に保ってくれます。そして吸収された水分はおひつの木にとどまり、一定の湿度を保ってくれる。炊飯ジャーにいれてカピカピになってしまった経験があるかと思いますが、おひつの中のご飯は本当にもっちり!かつ祖熱をとってくれるので甘みのあるものになる。
おひつは、おいしいごはんを作るための最後の仕上げをしてくれる道具なんです。
冷蔵庫やラップが無い時代に産み出された、まさに美味しくする一手間。
炊く時にも、水分量や水に漬ける時間、氷を入れたりの工夫もありますが炊いた後の工夫も大事。
何よりおひつ職人さんの為にも!これはぜひ遺しておきたい文化です。
【鰹節から出汁をとる】
何を当たり前のことを?と思うかもしれませんが、一般家庭ではこの"出汁をとる"という作業から少しずつ遠ざかっているようです。
もちろん粉末の出汁スティックがあれば、便利で楽チン。
何より出汁ガラも出ないからゴミも減る。
でも天然出汁ってやっぱり美味しい。何より自然の"うま味"を体で感じることができる。
それだけではなく、食品由来の栄養もしっかり摂取することができる。
出汁の広がりを観察したり、香りの広がりを堪能したり、楽しみ方も色々。
そして出汁をとるメリットは出汁ガラにあると思っています。
というのも、よく祖母が作ってくれたんですよね。余った鰹節の出汁ガラに、醤油を垂らして和えるだけのオカカを。
個人的にはそこに"じゃこ"を混ぜるのが大好物。ご飯に混ぜて"オカカじゃこおにぎり"にもなります。
今みたいに食べ物が裕福ではない時代、工夫して余すことなく食べることが礼儀だったと、それを美味しくするのが腕の見せどころと、祖母から教わりました。
だからか私、お茶碗にご飯粒は残さない派(笑)。
廃棄するものが、一手間入れたらご馳走になるわけです。
絶対に忘れたくない"婆ちゃんの一手間の味"。
【煎餅に海苔を自分で巻く】
海苔巻き煎餅も、昔は自分で巻いて食べる贅沢品でした。
そもそも、煎餅も海苔も貴重な保存食。
食べたい時に、囲炉裏で炙って食べていたそうです。
焼きたてのお煎餅に海苔を巻くのは、きっとラーメンにチャーシューをトッピングするような感覚だったのでしょう。
でもいつの日か、生産性を追求し"海苔巻き煎餅"が開発されました。
確かに巻いてあって便利ですが、美味しさはどうでしょうか?
海苔も煎餅も乾き物、工夫しないとくっつかない食べ物同士でもあります。
直前巻きのおにぎりの海苔がパリパリで美味しいのと同じで、お煎餅に直前に巻けばパリパリだし香りもうま味も感じられる。
自分の大好きなお煎餅に、好みの海苔を巻いてぜひトライしてみて欲しいです。
海苔巻き煎餅とは、また違った美味しさが見つかるかも?
ちなみにぬま田海苔でも販売中です(笑)。
【食の未来をどうしたいか?】
最後に自分への問いを変えてみましょう。
"食の未来"をどうしたいか?
技術進化は大歓迎。
でも代々伝わってきた、美味しくなる魔法の一手間の文化は繋ぎ続けていきたい。
というか、一緒に繋げていきましょうよ!
その一手間を見つけるのに、どれだけの労力があったことか...。
本当にご先祖さまに感謝です。
ただ全ての食材に一手間を入れていたら、大変なことになってしまいますね。なので自分の大好きな食材や料理だけ、ちょこっと一手間工夫してみたら良いんです。
きっとあなただけの幸せな時間がやってくるはず。
フードスコーレの活動はまさにそういったことを見つける場所でもありますよね。
お米について学んだり、豆腐を実際に作ってみたり。
大切な自分だけの"一手間"を見つけたい方はぜひ。
出汁・醤油編も楽しそうではないですか。
"食の未来"、進化しながらもシンプルを求め削ぎ落として行った結果、以外に原点に帰るものが多いのではないかと感じています。
そして大切なのは、"食の未来"をどうしたいか?
私たちが。
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『食の未来仮説』は、さまざまなシーンで活躍されている方たちが、いま食について思うことを寄稿していく、不定期連載のマガジンです。次回をお楽しみに!
今回の著者_
沼田晶一朗
株式会社NUMATA HARUO SHOTEN、ぬま田海苔 4代目当主。前職はGap Japan、17年勤務したのち実家の海苔屋へ転職。海苔のこと、かっぱ橋のこと、お伝えしていきます。https://numatanori.com/ Twitterは@numatanori1937