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『妻と娘が悲劇でも僕は笑う』

4年前、僕が不在の藤原家に悲劇が訪れる。

夕方、玄関にまとめられたゴミ袋たちをドアの向こうに出しておき、長女が就寝してからマンションゴミ置き場まで捨てに行こうと考えた妻。

まだまだ目が離せない3歳児を玄関から離れたリビングにおいて思いもよらぬ行動をとり、大怪我でもしたら大変と考えた妻は、玄関まで3歳の長女を連れていき、ゴミ袋を玄関ドア向こうに出すという一瞬の作業を試みた。

ゴミ袋を引っ提げ、ドアを開けて向こう側に出すまで、ほんの数秒。

あっさりと終わるだろうと思われたその作業だったが、ドアを出てゴミ袋を下に置いたその時、妻の後ろで聞き慣れた金属音がした。

【ガシャン】

その音は内側から鍵がかけられた音にあまりにも似ている。

瞬間で背筋が凍る感覚を覚えた妻が大急ぎでドアレバーを引く。

【ドン】という鈍い音と共に完全に動かなくなった重い玄関ドアがそこにある。

一瞬で訪れた悲劇の緊急事態。

ドアの向こう、3歳の長女は事の重大さに気がついていない。

普段から、僕や妻が鍵のロックを回すやり方をみて学んでいたのだろう、イタズラでも故意でも何でもなく、パパママがいつもやってるから自分もやってみたかった。

ただ、それだけ。

ただ、それだけだが、これがただでは済まない大惨事の始まり。

妻は自分の状況を確認する。

玄関ドアの向こうにゴミ袋を出すだけ、ただそれだけ。

鍵は持って出たか?いいや、一瞬で済むと踏んでいたため持っていない。

誰かに救助や、鍵のプロを呼ぶためのスマホを持っているか?いいや、一瞬で済むと踏んでいたため持っていない。

では、管理室に行ってマスターキーなどがないか聞いてみようか?、、、、もう管理人が滞在している時間は越えている。

着の身、着のまま。

胸の底からえぐるように不安が脳に上り詰める。

だが、この緊急事態を中に1人でいる長女に悟られてはならない。

パニックになってしまった3歳児がどんな行動をとるか想像も出来ない。

気持ちを落ち着かせ中の長女に声をかける。

『◯◯◯ちゃん、そこにいる〜?』

『うん、いるよ〜』

『あのさぁ〜、鍵かけちゃったね〜』

『、、、わかんない』

『わかんないじゃなくてさぁ、鍵かけちゃったのよ〜』

『、、、うん、、、わかんない』

『じゃあさ、鍵開けてみよっか?』

『、、、わかんない』

『わかんないじゃなくてさぁ、さっきクルって回したところを反対にもう一回、回してみようか?』

『、、、うん』

その返事を信じて待つ妻。

だが、ドアから鍵が回る音が聞こえてこない。

『◯◯◯ちゃん、鍵まわしてる?』

『、、、まわらなーい』

『なんで、回らないのかなぁ?』

『うごかないよ〜』

『さっき回した方向と反対に回してる?』

『さっきまわしたのがわからないよ〜』

長女の声に不安の色が。

その色がより妻を焦らせ、支持する声にも緊張の色が乗る。

『じゃあさ、どっちでもいいから力いっぱい回してみようか?やってみて〜!』

『やってるよー!!わかんないよー!!』

とうとう泣き出す長女。

『ママたすけてよー!』

助けてというフレーズは妻と長女をいっそう不安にさせた。

『泣かなくていいよー!大丈夫よー!』

そう言いながら、妻はある事を思い出す。

何気なく鍵のツマミを摘んでクルッと回して開錠施錠する大人。

だが、よく考えるとツマミの両面には子供が簡単にツマミを回せないよう、小さなポッチがついている。

そのポッチをしっかりと押し込み捻る事で鍵が作動する仕組みだ。

その事を思い出した妻。

焦らず、落ち着いて、3歳の長女をナビゲートする。

『◯◯◯ちゃーん、さっきクルッて回したところにさぁ、小さいお山が二つついてるでしょ〜?』

『ついてるよ〜ママ〜!』

ドアの向こうで号泣する長女。

『それをさぁ、おててで2つともギューって押しせるかなぁ?』

『おせるよ〜!おせるよ〜ママ〜!!』

『泣かなくていいよー、大丈夫よー!』

ポッチを押したままツマミを回せるか回せないか?大事な局面だ。

『じゃあさ、そのポッチを2つとも押したままさっき回したところをクルッと回してみようか』

数秒待つが音沙汰がない。

『どうかな〜?』

『まわらないよ〜!ママー!』

『じゃあ、おんなじようにポッチを2つ押したまま反対に回してみようか〜!』

お願い!!と妻が願った瞬間!

【ガシャン】という金属音。

その音を聞くや否や!瞬間でドアレバーを引く妻!中から涙でグショグショの3歳の長女が飛び出してくる。

トイレトレーニングを開始し始めていてオムツを履いていなかった長女の足元には、オシッコの水溜まり。

安堵した妻はその場で長女を抱きしめながら号泣。

そんな悲劇が4年前に存在し、仕事終わりで帰宅した僕は事の顛末を詳細に説明してもらい、肝を冷やした。

先日、仕事場の楽屋に帰ってくるとスマホにメッセージが届いている。

LINEではなく、長女に持たせているメッセージが送れるGPS機能付きの端末からだ。

開くと長女の声が活字に変換され表示されている。

【いま◯◯◯がどっかからうんこをさわった】

1歳半になる妹が、うんこを触ったというメッセージ。

離れているので悪臭は届かないが、面白そうなにおいがプンプン届いている。

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