オマージュ恋愛小説 『remembrance』 後編
こちらのつづきとなっております。
ずっと好きだった。きっかけというきっかけは覚えていないけれど、強いていうなら、一目惚れだったのだろう。
同じクラスになったこともないというのに。
全校生徒が集う体育館の靴箱の空きがなくて困ってる子に気づいて声をかけたり、遠足でお弁当を食べ終わった後に誰彼構わず飴を配って回ったり、通学の電車でスッとお年寄りに席を譲ったり……
目立つタイプではないけれど、いつも誰かを気にかける姿をつい目で追ってしまうそんな存在だった。なのに、その想いを伝える前に彼女は……
「瞬ちゃん!」
その事実を知らされたのは一年前のことだ。
「遠野さん、事故に遭ったって。外傷はたいしたことないらしいんだけど……」
ずっと俺の恋心を間近で見ていた大友が教えてくれた。
彼女が乗っていた車に大型トラックが正面衝突した。それにより運転していた彼女の父親は亡くなってしまった。
事故のせいか、父親が亡くなったショックからかはわからないが、彼女は一度眠るとそれ以前にあった出来事を全て忘れてしまうようになった、らしい。
「あの、」
「だれ?」
「二組の長谷川瞬」
「そう……」
皮肉な話だ。俺がようやく話しかけることが出来たときに彼女はもう誰のことも覚えられなくなっていたのだから。
「詩透」
「だれ?」
「俺のこと忘れた? 彼氏なのに?」
「ごめんなさい……」
「謝らんでいいけど、放課後どっか寄ろ?」
彼氏だと偽ってデートしたこともあった。
「おーい! 詩透ー!」
「だれ?」
「久しぶりにうちに来ねぇ? あの漫画の新作持ってくんの忘れたから取りに来てほしいんだけど」
「あの、漫画?」
「昔から一緒に回し読みしてたじゃん」
「え、そうだっけ……?」
「ほら早く!」
幼馴染みを装い家に呼んだことも。それでも家の中に入れたことはないし、手を握ったことすらない。ただでさえ傷を抱えた彼女を、これ以上傷つけたくなかったから。ってどの口が言ってんだよ、って話だけど。
どうがんばっても、どうもがいても、彼女の記憶に俺を刻み込むことなんてできやしなくて。
そのうち、そんな俺の小賢しい行動が詩透の母親に見つかってしまった。
「あなたが長谷川瞬くん?」
「……はい」
その頃にはもう手の込んだ嘘で誤魔化すことはせず、ひとりの友達として詩透を家まで送り届けていた。
彼女が家に入ったのと入れ替わりに突っ掛けを履いた母親が俺を引き止めた。
「もううちの娘には関わらないでもらえませんか?」
「……」
「知っているかもしれないけど、詩透はあの事故以来……」
「わかってます」
「なら尚更よ。あなたは娘のことを忘れて、自分のために生きていいのよ」
「……嫌です」
「どうして? つらい思いをするのはあなたなのよ?」
「覚えてもらえなくてもいいですから。俺は、詩透さんのために生きたいんです」
「でもあなたはまだ若いのよ。うちの子に関わってるうちにあなたの大事な時間がどんどん奪われてしまうわ」
「……詩透のいない時間なんか大事じゃないんで」
たとえ自分のことを明日には忘れ去られても彼女と過ごす時間は俺にとってかけがえのないものだった。
その時間を奪われる方がよっぽどつらい。
「……そう。でもいつか心変わりしたら正直に言ってね。誰もあなたのことを責めたりしないから」
頑なな俺に彼女の母親はそれ以上何も言わなかった。
それから俺は母親公認の友人となり、俺の全てを詩透のために費やせるようになった。
「おはよう、詩透」
毎朝、顔を合わす度に彼女は一瞬訝しげな顔をする。仕方ない。彼女からしたら俺は初対面も同然なのだから。
「おはよう……瞬くん」
それでも彼女なりに日々の記憶を繋ぎ止める努力をしているからか、それとも母親のサポートのおかげか毎朝自己紹介をしなくてもよくなったのは大きな成果だ。
大友の助言から始めた英語のノートも役に立っているようだった。
前日までの詩透に起こった出来事を事細かに記したそのノートを渡すことで、俺と詩透の距離を縮めるまでにかかる時間がぐんと短くなった。
