『洗い流された真相』――銭湯で起きた謎事件から8年

書き手:YY編集部 ZZ ZZ

S銭湯事件の深層に迫る

 19XX年8月XX日、S銭湯で一人の男性が謎の死を遂げた。事件が発生してから8年。事故か、それとも何者かによる犯行か――証言や証拠は曖昧で、はっきりとした答えは未だに見つかっていない。あの日、あの場所で、一体何が起こったのか?謎に迫るべく、筆者は当時の記録や証言を丹念に調べ上げた。そして、独自取材を進める中で、驚愕の事実が次々と明らかになったのである。
 本記事では、集められた様々な情報をもとに、この事件にまつわる数々の不審な点を検証していく。関係者たちが語る「真実」は、果たしてどこまで信じるに値するのか?そして、8年の歳月を経て、ついに「真相」が浮かび上がる瞬間が来るのか――。事件の全貌が明らかになるとき、あなたもきっと、この事件の「真相」に戦慄することだろう。

地元銭湯で起きた突然の悲劇

 P町郊外に位置するS銭湯は、昔ながらの風情が漂う、地元住民たちに親しまれてきた場所であった。蝉も鳴きやまない暑い夏、陽が傾き始めた夕刻に事件は起こったのである。
 第一発見者は地元の小学校に通う当時10歳の少年Cで、番台のDは「大人二人が洗い場で倒れているから来てほしい」という必死な呼びかけに起こされた。DがCと男湯に入ってみると、少年の言う通り、男性A(当時45歳)と男性B(当時39歳)が仰向けの状態で倒れていた。二人とも意識がないことに気づいたDは、救急車を呼ぶため事務所に急いだ。
 数十分後、AとBは病院に搬送されたが、Aは後頭部を強打しており、搬送先の病院で死亡が確認された。一方、Bは意識不明ではあったが、命に別状はないと診断された。その場の勢いで病院に同行してしまったDだったが、警察に通報するのを忘れていたことに気づき、急いで銭湯へと戻った。しかしDが到着してみると、すでに近くの交番から巡査が来ており、客たちは事情聴取を受けていた。以下は、巡査による記録から抜粋した、当時の様子を示す要点である――。

  • 現場付近は石鹸のようなもので滑りやすくなっていた。

  • 事件当時の男湯には、AとB、少年Cに加え、外気浴をしていた老人E(当時74歳)の4名の客がいた。

  • 少年Cは「浴場に入ったら、すでに大人二人が倒れていた」と証言している。

  • 老人Eは「少年に起こされるまで眠っていた。特に不審なことはなかった」と証言している。

  • 女湯には主婦F(当時43歳)がいた。事件発生時とされる時間、彼女は脱衣所におり、「何かが湯船に叩きつけられる音を三度聞いた」と証言している。

  • 事件当時、銭湯には番台のDを含めた計6名しかいなかった。

  • 通報をしたのはCやE、Fではなく、たまたま騒ぎの直後にやってきた数名の客だった。

  • 著者による補足①:一般的な銭湯と同様、S銭湯の男湯と女湯は仕切り壁で隔てられており、天井は共通している。

  • 著者による補足②:事件前日、浴槽の水入れ替え時に排水管が詰まった関係で、正午までの時間帯は休業していた。

 事件から数日後、Bは何事もなく意識を取り戻した。健康状態にも問題がなかったため、退院すると同時に警察から事情聴取を受けることになった。重要参考人のBであるが、調べによれば、「脱衣所から浴場に入ったところまでしか覚えていない」とのこと。取り調べは何度か行われたが、結局、具体的な情報は得られず、この件は足元が滑りやすい銭湯での「よくある事故」として処理された。

 銭湯で男が足を滑らせて亡くなったという出来事は、特に目を引くものではなく、マスコミもほとんど取り上げることはなかった。地元新聞の片隅に小さく掲載された程度で、覚えている方も少ないだろう。というのも、当時は大物芸能人のスキャンダル報道が過熱しており、筆者がこの事件を知ったのも、しばらく経ってからだった。
 ではなぜ筆者が、この「よくある事故」を「事件」と呼び、貴重な紙面を割いているのか。それは、関係者について調査を進める中で、興味深い事実が浮かび上がってきたからである。

