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とんでも8分恋愛小説 『今はまだ儚い春の夢』 #シロクマ文芸部

春の夢というものは
いつだって実感が伴わない。

散りゆく桜が
必ずしも掴めるとは
限らないように。


 合コンじゃなくとも、男女混合の飲み会ともなれば自ずと話題は恋バナになる。それも披露宴後の二次会ともなれば尚のこと。

退屈そうではないけれど、進んで新郎新婦のクイズゲームに加わるわけでもない彼女に話を振ったのは、なんとなく他の子達とは違う雰囲気をまとっていたからだ。

潮見しおみさんはどんな人がタイプなの?」
「私?うーん、そうだなあ……あくびの移る人かな?」

俺の思った通り。この女性はたぶん変わり者だ。優しい人、面白い人、趣味が合う人……
今まで聞いたどの答えとも全く違う返答に、興味が湧いた。

俺は席を移動し、周りの声に掻き消されないよう彼女の言葉に耳を傾ける。

「どういうこと?」
「ほら、気心の知れた人ほどあくびが移りやすいってよく言うでしょ? だから、あくびが移る人となら上手くいくんじゃないかなって」

なるほど。それは面白い考え方だ。
けど、その判定には少し欠点もある。

「でもさ、それだと潮見さんに気があるやつがわざと真似してあくびするかもよ?」
「そうなんだよねえ……だから相手のあくびが私に移るかどうかで見極めることにしてる」

どうやら彼女もその点には気づいていたらしい。もしかしたら、これまでにもその話を聞いて食いついた男がいたのかもしれない。

そう考えると今日知り合ったばかりとはいえ何とも言えない複雑な気持ちになる。

「じゃあたとえばだけど俺が今あくびして、それが移ったらどうすんの?」
「うーん……とりあえず連絡先くらいは聞くかな?」
「え、それだけ?」
「うん、それだけ」

それ以外何があるというの? と言わんばかりに彼女は頷く。でも、せっかく気が合いそうな人が見つかったのに、それだけってもったいなくない?

「そのあと個別で会ったりとかは?」
「話が合えばそれもあると思うけど……」
「今までにいたの? あくび移った人」
「それが意外と私の前であくびしてくれる人っていなくって」

言われてみればそうだ。人前であくびをするのはあまりよろしくないとされるこの世の中で豪快にあくびをするのは少数派だろう。

「なら俺、宣言していい?」
「うん?」
「これからあくびする時は潮見さんに見せる」

なんとも間抜けな発言だけれど、そのときの俺はなぜだか彼女に気に入られたくてたまらなかった。

「あはは、藍井くんって面白いね!」

と本心じゃないのが丸分かりな軽さで笑う。もしやバカにされてる?

「面白いって……」

よくおもんないと切り捨てられる俺としては褒め言葉ではあるけれど、なぜだかちっともうれしくない。

「ふわ~あ、ねむ……」

からの呑気な大あくび。

く、くそぉ、移らねえ……

「肩借りてい?」
「ど、どーぞ」

俺の肩に頭をのせて、穏やかな寝息を立てる彼女はこれぽっちも俺のことを男として意識していないのだろう。そのことがさらに俺の中の何かを燃え上がらせた。

「あらま、藍井くんだ」

こっちから連絡先を訊ねるのは、なんとなく憚れ新郎を通じて潮見さんのことをリサーチし、彼女がよく使う沿線をそれとなく利用すること約一ヶ月。

偶然を装って夕暮れ時の駅前で再会することができた。少しストーカー染みてるのは自分でもわかっている。

「あれ、潮見さんじゃん。元気にしてた?」

友人にも狙ってんの? なんて茶化されたが、どうしてそこまで彼女に固執するのか、自分でも正直よくわからない。

「うん、まあね。藍井くんは?」
「うーんと……」

俺も元気だよ、と返すのは容易い。実際に、悪いところはどこもない。けど、ここで軽くジャブを入れてみる。

「最近、ちょっと悩んでることあって……」
「ふーん、そうなんだ」

って、あれ?
予想とは違う反応に肩透かしを食う。

「どうかした?」
「いや……」

こっちから話聞いてくれる? っていうのも癪だし、かと言ってここで会話を打ち切るのも妙に思われそうで。

「藍井くん」
「……ん?」
「にーらめっこしーましょ! 笑うと負けよ、あっぷっぷ!」
「え……?」

いきなり全力で変顔を披露された。それも、手を使って目や鼻の穴を思いっきり開く結構ガチなやつ。

公衆の面前で大の大人がそんなことをしていれば嫌でも目立つ。怪訝そうな顔をしながら通りすぎていく人達に俺の方が先に居たたまれなくなって、乾いた声を絞り出す。

「……あははは」

嘘でも笑わないとやめそうにない気がした。

「はい、藍井くんの負けー! どう? 少しは元気になった?」

なんでだろう……
確かにすごく敗北感がある……

「……ありがと、潮見さんのおかげで元気出た」
「どーいたしまして。ていうか元からそんなに悩んでないでしょ?」
「へ?」

ぽけっとしているようで、意外と鋭い。俺の見え透いた企みなど、いとも簡単に暴かれてしまった。

「何も悩んでないって顔に書いてるよ」
「そんなに分かりやすかった、俺?」
「うん、すっごく」

あまりにもあっさりと断言されて地味にへこむ。俺よりよっぽど彼女の方が単純そうなのに……

「ね、今から時間ある?」
「ん、まあ……」
「じゃカラオケ行こ?」
「え、」
「この前の披露宴の余興で歌ってたでしょ?  藍井くんの声いいなあって思ったからもっと聴きたくて」

