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本棚の耐えられない重さ 二月




伯父上にいただいた図書カードを
ついに使い切ってしまった。
さいきんはバリューブックスを
愛用していて、信州上田から
古書が送られてくる。
買い取りもしてもらわなきゃ……




「人間の碑 井深八重への誘い」
井深八重顕彰記念会

なんにちもまえから、
八重さんについて、読み返さないといけない、
とおもっていた。
「与えられたものを、
神さまの為に用いなさい」
という話を、近しいひととしたこともあって。
わたしは、わかる、ようなきがする。
八重さんのこと。
置かれた場所は違くても。
天国への土産は、苦しみ、
という言葉も、わたしはわかることが、
できるようなきがする。
たしかに会津魂だってある。
でも、それは神さまが与えてくださった、
じぶんの材料なのであって、
それがすべてではない。
たしかに、八重さんをみると、
血が織りなすふしぎなもの、
みなが自刃した家で、生き残ったひとたちの、
ふしぎな運命を感じるけれども。



「神秘の島 上」
ジュール・ヴェルヌ

よみきかせホームスクリング。
ロビンソン・クルーソーに似てる。
でも、音読しながら、わたし知ってるんだ。
ネモ船長が出てくること……
息子にちらりと言ったけど、
かれは信じられないらしくて、
なんでだろう、なんでふしぎなことが
おきるんだろう… と頭を捻らせている。
一日に五十ページくらい読む日もあって、
なんで喉が痛むのだろう、とおもった。



「会津が生んだ聖母
井深八重
ハンセン病患者に生涯を捧げた」
星倭文子

八重さんはわたしのなかに
住んでいて、わたしを
導こうとしているんだけど、
でもわたしの試練なんか、
八重さんに比べたらなんでもなくって。
八重さんについて読みながら、
語りかけられているようなかんじがして、
八重さんの生き方が、
わたしの心にふれて、
その道をいきなさい、と
励まされたみたいなかんじ。

八重さんが行きたがった、
御殿場IC近くのレストランってどこだろう、
さわやかかな、と検索したけど、
そのさわやか出来たの2015年らしいから違った。
たぶん。さわやか美味しい。


「娘が語る白蓮」
宮崎蕗苳

ふき、とは可愛いなまえ。
でも漢字が難しいな。言われても書けないな。
白蓮さん、ほんとうに美人。
いろいろ言われる母を、娘がかたる。
白蓮の自伝小説も、そういえば読んだなあ。
もうみんな鬼籍に入ってるのでしょうし。
不良華族事件のひと(柳原家の)とかについても、
親戚の娘として接した印象が書いてある。
そういうふんわりしたやつでさえ、
もう歴史の証言なのだねえ。


「戦中派不戦日記」
山田風太郎

「夜と霧」のなかで、
アウシュビッツのうつくしい夕暮れを
眺める囚人たちが出てくる。
この山田青年も、混沌と殺伐の昭和二十年に、
うつくしい風景に、心をふるわせる。
生と死のあいまで。
片山廣子さんに、空襲の夜の、
星のうつくしさの歌がなかったかしら。
飯田の景色!

いろんな本を読むのは、
目をちゃんと開いて、
ものごとを平らに、
見られるようにしておきたいからだ。



「神秘の島 下」
ジュール・ベルヌ

よみきかせホームスクーリング。
5日間くらいで読み切った。
がんばったよ……
すごいがんばった……
一日百五十ページくらい
読んだ日もあったよ……


「さびしさについて」
植本一子 滝口悠生

冬島いのりさんの選書。
子どもと暮らすと、いろんな枠や恐れと
たたかって、もがく。もがくのは、
じぶんを確立すること
なのかもしれないね。
家族について書くこと。
書くことの暴力性。
表現することと、その責任。
そういう生き方をえらぶこと。
みずからの恋や生について、
ここまで書いたり、公開する生き方は、
ちょっと与謝野晶子ね。