男二人の謎の接点

 まず、死亡した男性A(当時45歳)は弁護士であり、その界隈では名の知れた腕前の持ち主だった。同じく倒れていた男性B(当時39歳)は建設業に従事しており、喧嘩っ早い性格で地元では有名だった。警察沙汰を何度も起こしており、事件前日にも酒場で騒ぎを起こしていたという。
 さらに、AとBには、浴槽で倒れていたという共通点だけでなく、S銭湯の常連客としても接点があった。とある客によれば、「几帳面なAが、脱衣所のロッカーの取り扱いについてかなり激しくBと揉めたことがあった」らしい。また、AとBが駅で会っていたとの目撃情報や、二人の関係についての噂も存在する。

 このような情報に基づいて、筆者が考えるに、Aは単に滑ったのではなく、Bによって意図的に殺害されたのではないだろうか。「滑りやすくなっていた」ことから推測すると、Bは石鹸のような、溶ける物質を凶器として、Aの後頭部を狙ったと考えられる。
 おそらく、証拠隠滅のためにお湯で溶かしている最中に、B自らも滑って頭を強打したのではないかという見立てである。喧嘩っ早いBが、日々の因縁や先日の激しいいざこざの怒りを、無防備なAにぶつけたとすれば、何も不思議ではない。Bの性格から見ても、暴力的な一撃を加えたと考えるのが自然だろう。

 肝心のB本人に記憶障害がある上(筆者としてはかなり疑わしいが…)、証拠が水に流される洗い場が現場であり、目撃者もいないため、立証は非常に難しい。短気なBがわざわざ石鹸を凶器にするのかは疑問ではあるが、計画的に行ったわけではなく、取っ組み合いの末に転倒した可能性もあるだろう。
 いずれにせよ、筆者はBがこの事件の犯人であると考えている。しかし、他にも考慮すべき情報が存在し、それがこの見解を完全には確定させていないのである。

潜む第三者の影

 独自の調査を進める中で、事件には第三者が関与している可能性を考慮する必要があると感じるようになった。というのも、銭湯にいた人数は6人だけではなく、実際にはもう一人存在していた可能性があるからだ。

 6人という人数は、事件が発覚した直後のもので、番台のDの証言と駆けつけた巡査による記録に基づいている。しかし、重要な点を思い出してほしい。肝心のDは少年Cに起こされるまで居眠りをしており、情報の信憑性には疑問が残るのだ。さらに、DとA、Bが病院に向かった後に巡査が到着したのである。Aを狙ってなのか、それともBも巻き添えにしたかったのかはさておき、第三者が犯行を行い、誰にも見られずに現場を後にすることは可能なのである。
 さらに疑ってみると、Dが犯行に関与していた可能性もないとは言い切れない。Cが来る前にDが手をかけておき、少年に遺体を発見させることで、疑いの目を自分から逸らすという巧妙な策を講じたのかもしれないのだ。この方法では、第一発見者は客であれば誰でもよく、本件ではたまたま少年が発見したに過ぎない。老人Eが見つける可能性もあっただろう。

 さて、Bや謎の第三者、さらにDに疑いの目を向けてきたが、老人Eについても疑問が残る。というのも、老人Eはかつて優秀な外科医であり、現在は衰えているとはいえ、その知識と技術は70歳を過ぎても保持しているだろう。この老人が、事件にどのように関与していたかについては、筆者も考えが及ばないが、現場の隠蔽や証拠の偽造が可能だったのではないだろうか。「少年に起こされるまで眠っていた」というのは果たして本当なのか。
 ところで、これまで触れてこなかったが、主婦Fが3回聞いたという「何かが湯船に叩きつけられる音」の正体とは一体何だったのだろうか。AやBが湯船に倒れ込んだのなら、そのような音はするかもしれないが、3回目がするはずがない。そもそも倒れ込んだのは湯船ではなく、洗い場ではなかったか。聞こえた音というのも、その大きさや間隔についても不明であり、F自身については常連客であること以外の情報はない。

肝試しに来た少年

 本記事も残りわずかとなったところで、最後に一つ奇妙な話を紹介しよう。それは、少年Cに関するものである。
 少年Cが一人でS銭湯に来た理由は、単に身体を洗い流すためだけではなく、「銭湯にお化けが出るから」だったというのだ。Cに連絡を取る手段は見つけられなかったが、同じ小学校に通っていた友人Qによれば、S銭湯ではかつて人が亡くなっており、夏の夕刻に「とある条件」を満たすと「洗い場の鏡に化けて出る」という噂があったらしい。
 その「とある条件」とは何なのか、詳細は誰も知らないという。おそらく、これは「牛の首」のように、恐怖が独り歩きし、更なる噂を生み出して広まっていく、いわば都市伝説の類だろうと筆者は考えている。