「瞬くん、これありがとう」
「ん」
「すごくわかりやすかったよ」
「なら、良かった」
そこからが俺と彼女の一日の始まりだった。
詩透の記憶障害のことは一過性のものと判断されたのか、教師や仲の良かった友人以外には詳しく知らされていない。
その友人ですらクラス替えを機に、徐々に彼女に近づこうとしなくなった。
だから余計に……
「瞬ちゃん」
「…………」
「瞬ちゃん!」
「ああ……おーともか」
「何ボケッとしてんの?」
「や、ちょっとな……って詩透は?」
「トイレ」
「ダメだろ! ひとりで行かせたら!」
「トイレくらいひとりで行かせたげなよ」
「そんなんだから、あんなことが起きたんだろ!」
早足で女子トイレに向かう俺の後ろを大友がついてくる。
「……瞬ちゃん」
おずおずと躊躇いがちに開いた口から
「いつまでこんな生活続けんの?」
俺が一番聞きたくない言葉がストレートに投げかけられる。
「瞬ちゃんがどんだけがんばっても詩透ちゃんの中に瞬ちゃんは……」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
わかってる。いつまでもこんなことを続けていられないってことくらい。高校を出たら進む道だって違ってくる。今みたいにいつも傍で詩透を守れるとは限らない。
俺だって、自分のために生きたいと思う日もある。でも……
「どうしたの? 瞬くん」
「……っ」
詩透はずっとひとりぼっちだ。あの日から止まったままの記憶の中でずっとひとりで生きている。
「なんで泣いてるの?」
トイレから出てきた詩透が俺を心配そうに見つめる。
「何があったの?」
俺と大友の間に流れる微妙な空気を敏感に察知して眉をひそめる。
「瞬くんが泣いてると、わたしもつらいよ……」
彼女の中に後付けじゃない俺との思い出なんてないはずなのに、俺と一緒に涙を流そうとしてくれる詩透を見捨てることなんてできるわけなかった。
「今日はごめんな?」
「なんのこと?」
「や、なんでもない……バイバイ、詩透」
「バイバイ、瞬くん」
バタンと閉じるドアはいつだって俺に残酷な現実を突きつける。
目蓋を閉じ、一度眠りについたら詩透の記憶から俺は抹消される。
毎日、毎日、真っ白なページに自分の存在を刻み込むのに、詩透の脳に俺の存在は蓄積されない。
いくら詩透と過ごす時間がかけがえのないものでも、大友に指摘されるまでもなくこんな日々がつらくないわけがない。
正直もうへこたれそうだ。
いっそ俺の中から詩透を好きだった記憶が消えてしまえばいいのにと何度思ったことだろう。
それなのに。
「瞬くん!」
声のする方に目を向ければ、二階の部屋の窓から詩透が顔を覗かせ手を振っていた。
「いつもありがとう! また明日ね!」
明日まで記憶が保てないことをわかっているくせに、詩透は何度だって俺を惚れさせる。その笑顔を明日も見たいと切に願ってしまう。
また明日、俺はもっと好きになるだろう。
俺を知らない君を。
(20171007 改編)
あとがきは読みたい人だけ読んでくれたら大丈夫です👮
*
記憶がなくなるというのは、私自身も友人のことでも考えさせられる経験がいくつかあって……だから、ストーリーは全く違うけれど、この原案を書いたのも10代の頃です。
(私の場合は夢遊病に近くて、記憶がないまま三日くらい普通に生活してたっぽい😱怖)
前にも好きな映画として書いた気もするけれどオマージュは洋画版の『50回目のファーストキス』(邦画版はもはや別物!)ですね。
冒頭が似ていると感じたのは今期のドラマ『アンメット』です。こちらは原作者が元脳外科医とのことなので、脳の仕組みを学ぶために観ようかな、と。
あとがきが長くなりましたが、青春の青くて痛くて切ない中でも明日への光的なものを感じて頂けたら何よりです。
どうかみなさんにとっても明日もいい一日になりますように🌠
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