ハンドクリームが欲しくて本を買った(櫻井とりお『虹いろ図書館のへびおとこ』)
子供のころから、物語の世界に行けたらどんなに素敵だろうとずっと思っていた。
ぐりとぐらと一緒にカステラを作って食べたいし、ぐるんぱの幼稚園で大きなビスケットを食べたいし、ナルニアに行ってアスランのたてがみに触れてみたい。しゃばけの世界で可愛らしい妖怪たちと話してみたい。物語に没頭すればするほど、「その世界に住んでみたい」と思うものではないだろうか。
最近、私を含むそんな本の虫たちにとって嬉しい商品を見つけてしまった。
その名も、「本を読むときのハンドクリーム」。
商品名がもう素敵なのだが、こちらは、『虹いろ図書館のへびおとこ』という小説の世界にある商品だとのこと。北海道にあるいわた書店が作者の櫻井とりおさん、同じ市内にある美容室と共に作られたそうだ。
私はこの本は知らなかったけれど、タイトルとコンセプトが好きすぎてすぐに注文した。ハンドクリームのみの注文、本とセットの注文が選べたので、迷わず本とセットを選択。
子どもの頃はただ憧れることしかできなかった私も、大人になった今は素敵なものを衝動買いができる。しかも、遠く離れた北海道の書店から。大人は最高。
(ところで商品はレターパックで届けていただいたのだが、内容物の欄に「本、ハンドクリーム」と書かれていたので、郵便受けから受け取ってきてくれたルームメイトには「随分めずらしい買い物をしたね」と首を傾げられた。)
櫻井とりお『虹いろ図書館のへびおとこ』
児童書。児童書だが、何だか深い感動のような、「感動」という言葉で簡単に片づけるのももったいないような、そんな余韻を残す本だった。
子ども時代の葛藤や、その年代だからこその正義感。それを、大人になってから振り返ったときの少しの気恥ずかしさ。でもその気恥ずかしさって、大人になるまでに様々なことを経験して、当時知らなかったことをたくさん知り、当時見えなかったものをたくさん見たからこそなのだろうな。何もかもがうまくいって丸く収まるというわけじゃない、でも、じゃあ上手くいかなかったのかというとそうではなくて、ままならないけど幸せで、だからこその愛しさのようなものを感じる。
登場人物もみんな好き。イヌガミさんも飄々としていて素敵だし、うつみさんもやわらかな雰囲気に憧れる。こんな風に素敵な大人に囲まれて、私も図書館で過ごしてみたかったな……
さらに良いのは、この本の装丁だ。私は基本的にさらさら、すべすべな手触りの表紙に惹かれがちなのだが、この本はざらざら。ざらざらと言っていいのか……紙が、ぎゅっと詰まった織り目のように見える。何ていう紙の種類だろうか。表紙の紙をめくったときも、図書館の奥に眠っている秘密の本みたいでかっこいい。
こうやって本の手触りを確かめて「いいなぁ」と思えることも、紙の本の醍醐味だと思う。
本を読むときのハンドクリーム
そして、今回購入のきっかけとなったハンドクリーム。
まず、パッケージが素敵。櫻井とりおさん書下ろしの、小さな物語がパッケージになっている。
クリーム自体もさらっと肌に馴染んでやさしい香り。物語に登場するうつみさんのように、柔らかい指先のたおやかな女性になれそう。
ふわっと良い香りだけれど、強い香りではないので公共の場でも気兼ねなく使えそう(はっきりとした香りのハンドクリームも好きだけれど、使う場所を選びますよね……私は昔うっかりして飛行機の中で強い香りのハンドクリームを使ってしまい申し訳なさで小さくなって着陸を待ったことがあります……)。それこそ、図書館で使うならぴったり。
そして、パッケージも少し平たい形をしているので、もしキャップを落としたりしても転がらない。職場で、特に静かな図書館のような場所で使うならこんなパッケージがいいな。考えれば考えるほど、うつみさんは絶対にこのハンドクリーム以外ありえない、という気持ちになってくる。
面白いのは、この商品が「物語の世界にある商品」であって、「物語に登場する商品」ではないということ。
ぐりとぐらのカステラのような、ぐるんぱのビスケットのような、誰もが「いいなぁ」と思っていたものではない。ただ、誰にも気づかれずに、実はそこにあった商品。
なんだかハンドクリーム一つでぐんと物語の幅が広がるようで、ため息をついてしまう。「書かれていることだけじゃないよ、書かれなかった物語がまだまだあるよ」とそっと耳打ちされたような。
今回たまたまTwitterで見かけたハンドクリームのおかげで、好きな本が増えた。こんな本の薦め方、こんな本との出会い方もあるのだなぁ。いわた書店は、選書サービスもやっているそう。本棚の中の積読用スペースに空きを作ったら絶対に頼んでみます。