 事件同日、QやCを含めた数人の仲間たちは秘密基地に集まり、漫画やラジオを楽しみながら、夏休みの宿題や中止になった旅行の愚痴をこぼしていた。そんな夏休み真っ盛りの少年たちにとって、暑さを凌ぐためにぴったりな「夜の肝試し」は当然話題に上がるのだった。
 「夜の校舎で人影を見た」とか、「U神社はさすがに行かない方がいい」、「夏期講習の帰りにJ公園でおかっぱ頭の女の子がブランコを漕いでた」といった話が飛び交う中、「S銭湯の怪異」が話題に上がった。その際、普段は口数の少ないCが、得意げにメガネを掛け直しながら「ボクはその条件を知ってる。これから確かめに行くんだ」と話したという。驚いた少年たちは、誰も知らない「条件」を、ガリ勉タイプのCなら実は知ってるんじゃないかと、口々に「頼む!教えてくれ!」と盛り上がったのだが――結局その「条件」についてCから明かされることはなかった。
 事件後、Cはショックか、中学受験に備えてか、転校してしまったそうで、その後の消息は誰も知らない。奇妙なことに、事件当時の男湯の脱衣所では、A、B、C、E以外のロッカーが一つだけ施錠されたままだったという。

水面に消ゆ真実

 さて、いかがだっただろうか――あの夏の日、静かな銭湯で起こった謎の事件。S銭湯は、今や経営難により駐車場へと姿を変えており、事件の記憶も、時の流れとともに霞んでしまったようだ。
 筆者がこの事件を初めて知ったのは、事件発生から約5年が経過した頃だった。ネタ探しにあれこれと調べている中で、偶然その存在に気づいたのである。内容自体はさほど注目に値するものではなかったが、筆者が個人的に感じた違和感が、調査を進め、このように紹介するきっかけとなった。 

 当局はこの件を「事故」として処理し、関係者も次々と姿を消していった。まるで湯煙が風で流されるかのように、事件の真相もまた、跡形もなく消えてしまった。このまま、事件は闇の中に永遠に埋もれてしまうのだろうか――。だが、何かがまだ、あの場所に残っている気がしてならない。それが何なのか、誰にもわからない。ただひとつ確かなのは、S銭湯の湯船の底に、未だ明かされぬ秘密が静かに横たわっているということだ。
 読者の中に、何かしらの手がかりや、興味深い情報をお持ちの方がいらっしゃれば、ぜひ編集部までお知らせいただきたい。事件の闇に光が差し込むその瞬間を、我々も切に待ち望んでいる。

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読者投稿(ペンネーム:RrR)
掲載記事:『洗い流された真相』 ―銭湯で起きた謎事件から8年

素晴らしい記事をありがとうございます。
いつも楽しく拝見しております。

8年前の銭湯での事件について、大変興味深く拝見しました。
私も事故ではなく、事件である可能性が高いと考えています。
記事ではBが怪しいとされ、Dや第三者の可能性についても触れられていますが、以下の点が事件解明の重要な鍵となると考えています。

・AとBの倒れていた間隔はどれくらいなのか
・AとBが転倒したタイミング(同時だったのか、それとも順番か)
・AとBの共謀説(片方が怪我をするように見せかけたが失敗した可能性)
・Aが不眠症に悩まされており、睡眠薬を服用していたという情報
・Cが発見した状況とDが見た状況は同じものか

・発見当時のCはメガネをつけていたのか
・Cが事件に関与している可能性
・Fが聞いた「3回の音」について(本当にその回数だったのか、音の大きさなど)
・超自然的な力が作用した可能性(まさか私も本気ではありませんが、例の「銭湯のお化け」によるものかも...)

不躾ながら気になった点をお伝えさせていただきました。
事件の真相が一日でも早く明らかになることを、私も心より願っております。

貴誌の継続的なご発展を心より願っております。
次号も楽しみにしております。


※上記の内容はすべてフィクションであり、実際の事件や人物とは一切関係ありません。


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