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マゼンダのようふく




 本を入稿した日は、ホームスクーリングを休んで、ふたりともだらだらしていた。だらだらしながらもわたしは、藤本和子の「ペルーからきた私の娘」を読みおえた。でもそれで頭が茫然としてしまい、もっとだらだらになった。

 なにかをするには、ソファでだらだらする時間がたっぷり必要だ、とふたりのひとが同じことを言っていた。ナタリア・ギンズブルグと、たしか藤本和子。かれらの靴紐を結ぶこともできないわたしだけれど、まあ、おんなじ体質のひとがふたりも、とうれしかった。
 
 夕がたになって、息子がふらりと外の空気をすいに出た。二階から窓をあけて見まもる。遊び相手はいないかな、とまえの通りをあるきながら、上をみあげて、飛行機がとおりすぎていくのを眺めていた。そのみあげ方が、なにかを感じていそうな、一心に見つめているような、とてもよい感じだった。

 窓から顔をだして、息子をよぶ。まるまるほっぺが、なんとも嬉しそうに、こちらを見上げた。お散歩にいこうか、とわたしも下に降りて、ビルケンをつっかけて、外に出る。金いろの西日が、山を染めあげている、晩夏の夕ぐれ。

 坂を上がって、海を見にいった。富士山は見えるだろうか。あるきたくなああい、という彼に、そんなこと言ってたら、上野の科学博物館に連れていってあげませんよ、と言い返して、これで効果抜群だわ、と思っていたら、ぼく、うえのじゃないはくぶつかんにいきたい気がするんだよねえ、とすぐに裏切られた。どこに行くつもりだ。福井の恐竜博物館なんて、遠すぎて行けないからな。
 
 海はまぶしすぎ、ちらりと眺めて、すぐに撤収することにした。雲がかかっていて、富士山はてっぺんしかみえなかった。息子は、急なくだり坂を、ビーチサンダルでぺっぺっぺっと下っていってしまう。わたしは追いつけなどしないので、気をつけなさいよおお、と叫んでから、神さま、あの子を守ってください、とちらと祈ると、あとはゆっくり歩いた。

 フヨウの花が咲いていた。金いろの光に、あのマゼンダの花びらが透けているのが、なんともたまらない。サルスベリも、フヨウも、タチアオイも、どうして夏の花は、ああいう濃いピンクをしているんだろう。どうして夏の日差しには、ああいう色がいいと思うんだろう。

 来年の夏は、あんなマゼンダの服を着たいな。きっとそんなの売っていないから、生地を買ってきて、いまから縫おうかな。綿がいいかな、麻がいいかな。そんなことを考えていたら、坂のしたの方から、息子のしゃべり声がきこえた。また誰かとお友だちになったのだな。

 曲がり角を、犬を連れたおばさまが、にこにこ顔でやってきた。きっとお友だちはこのひとだ、と思って、わたしも頭を下げて挨拶する。いっしょに息子が、うれしそうに駆けてきた。おばさまは、ちょうどあの色、あのマゼンダの服を着ていらした。わたしはおもわず声をかけてしまう。

 「お洋服の色が、すてきですね!」
 「そうお? 目立ちたいみたいな色だわよねえ」
 「いいえ、あのお花と」
 そう言ってわたしは、向かいの家に咲いているサルスベリを指さした。
 「おんなじ色ですね!」

 おばさまは満更でもなさそうな顔で笑うと、犬といっしょに、いまわたしたちが下りてきた坂を上っていった。
 
 「ぼくは、かわいい犬ですね、ってあのひとに言ったんだよ」
 「まあ、喜んでらしたでしょ」

 きっとわたしも来年は、あんな濃いピンクを着てやるわ。そしたら洋服から、たくさん元気を貰えるわ。フヨウの花みたいな、マゼンダの服を。
 
 



 
 
 

 

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