違うな。単純なのはやっぱ俺の方。だって、潮見さんの言葉にわかりやすいほど胸を躍らされているのだから。

「いいよ、カラオケ行こ」
「んふふ、やったー!!」

にんまりと笑ってから、俺の腕取って近場のカラオケ店を目指す彼女は、ずるいほどあざとい。


「ちょっと! 人が歌ってるときにあくびすんなって!」

間奏に入るなり、マイクを口に当てたまま叫ぶ。密室に男女二人きりという状況にも関わらず、まるで緊張感がない。

それどころか、人がリクエスト曲を一所懸命歌っている最中に平気であくびしてるし!

「ふがっ! ごめんごめん!」

慌ててあくびを止めようとして変な音鳴ってんじゃん。

「俺が歌ってんのぶっちゃけ興味ないんじゃないの?」
「まさか! そんなことないよ!」
「なら、なんで?」
「最近ちょっと寝不足なの」
「悩みでもあんの?」

俺が悩んでないことを一発で見破った潮見さんだ。むしろそんな彼女にこそ何かしらの悩み事があるのかもしれないと、どうして俺はもっと早くに思い至らなかったのだろう?

「うーん……ちょっとね」

案の定、言葉を濁している。

「何に悩んでんの?」
「ほら歌始まったよ!」

こういうとき、カラオケは困る。もっと話を掘り下げようとしたそのタイミングで間奏が終わるから。

気まずそうにドリンクを啜る彼女を横目に、俺は叶わない恋の歌の続きを歌った。

「次、私ね!」

テーブルに無造作に置いていたもう一本のマイクをさっと奪う。

「ちょっと! 歌えないじゃん!」
「歌わなくていいから。潮見さんの話聞かせて」

歌い手のいない音楽が寂しそうに流れる。
哀しいメロディーに叙情的な歌詞が映っては消えていく。

「今は話したくない。歌いたい気分なの」
「この失恋ソングを?」

さっきから気になっていた。明るく元気な潮見さんのイメージには全く似つかわしくない暗く切ない曲のセレクト。本人のキャラと好みの音楽が必ずしも一致するわけではないとしても彼女の場合はどこか無理しているように感じられた。

「……前に言ったよね? 私の好きなタイプ」
「うん」

あんな変わった返答、そうそう忘れられるわけがない。

「本当はね、一人だけいたの。あくびが移る人」
「うん」
「その人とは幼馴染みで、もう家族みたいな存在で、ずっと変わらず傍にいてくれるんだって思ってた」

今になって出逢った日のことを思い出す。
勝手に女性だから新婦側の友人だと思い込んでいたけれど、彼女は確か……

「結婚するって聞かされて初めて気づいたの。自分があの人のことをこんなにも好きだったんだって」

新郎側の、俺とは別の、もっと近しい間柄の人達が集うテーブルに着いていた。

「けど、あんな素敵な披露宴見せられたらもう吹っ切るっきゃないよね!」

そう言って彼女は下手くそな笑みを浮かべる。その姿がなんだか痛々しくて見ていられなくて。

「潮見さん」
「……ん?」
「にーらめっこしーましょ、笑うと負けよ」

こんなことで失恋の痛みがすぐに癒えるとは思わないけど

「あっぷっぷ!」

今はまだあくびを移すことすらできなくたって、全力の変顔を見せてあげるくらいなら、俺にだってできる。

「……ふ、ふふっ、へんなかおー」
「あ、笑った! 潮見さんの負け!」

気づいたら彼女の笑顔が俺にも移っていた。

今じゃなくていい。

でもいつか自然と
あくびが移るような存在になることが
俺の春の夢に加わった。


(20160311 改編)


青は藍より出でて藍より青しの本来の意味は


教えを受けた人が教えた人より優れること。弟子が師よりまさっていることにいう。

精選版 日本国語大辞典より抜粋

だけれど、藍井くんが青井くんになるまでのお話なのかも?

なあんて言いながら……

主人公の名前の由来として思い浮かんだ曲はスキマスイッチさんの『藍』

私は失恋ソングオタクなのか、真っ直ぐには行かない曲が好きで……(今回は名前を考えるための参考にしたつもりだったんですが、不思議とリンクしていますね👀!)

 ほっこり系恋愛(?)小説もあるよん♪


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