「すべて真夜中の恋人たち」
川上未映子

夢十夜に置いてあった本。
40分足らずで読み終える。
現代の本は、ここで手に取るくらいしか
読まないから……
主人公の出身は、伊那谷?
いろんな女のひと。
わたしからは遠い。
でも、このひとやわらかい文章を書くね。



「戦う操縦士」
サンテグジュペリ

「大型客船の乗客もまた同じようなものだ。船を利用するだけで、なにひとつ与えることはない。自分たちがこもっているサロンを絶対に安全な場所だと信じきって、ひたすらゲームに興じている。海の不断の重圧に耐える竜骨の苦しみを知らない。たとえ暴風雨で船が難破しても、不平を言うどんな権利がそのような人たちにあるだろうか?」

竜骨のきしみを、みずからの痛みとして
感じてみることが、じぶんに
課せられているとおもった。


「そこから青い闇がささやき」
山崎佳代子

もうなんどめか。
誠実であること。
そして、恐怖のレンズを通さずに、
わたしたちが恐れていたものと向き合うこと。
「戦争はこわい」
そう、戦争は怖い。だけれど、
この世界の現実でもある。
反戦をとなえながらも、
そのもっと先に目をむけること。
けっきょくのところ、この人生におこる
すべてのことは、わたしたちを神に近づけるか、
遠ざけるかのファクターでしかないんじゃないか。
これは、サンテックスの感想に書くべきでしたね。



「神谷美恵子の世界」
みすず書房

井深八重からの発展で読む。
「生きがいについて」読んでみたい。
じぶんを使うこと。
鉄は、そのままなら錆びてしまう。
道具にして使えば、擦り減るけれど、
錆びさせるか、擦り減らすかを選ぶなら、
というはなしを、ナイジェリア人のKさんとした
ことをおもいだす。


「近代の呪い」
渡辺京二

経済至上主義のいきづまりについて……
比較的まし、であるミンシュ主義について…
渡辺京二は、良い。



擬洋風建築のひみつ

開智学校がずっと工事してたから、
行ったことがないのが心残りな信州マニアです。
擬洋風建築の軽い解説本なんか
出る時代なのねえ。



国道16号線
柳瀬博一

やや、おもしろかった!
十六号線について、いろんなことを
網羅していく本。「銃・病原菌・鉄」みたいなのを
書きたかったそうだ。読んでないんだけど。
面白かったのは、そごうとかダイエーとか。
郊外のB級な歴史。
そういうのだいすきだから。
養蚕からみた戦前の歴史、
みたいな本ないかしら。



「神谷美恵子日記」
神谷美恵子

召命にかられて生きること、
母親として、妻として生きながら、
みずからの器を神のために捧げること。
そういったことのすべてに共感しながらも、
(その部分はアン・モロウ・リンドバーグ
の本を読んだ感じに似ているとおもう)
この違和感を言い表せないか、とおもう。
それは、みずからの働きではないということ。
いつしか生きることは、キリストになっていき、
みずからのする努力でも、
苦労でもなくなっていくはずなのだ。
そうすれば、みずからを否定することもなくなる。
わたしを愛してくださっているかたの現実が、
わたしになるわけだから。
彼女が到達することなく、
そしてキリストから逸れていった理由はなんだろう。
キリスト教の狭器さにつまづいて、
キリスト自身を否定するようになったのは。
キリストと西洋文化を分離することができなかったのは。それよりは、「キリストに夢中になること」
と手紙のなかで語った須賀敦子さんのほうが、
真理に近かったんでないかしら。
キリストが、わたしのなかで生きていること。
かれはもはや宗教でなく、恋人であり、
親友であり、わたしの神である。
それが、聖霊のバプテスマを受けるということ。
じぶんの働きで、どこかに到達しようとしても、
いつか心が折れてしまうだろう。

井深八重さんは多くを語らなかった。
彼女は徹底的に、みずからに死んだ。
みずからを他者のために費やした。
親戚だからというのではなく、
わたしは八重さんの方に心を寄せている。
この手のなかにあるのがペンだということの、
危うさを思いつつ。



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